第3話 記憶の断片
メモリウムの白い部屋で、リュミエールは父ノアの記憶データを見つめていました。エレナ博士が操作する大きなスクリーンには、ノアの過去の記憶が映し出されていました。そこに映るのは、若かりし頃の父の姿でした。
「これが…お父さんの若い頃?」
リュミエールは驚きました。父の笑顔は、彼女が知っている現在の姿よりもずっと明るく、希望に満ちているように見えたのです。
スクリーンには、ノアが仲間たちと何かの研究をしている様子が映っていました。古い装置を組み立てたり、データを真剣な表情で解析したりしている姿は、今の病気で記憶を失った父とはまるで別人でした。
「お父さん、科学者だったの?」
リュミエールが博士に尋ねると、エレナは少し困ったような表情をしました。
「そうよ。ノアおじさんは昔、認知症治療の研究者だったの。でも、ある時を境に研究をやめてしまったの。詳細は誰も知らないけれど…。」
リュミエールはさらに画面を注視しました。父が夢中で作業する姿に、彼女は誇らしさを感じると同時に、何か胸の奥でざわつくものを感じました。
ところが、記憶データを見続けるうちに、不自然な空白があることに気づきました。ノアの記憶は、特定の期間だけがぽっかりと抜け落ちていたのです。その間の映像や音声は何もなく、ただ静寂が広がるばかりでした。
「どうしてこんな空白があるの?」
リュミエールの問いに、エレナ博士は難しい顔をしました。
「ニューロアルツの影響だけでこうなるとは考えにくいわ。この空白は何か特別な出来事と関係があるかもしれない。」
リュミエールはその言葉を聞いて、ますます疑念を深めました。
「この空白が、お父さんの病気を悪化させた原因なの?」
博士は首をかしげながら答えました。
「それはまだわからないわ。でも、空白の記憶に何が隠されているのか調べる価値はありそうね。」
エレナ博士は、メモリーリンクの技術を使って、リュミエールが父の記憶の中に入れるように準備を進めました。空白の周辺の記憶をたどることで、その原因を突き止められる可能性があるのです。
「リンクの準備ができたわ。ルミー、空白の記憶に触れることになるけど、無理はしないで。」
博士の声は優しかったものの、その目には緊張が浮かんでいました。
リュミエールはスクリーンの前に立ち、深呼吸をしました。
「お父さんの記憶の断片をつなぎ合わせれば、きっと助けられる。」
リンクが開始されると、彼女の目の前に映像が広がりました。それは、父が若い頃に何か重大な決断を迫られている場面でした。激しく口論する声や、消えそうなメモリーの断片が次々と浮かび上がり、やがてまた静寂が訪れました。
リンクを終えたリュミエールは、疲れた顔で博士を見ました。
「お父さんは、何かを隠している…それが、この空白の正体なんだと思う。」
エレナ博士はうなずきました。
「その隠された記憶が、お父さんの脳に負担をかけているのかもしれないわ。空白を埋めるための手がかりを見つけましょう。」
リュミエールは決意を新たにしました。父の記憶を取り戻すため、彼女はさらなる調査を進める覚悟を固めたのです。彼女には確信がありました。この記憶の断片こそが、父ノアを救う鍵になる、と。
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