第3話 ミカ軍曹、ヤマト王国への帰還

 自宅庭に出る。車がない。ムスビは軽く舌打ちしてキーさしっぱなしの三輪バイクに乗る。左肩にミカが座り、ムスビの襟首を押さえて安定を保っている。

 海岸の神社から伸びる神体山はかなり低めの山である。海抜200m。参道は広葉樹が多く、道は岩が多く急である。陽は上っているが、参道以外は陽光は届かない。ムスビは、裏参道をバイクでガンガン登る。

【安直!】と何やら感動しつつミカ。「おっしゃる通り!」神社から約50mほど離れると、だいわ山の結界に入った。ミカの姿が消える。バイクは5m四方の大きさの奥の院の裏手につく。奥の院本殿のすぐ後ろ。奥の院と長さ10メートル、幅2メートルほどの部屋のような連絡路でつながった瓦屋根の小さな家がある。執務室、床張りの居間。畳部屋のモリヒコの部屋、10畳と大きい書庫の計4間と台所、トイレ、風呂が玄関を中心にコの字になっている。中庭は一部が畑。正月には管理所の役目もするが巴家の私宅である。海側の表参道は、だいわ神社の拝殿へ降りられる。庭に4駆軽トラが止まっている。息子のモリヒコは学校の休みの日は、ここで趣味に没頭している神道学課程履修の大学2年生であった。

 バイクをとめ、ミカを確認する。【います。】ミカのテレパシー。急ぎ足で私宅に入る。突然ミカが可視化した。転移門に近づき結界が切れたためだ。奥の院本殿の裏につづく執務室障子を開け、屋根、壁のある渡り廊下を渡り本殿裏扉を開いた。

 開けると同時に、ガクっと膝をつく。急激に身体が重くなる。ものすごい重力が身体全体にかかってくる。

【ミカだ!神圧を解いてほしい。神官と一緒だ】ミカのテレパシー。【とらえた人間も開放。】モリヒコも体が自由になる。

 そこに第2分隊の生き残り3人のスクナビコナ族がいた。

「技術整備兼看護兵」1名と「装甲兵」2名。うち一人は第2分隊分隊長カササギ軍曹だった。ミカは看護兵に状況を聴いた。「軽傷で問題ありません。」ということだった。

 モリヒコを神圧で抑えたのは、3名の「御神結力オンカミムスヒのチカラ」のひとつ、神圧だった。

 

 3人は奥の院の転移門へ神遷転移し現れた。そこへなんとなく異変を感じたモリヒコが現れ捕まえたのだという。

 看護兵フミカがいるのはありがたかった。ミカは直ちにカエデの看護に向かうと決めた。ムスビはモリヒコに言う。「説明は後だ。この方たちを下の自宅へお連れする。準備してくれ。このことは、母さん以外に知れてはならない。」そういうとムスビは、書庫に行き30センチメートル四方くらいの桐製の手提げ箱を持ってきて、庭に止めてある軽4駆に行く。キーはいつもさしてある。モリヒコは部屋にもどり、1辺20センチメートルくらいのプラケースを持ってきた。ティッシュを軽くまるめてクッションと支えにした。

 

 そのモリヒコは感動中だ。目の前に小さな人間がいる。しかも父母も知っている小人。

モリヒコは目を見張りながら「ここに」そういうとケースを横にして床に置いた。ミカは躊躇せずに入る。そして全員が入ると、ケースをゆっくりもどした。4人はティッシュのクッションにそれぞれ体を預けてケースに収まる。モリヒコは蓋をして抱え、庭の車のほうへ急ぐ。【あまりゆらすな!】ミカのテレパシー。揺らさないように速度を落とす。助手席に乗り込むと車は発進。 【だからっ!……ゆらすな!】とミカ。

 モリヒコは、ミカたちが入っているケースを両手で浮かして、強い揺れが加わらないようにする。山道を下る車はやたら揺れる。ケースの中の4人が見えなくなった。結界に入ったのだ。「?」モリヒコがケース内を確かめようと抱え込む。【ゆらすな。酔う。】とミカのテレパシー。

 いるんだ!?またケースを浮かせるよう両手をのばす。宙に浮かした手が疲れてきた頃、車は自宅玄関側についた。転移門に近づいて結界が切れ、再び4人が現れた。


 自宅に入る。 カエデ少尉は、モリヒコの部屋に移動、座布団に引いた絹布に寝ていた。

 フミカ看護兵が大急ぎで座布団をのぼり、カエデに近づく。【動脈からそれていたからよかった。治療にかかります。】とテレパシー。背嚢はいのうから用具を取り出し治療を始めた。治療薬と神の力を使って傷口の消毒と損傷部位の修復を始めた。【体力的に本日が山場かと。超えられれば御神結の力で化膿と感染を抑え、細胞修復で全治7日から10日かと思われます。】フミカ看護兵が状況を想定する。

 コノハは、スクナビコナ族の面々に出す食事の準備に行く。ムスビは、神社の職員に不審がられぬよう桐の箱を置いたのち、「社務所に顔を出す、すぐ戻る」と言って出て行った。

 モリヒコはどうしたらいいかキョロキョロして、それから正座したままじっとしていた。

 小人族、生きている。もうドキドキが止まらなかった。

【モリヒコ?といったな。コノハ、ムスビ以外ここに人を入れてはならない。】ミカがテレパシーで伝えてくる。

 モリヒコは事情も分からぬまま部屋の入り口の扉の前に移動して、なぜかわからないが、また正座した。


 午前10時過ぎ、ムスビが戻ってきた。すぐさま神体山の本殿から持ってきた約30センチメートルの桐の立方体ケースを出す。

「これは?」モリヒコがものすごい興味を示した。

「スクナビコナ族が訪問された時の、おもてなし基本セットだな。」なんとなく軽い感じでムスビがモリヒコに説明した。観音開きの扉を開けるとスクナビコナサイズのドールハウスが出てきた。20人くらい住めそうだ。

 コノハが、本当に小さな器に盛られた人数分の食事を持ってきた。

「お疲れでしょう。皆様、カエデ様のこともご心配かと思いますが、それでも休養してください。今日大変な目にあったのですから。」ムスビがそういうと、桐のドールハウスを示した。コノハが手際よくハウスのダイニングテーブルらしき所に器を置ていく。


「この後はどうされますか」コノハがミカに聞く。

【王国に至急戻らねばならない。】ミカがテレパシーで答える。

【しかし、カエデ少尉の状態では、転移に耐えられない可能性がある】。意識も戻らない少尉は、今の転移で大いに体力を消耗している。そのうえ再転移と傷によるダブル負荷に体力が耐えられそうになかった。フミカ看護兵もうなづいた。すこし考えた後ミカがいう。

【小隊長意識不明の為私が指揮を受け持ちます。カササギ軍曹よいですね。】ミカが言う。【了解いたしました。】カササギが応答する。【フミカ看護兵は、残って看護してください。もし……もしカエデ少尉が亡くなった時は、遺体と一緒に帰還してください。】【私以下3名は今日王国へ帰還します。出発は正午。それまで転移に備え睡眠をとってください。】ミカはテレパシーオープンチャネルで伝えた。コノハ、ムスビ、モリヒコも聞き取った。

「それではミカ殿、皆さんを正午に磐座にお連れします。モリヒコ。本殿まで身を隠せる何かを準備してくれ」ムスビが言った。

【カエデとフミカをよろしく頼む。私も少し寝る。】ミカはそういうと、カエデの右手を握りながら横になった。

 カエデの手は、少し暖かくなっている。

 フミカ看護兵は、小隊長の傷に手を当てて集中し神力による細胞の活性化を続けている。モリヒコは、何故ここに父母がかしこまる小人?がいるのか、不思議であった。がモリヒコはそんなことを気にしてパニックになる性格ではないようだ。むしろ凄いことを目の前にしてまだ興奮していた。ごそごそとヤマト王国の兵士を本殿に移動するための準備を始めた。

 

 11時50分ごろ。ミカは、まだカエデの手を握っていた。モリヒコの手には祭器具を乗せた「三方」があった。モリヒコは眼象げんしょうと呼ばれる三方の胴体にあたる穴から中に入れるように簡単なはしごをかけた。手製らしい。中は、三方に床が作られ、柔らかなスポンジが貼られていた。万が一ほかの神職に見られても本殿の祭器具にしか見えなかった。

 ミカはフミカ看護兵に【頼むぞ!】とつたえ三方に入った。2名が続く。コノハはカエデ小隊長、フミカ看護兵とモリヒコの部屋に残る。

 ムスビ、モリヒコと三方にいるヤマト王国兵士3名は社務所、拝殿を通って本殿に向かった。本殿の扉を閉じると、ムスビは、ミカたちが出てきた磐座いわくらの手前に伏し、両手を磐座に置いて祝詞のりとを宣べはじめる。モリヒコもムスビに習って伏した。ミカたちは三方からでて、磐座の中央で立ち止まった。ミカが磐座に手をあて、御神結力(オンカミムスヒのチカラ)を磐座に込め始める。ムスビの祝詞が終わりに近づく。「祓い給え、清め給え」その言葉の後を継ぎ、ミカが宣べる。「かけまくもかしこき アメノミナカヌシ、タカミムスビ、カミムスビ、スクナビコナの おおまえをおろがみまつりてかしこみかしこみもまうす 神遷をもちて、われらをヤマトへもどしたまえ」言い終わるや否や磐座は白い光を浮かび上がらせ、その中心にいた3人は瞬時に掻き消えた。転移の終了である。

 無事にヤマト王国についたのだろうか。

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