第5話 タケミ女王とコノハとヤマト王国
「だいわ神社は陛下の妹君コノハ様が21年前に嫁いだ先です。」側近が話す。「ミカは初めて会ったのだな。」ミカの母親である女王。ミカは頷くだけだった。「コノハは、スクナビコナ族にもオオナ族のサイズにも自らのチカラでなれる特技があるのだが一度も戻ってこない。コノハの覚悟は私の強い後押しになっている。」
「そういう婚姻があるなんて知りませんでした。」とミカ。「伝統的にあるものではない。コノハの場合は、本人の強い希望があった。その時期は王国は刻々と移り変わる葦原中津国の社会情報を必要としていた。そしてだいわ神社も実は危機に瀕していた。それで特別許可が、今は亡き父、国王より出たのだ。もちろん極秘事項。第2王女コノハは特別任務のため出雲国へ行ったことになっている。」
ミカがさらに聞きたそうな顔をして身を乗り出したが、女王である母は手で制した。「あとで話そう。第1小隊、第3小隊の惨状をどう考える?」「穢れの特定はまだできていませんが、狂暴な外来種としかわかりません。」参謀長が対応する。「情報がもっと必要だな。」女王がいう。
「警戒監視員増員と監視範囲も結界境界まで広げる必要があるでしょう。危険ですが。」
ミカ軍曹たちの情報から「穢れ」に見つかれば、まず生き延びられぬ。転移珠を持たせるにせよ、兵を失いかねない。と参謀長は思う。
「許可する。わが国はそういう危険を分かち合いつつ生きてきたのだから。縄文の時より、1万2千年もな。」女王は、きっぱりといった。これこそ王国の基本形だ。もちろん犠牲は出したくない。しかしここでためらえば1万人の国民すべてが犠牲になってしまうかもしれない。
「王国の環境的危機についてはどうか?移動の必要がさらに高まった、と言えるな」女王がそういうとため息をついた。穢れと別の問題が王国の立地そのものにあった。王国1万人の民をどこへ移動したらよいのか、まだアイデアが絞れていなかった。
しばしの沈黙の後女王が言った。
「亡くなった者の家族へは、十分な対応をしてほしい。第1小隊、ご苦労であった。」
女王は腰を上げた。
「第1小隊生残りは情報の詳細確認をしたい。参謀会議室へ来てくれ。」参謀長が言った。
ミカたちが、休憩のために、あてがわれた個室に入ったのはすでに深夜。樹上の王国軍団基地からは月が見えた。
まだ暑い夜だった。カエデはどうなったのだろうか。明日も朝から穢れ対策会議に呼び出されている。おそらく第3小隊生き残りもいるのだろう。急に疲れが襲ってきた。シャワーを浴びる気力もなくベットに倒れこんだ。小隊が襲われてからまだ15時間しかたっていなかった。そうだ。母に会いたいな。話が聞きたかった。そう思いながらも眠りについていた。
第518代ヤマト女王ヤマトタケミが治めるヤマト王国。
王国は、日本人オオナ族(大きいの意)がいう関東地方の山のひとつにあった。目立たず、オオナの世界からは遠すぎず。情報収集と安全のためだ。
もともと人間の生活圏ではない名も知れぬ山。バランスの良い広葉、針葉樹巨木と細い川に囲まれた岩場がヤマト王国の地である。
樹木の神、水の神、岩の神のチカラが、人は普通には入れぬよう複数の巨木の樹冠をつなげその中心に、ヤマト王国を存在させていた。この生活圏は結界に守られ人からはスクナビコナ族は見えない。王国はずっとこの場所にあったのではない。過去まつろわぬ者たちとの
今回の「危機」は異常気象の豪雨が発端だった。国の北側上方、川の氾濫は、王国のある山の斜面をけずり、上流から流された岩と濁流は水に住む生き物を押し流し、川床は岩だらけになり、高い気温が清涼な水質を濁らせた。
スクナビコナの漁具も流され王国の漁業は壊滅した。豪雨と強い日差しの繰り返しは、ヤマト王国を保護している樹々を痛め、木の枝は強風により折れ樹冠も穴だらけとなった。天上界
春夏秋冬の気候が崩れ、被害は自然の自浄作用を超えている。森の生物種の変化、生物の食料も不足し、森の食物連鎖と個体数ピラミッドも崩れかけていた。王国と王国の周辺は大変危険な状態だったのだ。当面の食料問題、異常気候への対応策、最悪の王国放棄の場合の移住地、そこに追い打ちをかけたのが
王国は、国民が未来に生きていく為の共同体に近かった。民の集合が国になる。日本は、自然神があらゆるものに宿る。それは「魔法」のような力というより、すべてが認め合い共生するための「力」であり、民の間だけでなく木々や水、岩、山などの「助け合い」が力となった。
葦原中津国には、スクナビコナ族の末裔がヤマト国以外にも、古来縄文の1万2千年前から存在している。ヤマト国と同じ共同体的性格の「イズモ国」そして「まつろわぬもの」である。とはいえ服従しないといった意味ではなく、生き方、共同体の考えを同じくしない者といった意味合いである。
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