記憶の絆
まさか からだ
第1話 記憶を取り戻す未来医学
未来の世界では、医学と技術が大きく進化し、人々の記憶をデジタル化して保存する「脳インプラント」が一般的になりました。この小さな装置は、脳内に埋め込むことで、日常の記憶や感情をリアルタイムで保存し、必要に応じて再生することができます。これにより、人々は年齢を重ねても大切な思い出を忘れることなく、充実した生活を送ることができるようになりました。
しかし、すべての問題が解決したわけではありません。脳インプラントの技術が進化しても、「ニューロアルツ」と呼ばれる新たな形の認知症が発生していたのです。この病気は、脳そのものだけでなく、インプラント内のデータにも影響を与え、記憶の劣化や消失を引き起こします。現在の医療技術では、ニューロアルツの進行を完全に止めることはできず、多くの家族がこの病気に苦しんでいました。
14歳のリュミエールも、ニューロアルツと戦う一人です。彼女の父ノアは、この病気により、リュミエールの名前や顔を思い出せなくなっていました。以前は、どんな時でも笑顔でリュミエールを励まし、支えてくれた優しい父でしたが、今ではぼんやりと天井を見つめるだけの状態になっています。
「お父さんを助けたい。でも、どうしたらいいんだろう?」
リュミエールは毎日悩みました。
そんな彼女の前に現れたのは、記憶研究の第一人者であるエレナ博士――彼女の叔母です。博士は、新しい治療技術である「メモリーリンク」を提案しました。この技術は、患者と家族の記憶をリンクさせることで、脳インプラント内の壊れた記憶データを修復するものです。
「リュミエール、この技術を使えば、ノアおじさんの記憶を取り戻せる可能性があるわ。ただし、あなたの記憶の一部を使う必要がある。記憶の共有にはリスクも伴うけど、試してみる価値はあると思う。」
博士の言葉に、リュミエールは迷いました。リスクがあると聞いて怖くならないわけではありません。でも、目の前で記憶を失っていく父を見ているのはもっと辛いことでした。
「私がやる!お父さんを助けるためなら、どんなことでも。」
リュミエールの答えは決まっていました。
メモリーリンクは、患者の脳インプラントと治療者(この場合はリュミエール)のインプラントを直接つなぐ技術です。この技術では、治療者の感情や記憶を通じて、患者の壊れたデータを補完し、失われた記憶を再構築します。
具体的には
① 記憶データのスキャン
患者の脳インプラント内のデータを解析し、壊れている部分や欠損部分を特定します。
② 感情データの共有
治療者が患者との共有記憶や感情データを提供し、インプラント内で新たな記憶の再構築を試みます。
③ 再構築プロセス
データを補完する過程で、治療者の記憶や感情が患者に影響を与えることもありますが、その影響を制御するためのアルゴリズムが開発されています。
治療の日、リュミエールは博士の研究室で特別な装置に座りました。頭に装着されたインプラントが父のインプラントとリンクされ、装置が起動します。リュミエールは目を閉じると、父との大切な思い出――一緒に料理を作った日や、学校での発表会で父が拍手を送ってくれた日――を次々と思い出しました。
その瞬間、父ノアのインプラントに信号が送られ、記憶が少しずつ再構築されていきます。父の脳波モニターが活発になり、目の前でノアがうっすらと目を開けました。
「リュミエール…?」
父が名前を口にしたのです。これを聞いたリュミエールの目に涙が浮かびました。
メモリーリンクによる治療は、完璧ではありませんでした。ノアの記憶のすべてが戻ったわけではなく、彼の病気を完全に治すこともできません。それでも、娘の名前を呼び、少しずつ笑顔を見せるノアを見て、リュミエールは確信しました。
「お父さんと一緒に生きていける。それだけで十分だよ。」
この経験を通じて、メモリーリンクは多くの家族に希望をもたらす技術となりました。未来の医学はまだ発展の途中ですが、人々の絆を取り戻すために進化を続けています。
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