レゴリスの見る夢
北原 亜稀人
第1部 明日の行方不明
ほんとう
嘘つきな見切り品が並んでいて
いつからか、僕の周りの殆ど全ては、嘘になった
東から西へと吹く風が運ぶ幸せは
この狭すぎる島国には適用されないらしい
雲がほどけて 僕らもほどけて
事実と妄想が混ざり合う
貼られたラベル
黄色の地に、黒くて大きなゴシックフォント
見切り品、わけあり 現品限り
全部まとめて、嘘だ、そんなの
-河川敷
河川敷に転がる物語を説明するのは、ちょっと難しい
夢見がちな石ころは、砕かれる前を想起する
列車が駆ける度に悲鳴をあげる鉄橋は
もしかしたら、もう壊れてなくなってしまいたがっているのかも
橋脚に石ころを使って、メッセージをひとつ
「さようなら」
上手く説明なんか、したくないんだ。
-明日の行方不明
明日がその姿を隠してから、もう二週間が過ぎていた。
関係各所が懸命の捜索を続けているが、
見つかるのは異母弟の昨日や
遠縁にあたる来週ばかり
あかの他人でしかない〝いつか〟が
今日もでしゃばっている
明日は、何処へいった?
-不確かな痛み
信じていたなんて結局、嘘だ。
信じるしかなかったじゃないか。みんな、そうしていたから
ずっと昔から気づいていた。見ないふりをしていた。
そうするしかなかったじゃないか? そんなの言い訳だ
朝は夜に続き、宵闇は次の光を求める。
昨日は今日へ、今日は明日へ続くと今でもまだ信じてはいるけれど
分からなくなる時もある
世界は時々美しい
信じあえた時に、愛しあえた時に、そう思う。
そう思って、生きてきた。これからはどうだろう。
世界を覆う不確かな痛みが 全てを飲みこんでいく
その音を聴きながら思うんだ。
これからは、どうだろう
分かりたくもない
-在る
ドラマティックなお膳立てなんか、一つもなかった
三か月母が暮らした病室は
薬品と
生活雑貨と
病の気配に満ちていた
それらも今は少しずつ遠ざかっている
痛みも、しんどさも一緒になくなったのなら
良かったのかもしれないけれど
そんなの、誰も代弁出来ないことだ
さようなら、ありがとう。
出来合いの、既製品のことばが飛び交う六畳間
その中の僕
此処に在る僕
-P.M.
しみったれた線香よりも相応しい
グラスに水を注いだ奴は、誰だ?
汎用ヒーリングミュージックなんか
最初から誰も必要としていない
ロックでアグレッシブだった母は
GLAYと焼酎、それに
フィリップモリスの煙に包まれて
冷たく、静かに黙って居る午後
-明暗
明けない夜は無い、と誰かが言う
それがどうした、と僕は返す。
夜が明けたのかどうかを確かめるには
それなりに工夫された方法が必要で
その方法を持たない人も決して少なくないことを
僕はもう、知っている。
それでも明けない夜は無い?
信じてみても良いけれど。
せめて
ついこの間まで普通に話していた人が言葉のほとんどを無くしてしまった。
いつかはこうなる。わかっていた。わかっていただけで、結局何一つ
理解ってなんかいなかった。
定まらないその目線で、どんな世界を見ているのだろう。動かない身体、ねえ、どこが痛い? どうすれば一番楽な姿勢になる?
問いかけても、返事はない。
テレビで癌治療の特集をやっていた。
あなたと同じ病気の人たち
それぞれの戦い
それぞれの終わり
それぞれの命
それぞれが、ほどけるように 還ってゆく。それは定めかもしれないけれど、せめてその瞬間まで、あたたかな場所で、少しでも穏やかに
ぼくがそんな意味のことばかり考えていたから、あなたにも伝わってしまったのかも。
『しなないぞ、わたしは』
力なく、頼りなく
空気の漏れるような、小さな声
あなたの宣言
せめて
-夜はこぼれて
この胸の奥で蠢いている
心臓とか名づけられたやつ
お前がいるから
俺はこうしていられるらしい
何処にも逃げ場がないことに
気がついてしまった夜明け前
お前の方が哀れだということにも
同時に気づく
狭いベランダで夜空を見上げて
エアコンの室外機にもたれかかる
夜が撹拌されていく、その音が聞こえる
低いうなり声を伴って
薄暗い体内の奥深くで
どうしようもなく ただ拍動を刻むお前
この胸の奥で蠢いている
心臓とか名づけられたやつ
お前がいるから
俺はこうしていられるらしい
夜の一部がこぼれ落ちていく、その音が聞こえた
中腹の思考
真夜中にふと感じるもの
孤独
静けさ
後悔と、幸福感
この空の下で
閉じられた狭い部屋の中で
己がこうして、己であること
これが喜ぶべき事柄であると
最近、知った
-線
医師は時刻を確認する
僕たちは、事実を確認する
まっすぐになった線
ぷつり、と切られた夢
医師は頭を下げる
僕たちも頭を下げる
まっすぐになった線
全てが凍り始める時間がやってくる
僕たちは、ただ黙って
事実を確認する
明日の行方不明―その後
意識不明の重体で発見された明日に言葉をかける人は少ない
誰に危害を加えられたわけでもなく
明日は自ら身を隠していた
その事が明らかになるにつれ
人は、明日を非難した
固く目を閉じ、眠る明日。心配そうに、見守る昨日。
また、一からやりなおせば良いじゃないか。
そのうち、きっといつもの明日
ぽつりとつぶやく、でしゃばり〝いつか〟
明日はこうして見つかった
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