第10話 姉たちの評価

「で、ほんとはさっきどうするつもりだったの? アイ姉さん」


 大股おおまたで廊下を進むアイギスの後に続きつつ、そう声をかけたのは、本に目を落としたままの金髪の美少女。

 気だるげな猫背でノロノロついてくる青髪の美少女も、一応の興味はあるのか、視線はアイギスに向けている。

 もちろん、互いの周囲を取り巻きの黒服が囲み、お互いを警戒し合う中でのやり取りではあるが。


 アイギスはニィィと、先ほどの笑みを、獰猛で獣じみた笑みを再び浮かべてから、応じる。


「ほんとも何も、ちゃあんと握手するつもりだったさ。普通に、小細工なしでな」

「草。アイ姉ちゃんの場合でも、十分攻撃できるじゃん草。握力で骨砕くよりタチ悪いタイプの」


『笑』を意味するらしいスラングを無表情で口にしながら言う青髪に、アイギスはやはり笑みで応じる。

「でもつまり」と、金髪の少女が本から顔を上げて首を傾げる。

 前髪の隙間から見える瞳には、かすかな好奇心の色。


「あの中年おじさん、アイ姉さんの握手の意味に気づいていたから応じなかったってこと?」

「草。大草原。なわけないでしょー。アイ姉ちゃんの手を見ただけでできるわけないし」

「ま、あるとすれば見抜ける魔眼を持ってるか……普通にあの愚妹が事前に教えて警戒させてたってとこだろうな」

「……ルリは教えてないって言ってたけど」

「じゃあ嘘なんじゃん?」


 金髪の少女の疑念を、青髪の少女が鼻で笑う。

 もっともな理屈ではあるが、金髪の少女はまだ少し引っかかるようだ。


「そんな無駄な嘘をつく子だったかしら……」

「つくんじゃねぇの? ためだったら」

『え?』


 疑問顔で首を傾げる妹たちに、アイギスは肩をすくめて応える。


「お前らも薄々わかってんだろ?

 このあたしらを力ずくで従わせようってのに、隻眼なんぞが役に立つわけがない。

 ひょっとしたら物すげえ力の、片目でも十分に強い隻眼ってのもいるかもしれないが、十代の若者ならともかく、そんな力があってあんな年齢まで無名なわけがねえ。

 つまりあのおっさんは見かけ通りのよええ、れたおっさんだ。

 ルリファーは愚妹だが、本来まったくの馬鹿ってこともねえんだ。

 そんなあいつがそういう隻眼のおっさんなんぞを連れてくる理由なんざ考えるまでもない」

「……あの中年おじさんれている?

 まあ惚れた弱みにつけこまれて、高額報酬を約束してるとかはありえるけど。

 惚れた相手に恥をかかせないため、約束を破って私たちの情報を渡している可能性も……」

「えー。でもあんな中年おじさんに惚れたりする? 中年おじさんだよ? ないでしょ。ないよね?」

「……ないわね」

「ま、ねえわな。ただ――」


 年若い彼女たちにとって、あそこまで上の中年は普通に恋愛対象外である。

 しかし、


ルリファーあいつたぶん、枯れ専だろ」

『……あー』


 ルリファー当人に自覚がなくとも、身内である三人には思い当たる節もあるようで、ある種の納得感が場に満ちる。

 無表情の青髪少女は、初めてわずかに眉根まゆねを寄せて、ため息を一つ。


「そもそもわたしたちをどうこうできる強者なんて見つかりっこないとは思ってたけど。

 まさか変な中年おじさんに引っかかって連れて帰ってくるとか……」

「しかも隻眼。普通に考えればこの後アイ姉さんに瞬殺されるわけだけど。

 ルリはどうする気でいるのかしら……?」

「逃がすか、かげから手を貸すか、マジであの見るからにゴミカスな野郎が役に立つと妄信もうしんしてるか……。

 そのどれかだろうが、どれだろうが関係ない。

 あのゴミカスおっさんはこのあたしが――」


 そこで、アイギスの唇の両端が吊り上がる。

 それを見て、護衛たちはぶるりと身を震わせている。

 アイギスの顔には、唇を吊り上げすぎて、もはや人間の笑顔には見えない凶相きょうそうが浮かんでいたからだ。


「ぐちゃぐちゃの愉快な死体オブジェに変えて、愚妹の目を覚まさせてやるよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る