第7話 穢れの正体とスクナビコナ族の力

 スクナビコナの兵士が転移して2日目の昼下がり。

 今日もとても暑い。気温は35度を超えていた。庭の植物も、葉が焼けてしまっている。

 カエデ少尉はクーラーの効いたモリヒコの部屋で寝ていた。体も拭いてすっきりしたのだろう。

 睡眠で回復を早めてほしい。

 フミカが、結界から出てきた。

 モリヒコを見ると【休憩です。】とのことだった。野戦服の前を少し開けて、ブーツは履いていない。素足だった。ま、畳だからいいね。と思った。「少し聴いていいですか?」モリヒコが言う。フミカが頷く。「技術整備兼看護兵って分野が違うように思うのだけど?」【同じよ。直す点において不思議はないでしょ】。

 なるほど。モリヒコはあっさり理解した。いろいろと、フミカと話ができた。フミカも、頭にまとわりつく「昨日の穢れ」を忘れようとするのか、いろいろと話してくれた。

 けがれは悪でなく、はらうべき対象なのだそうだ。完全なる悪は神の発想には存在していないと言っていた。 穢れには基本実体がない。まとわりつくもの、巣くう者らしい。しかし悪霊や妖怪の類は穢れをまとうことができるらしい、その時はまとわりつかせた悪しきものが穢れを使って、命あるものを乗っ取ったり、命あるものを襲うのだという。

どんな穢れだったのか、モリヒコは知りたかった。フミカに尋ねてみた。するとそれは、念写、しかも動画でモリヒコの中に入ってきた。画像は鮮明だった。大きな口を開け暴れまわるさまが脳裏に映る。モリヒコは、その記憶を元にパソコンへ向かう。トカゲだ。初めてというからは外来種?それらしき画像を探し出してみようと思った。【何をしている?】フミカが聴いてくる。「その時の穢れに近い生き物を見つけてみたいと思います。」【見たい!】「では」といってモリヒコは手のひらに乗るようにフミカの前に手を置いた。そしてキーボードの前に降りてもらった。フミカは胡坐あぐらを組んでパソコンの画面を見つめた。念写をもとに特徴をキーワードに打ち込んでいく。

 【!】フミカのテレパシー。

 画面には「グリーンアノール」アメリカ原産のイグアナ科のトカゲ、体長20センチメートル 昆虫、節足動物を食べるとある。主にコオロギやクモ、バッタなど。スクナビコナ族を襲い、食うということはどういうことなのか?さすがに身長5センチメートルの彼彼女らはコオロギより大きい。かなり遠くから餌となる生き物を関知し襲うらしい。変温動物ゆえ昼行性。基本樹上を住みかとする。夜明けとともにカエデたちに襲い掛かったのは少し早すぎだろうか。相当飢えていたのだろうか。腑に落ちないことも多い。侵略的外来種だそうだ。

 フミカは、静かに泣いた。怖かったよな。モリヒコは思った。

 コノハとムスビが様子を見に来た。モリヒコはパソコンの情報を二人に見せた。

 

 ミカたちが王国に帰還し、カエデが快方に向かって3日目。

 カエデの治療は順調で、傷口はフミカと母コノハの御神結力オンカミムスビノチカラにより早い回復ができているのだそうだ。

 フミカが、目を覚ましたカエデに、「グリーンアノール」のことを話した。そしてモリヒコのパソコンキーボードの手前に二人が座った。

 二人は野戦服を軽く羽織り、靴は履かずリラックスしていた。環境や行動特性の詳しいことは載っていなかったがグリーンアノールの解説を読んでいく。

【グリーンアノールが侵略的外来種とは、つまり攻撃意図があるということか】カエデが言う。

「いや、彼らが意志を持って渡ってきたのではなく、原産地から荷物に紛れて日本で上陸し、そこから国内に広がったり、ペットや商売目的で持ち込んだものが逃げたかもしれない。いずれにしろ、生物は生き延びる本能がある。生き延びないものも多いだろうが、環境に順応したものは増殖しその地域の生態系を壊していく。昔から外来種はいるが、生態系を破壊するか、環境に同化していくかは生き物次第。その中で結果として侵略者になった生き物がいるという事らしい。全部が全部侵略者という事でもないらしい。」モリヒコが話した。「害獣、害虫を駆除するために輸入されたものが、人の意に反して繁殖し日本の固有の動植物に悪影響する場合もある。沖縄のハブ退治に輸入したマングースが、沖縄固有の動物を食物にしたり、ヤギなど人間の都合をよくするための思惑が見事に外れたものもたくさんある。」

【自分たちが一番と思いたがるオオナ族の思い上がりだな。】カエデが辛辣しんらつなことを言う。

 

 モリヒコは非常な関心を持っていろいろと質問する。「戦闘の説明で聞いた「装甲」とはどのような?」

 【藤の蔓を割いて固く編んだ物に、樫の樹皮を合わせたものだ】とフミカが答える。「主な武器は?」【長さ10センチメートルのロングランスか刀だ。本国の鍛冶場で作られる。】「火薬はあるのか?」【火薬は使わない。火ですら葦原中津国あしはらのなかつくにの人間に目立たぬよう外では気を使う。まして光や音を伴う武器の試作はあっても配備しない。「神装弓兵の破魔矢とは?食料は?」……聴きたいことがありすぎる。興味全開である。

 ふと思いついた。そうだ。神の子孫たちはどんな力を持っているのだろうか。早速聞いてみる。

「神通力とか?」思い描いたのは「魔法」の世界。……火魔法とか、波動とか……。【神通力はオオナ族の仏教用語だな。超越的な力を意味するらしいな。そんなものは持っていない。ただ、個人差はあるが、生まれつき持っている御神結力オンカムムスヒのチカラがある。まず「精神感応力」、テレパシー。あと、大気圧や水圧を圧縮することができる「神圧」。「日本を原産とする固有の野生生物の使役」「破魔矢」この4つは我々が1万年にわたってこの国に生きるための基本能力。いずれも効力に個人差も大きいのよ。例えば精神感応は千メートル以上あるフミカと5百メートル限界のミカ、せいぜい3百メートルの私とか、けがれをはらう破魔矢も特別なご神木を材料とする弓が必要。神遷しんせんという転移は神の石、磐座いわくらがなければ使えない。転移珠や結界も翡翠ひすいに特別な力を込めないと発動しない。など、超人はいないのよ。それに我々の体格、身長だからね。体力も問題だしオオナ族が驚くようなパワーはないわ。『覚醒』すれば別だけれど。】カエデが答えた。「覚醒」それだ!とモリヒコは思う。【覚醒は普通ないわ。知られている限りでは、ここ100年くらいでも2人と習ったわ。覚醒条件は人それぞれの上、どんな覚醒かも覚醒できてからわかる。笑うでしょ。非効率的な変化ね。なろうとして覚醒できるものではないのよ。覚醒してみたいけどね。】【戦う力が覚醒していれば、小隊の兵が喰われたり死んだりしなくてよかったのに】と。

 テレパシー、テイマー、サイコキネシス能力が皆が持っているものなのかとモリヒコは思う。

 ヤマト王国の武器は、日本の近世、戦国時代初期の域を出ていない。それに強烈な神々の力で戦うことなんてない。身長5センチメートルの彼らたちがどうグリーンアノールと戦えば勝てるのか……じゃなくて祓えるのか、答えはネット検索にはなかった。 武器の見直しは必須だな。モリヒコは頼まれた訳でもないが対応策を考えていた。

 素早い攻撃に対応し、かつ兵士の移動を極力阻害しない大きさと重量で高い攻撃力のある武器。とは?

 

 夕食前の時間。神職を終えたムスビと一緒に、コノハが何やら持ってモリヒコの部屋に来た。 すっかり世話係だ。とはいえ同族なのだから当然か。

 コノハは、二人に、着物を出した。身長5センチメートルの二人用の赤い袴と白い胴衣、巫女さんの服の超ミニチュア版だ。あと何やら下着っぽいものまである。

【コノハが作ったのか?】カエデが尋ねる。【時間がかかってしまいましたが、窮屈な野戦服を一度脱いで怪我が治るまではこちらを着ていてくださいませ。フミカ殿も。普段着も作っていますからお待ちになっていてください。といっても、昔の自分のサイズ目安と勘で作っていますので。着心地の悪いところは直しますからね】とコノハ。二人は、うれしげに着物を抱えると結界の中、ドールハウスに戻っていった。結界に入って姿が消える。【軍服は洗っておきますよ。出してください。下着も……】コノハが伝えると、【下着は大丈夫だ。自分たちでやる。ありがとう】とテレパシーが届いた。

 【少尉。この服とても楽ですね】とフミカ曹長。【コノハ殿 ピッタリだ】とカエデの声も皆に届いた。

 結界の中から2人が出てきた。まったく巫女である。モリヒコがジーとみる。それはそうである。小人の巫女である。感動するしかなかった。【じっと見るな!】カエデが怒る。コノハとムスビが笑う。

 ひどい言いがかりだ。モリヒコは思ったがでも自分も笑っていた。気持ちもリラックスしてくれたのだろうか、さすが母さんと思うモリヒコだった。

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