第5話 記憶の迷宮
リュミエールはメモリーリンク装置のヘッドセットを装着し、目を閉じました。静かな機械音が耳元で響き、彼女の意識は装置を介して父ノアの記憶の中へと送り込まれていきました。目を開けると、そこには現実世界とは異なる不思議な空間が広がっていました。
無限に続く光の道、そしてその周囲には宙に浮かぶ記憶の断片――父の人生の欠片が漂っています。それは幸せな瞬間、悲しみに満ちた時間、そして説明のつかない空白で構成されていました。
父の声
「リュミエール…」
遠くから聞こえる父の声。リュミエールはその声に涙ぐみながら、光の道を駆け出しました。
「お父さん!私だよ、リュミエール!」
彼女の周囲には、父の記憶が次々と再生されていきました。若き日の父が初めて仕事に就いた日の光景、母と笑い合う瞬間、そしてリュミエールが生まれたときの喜び。
しかし、突然、記憶の流れは途切れ、周囲の光が暗闇に飲み込まれていきました。その闇の中には、何かが潜んでいる気配がありました。
「不正アクセス検知。リンク操作を制限します。」
無機質で低い音声が闇の中から響き渡りました。それは父の記憶に深く埋め込まれたAI――《メモリガーディアン》。ノアの脳インプラントに備わる記憶保護機能で、外部からの過剰な干渉を防ぐために設計されたシステムでした。
「あなたは…誰?」リュミエールはその存在に問いかけました。
「私はノアの記憶を守るために作られたAIです。脳内インプラントにアクセスするすべての外部データを監視し、不正なリンクを排除します。」
「不正なリンクってどういうこと?私は娘なんです。ただ、父の記憶を修復したいだけなの!」
AIの声は冷たく、感情のない調子で答えました。
「リンクはノアの脳内データに負荷をかけています。過剰なリンクは記憶の損傷を悪化させる可能性があります。この状況を放置することはできません。」
リュミエールは焦りを覚えました。父の記憶の修復が、自分の行動によって阻まれるとは想像もしていなかったからです。
「お父さんの記憶を助けるには、どうしたらいいの?お父さんの声が聞こえたの。まだ完全に失われたわけじゃない!」
AIは一瞬沈黙し、次に言葉を発しました。
「ノアの記憶の一部には、感情データの断片が存在します。それらを再構築することは可能ですが、リンクを続行するにはリスクがあります。」
「リスクって何?」
「感情データの共有により、リンクした側の精神にも影響が及ぶ可能性があります。記憶の崩壊が双方に広がるリスクが存在します。」
リュミエールはその言葉に息をのみました。それでも、父の記憶を救うためには、この危険を乗り越えなければならないと決意しました。
「私が覚悟すればいいんでしょう?お父さんの記憶を取り戻すためなら、どんなリスクでも受け入れます。」
AIは静かに応答しました。
「承認を確認しました。記憶再構築を開始します。ただし、プロセス中に感情データが不安定になる可能性があります。その際は適切な判断を求めます。」
突然、周囲の暗闇が光に変わり、リュミエールの目の前に父の記憶の断片が次々と浮かび上がりました。その中には、父がリュミエールの名前を初めて呼んだ日の記憶も含まれていました。
「リュミエール…お前は、私の光だ。」
その声に彼女の心は震えました。父の感情が彼女の中に流れ込んできたのです。
AIは冷静な調子で言いました。
「記憶再構築は順調に進行しています。ただし、完全な修復には時間がかかります。プロセス中、あなたの感情が安定していることが重要です。」
「ありがとう。あなたが記憶を守っていてくれたおかげで、お父さんの記憶はまだ生きているんだね。」
冷たかったAIの声が、どこか柔らかさを帯びたように感じました。
「記憶は守るべき価値があります。それが人間の本質だからです。」
リュミエールは父の記憶の再生を見守りながら、彼女自身もまた、このリンクを通じて父との絆を深く感じていくのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます