第2話 崩れゆく記憶

 未来の世界では、記憶をデジタル化する技術が当たり前になっていました。脳に埋め込む「脳インプラント」という小さな装置が、毎日の出来事や大切な思い出を記録し、忘れないように保存してくれるのです。この技術のおかげで、人々は年をとっても記憶を失わずに過ごせるはずでした。


 でも、すべてが完璧なわけではありませんでした。リュミエールの父ノアは、「ニューロアルツ」という病気にかかってしまったのです。この病気は、脳だけでなく脳インプラントにも影響を与え、大切な記憶が壊れてしまいます。リュミエールは、優しかった父が少しずつ自分のことを忘れていくのを目の当たりにしていました。


 お父さんがわからない…

 ノアは以前、どんな時でもリュミエールのそばにいてくれる頼もしい存在でした。一緒に公園で遊んだり、彼女が描いた絵を褒めてくれたり、誕生日にはケーキを作ってくれることもありました。でも、最近は違います。ノアはリュミエールを見ても名前を思い出せず、どこか遠くを見るような目をしているのです。


 「お父さん、私だよ。リュミエールだよ。」


 リュミエールが声をかけても、ノアはぼんやりと笑うだけでした。そのたびにリュミエールは胸がぎゅっと締めつけられるような気持ちになりました。


 そんなある日、家に来た医者が言いました。

 「ノアさんの記憶は、ニューロアルツによってかなり壊れています。このまま進行すれば、リュミエールさんのことも完全に思い出せなくなるでしょう。」


 その言葉に、リュミエールは心の中で叫びました。

 「そんなの嫌だ!お父さんの記憶を取り戻したい!」




 医者の勧めで、リュミエールは《メモリウム》という施設を訪れることになりました。メモリウムは、未来医学の最先端技術を使って記憶を治療する特別な施設です。高い天井とピカピカの機械が並ぶ施設の中は、どこか近未来的で、少し緊張してしまうような雰囲気でした。


 そこで彼女を出迎えたのは、研究者のエレナ博士――彼女の叔母でした。エレナ博士はメモリウムの主任研究員で、ニューロアルツの治療法を研究しているのです。


 「ルミー、あなたがここに来てくれて嬉しいわ。」

 博士は優しく微笑みながら、ノアの記憶データを分析してくれました。




 エレナ博士が見せてくれた画面には、ノアの脳インプラントの記憶データが映し出されていました。リュミエールの目には、それがまるでパズルのピースが抜け落ちたように見えました。


 「ノアおじさんの記憶データはかなり壊れていますね。特にリュミエールとの大切な思い出の部分が影響を受けています。」


 博士の言葉に、リュミエールはショックを受けました。父との思い出が壊れているなんて、信じられなかったのです。


 「でも、完全に諦める必要はないわ。私たちには新しい技術があるの。それが《メモリーリンク》。これを使えば、壊れた記憶を修復できる可能性があるわ。」




 エレナ博士が説明したメモリーリンクは、患者と家族の記憶を直接つなげる技術です。リュミエールの脳インプラントに保存されている思い出を使って、ノアの記憶を補うことができるのです。


 「ルミー、あなたが小さい頃の思い出――お父さんと笑い合った時間や、大切にしてもらった記憶を少しだけ提供することで、ノアおじさんの記憶が再構築されるかもしれないの。」


 博士の言葉に、リュミエールは少しだけ希望を感じました。

 「私の記憶を使ってお父さんを助けられるなら、やってみたい!」




 リュミエールは治療を受ける決心をしました。博士は丁寧に手順を説明し、リスクや注意点を教えてくれました。メモリーリンクはまだ完全に安全な技術ではなく、リンクする側にも負担がかかることがあるのです。


 「それでも、お父さんの記憶を取り戻すためにできることは全部やりたい。」

 リュミエールの心には、揺るぎない決意がありました。




 この日、リュミエールの挑戦が始まりました。未来の技術と家族の絆が、ニューロアルツという難しい病気を乗り越える鍵になるかもしれません。彼女は父の記憶を救うため、最先端医学の力を信じて、一歩を踏み出したのです。


 「お父さん、絶対に助けるからね。」

 リュミエールのその言葉は、未来医学がもたらす可能性と希望を象徴しているようでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る