第8話 構成員たち

(あれが強者……?)

(マジで隻眼せきがんじゃねぇか……)

(ああ、終わったなぁこのギルド……)


 ヴォイドが馬車から姿を見せた瞬間の、出迎えの構成員たちの反応は、ルリファーにとって想像通りのものだった。

 直属の部下たちとは長い付き合いだ。声に出さずとも、構成員同士でちらちらと交わし合っている視線と表情が、彼らの内心を雄弁ゆうべんに語っている。

 元よりちょっと素直すぎるところがある、純朴じゅんぼくな人たちなのだ。


 我ながら勝手なもので、ヴォイドへの失礼な反応には少しだけ腹も立つ。

 彼の「隻眼」を見て当初あなどっていたのはルリファー自身も同じだし、怒れる立場ではないはずなのだが。

 それほどまでに「隻眼」は、わかりやすい「弱者」の象徴だった。


しいなぁ……)

(隻眼でさえなきゃ、そこそこ立派な見てくれなんだが……)

 

 一方、少数だが中には、「これで隻眼でさえなければ」と、ヴォイドの容姿を惜しむ反応もあるようだった。


(――わかる)


 と、彼らの内心を察したルリファーは、こちらも内心で力強くうなずいている。


 生まれてからずっとこの業界で生きてきたルリファーが見ても、今日のヴォイドの姿は山で出会った時以上に、一言では言い表せないのあるものだったからだ。


 濃褐色のうかっしょくの上品な、三つボタンの背広スーツ

 上からゆったりと羽織っているのは黒い外套コートで、彼のまとう重厚な空気とよく調和する。

 こちらも黒いつば広帽ハットと、首にかけられた赤黒いワインレッドのマフラーは、手にした葉巻と同様、まるで、彼が何者であるかを象徴するようだった。

 ルリファーは事前に何かを助言したわけではない。

 ただ、外出用の装いで現れたヴォイドはすでに……一流の犯罪者ギルドマフィアのボスに相応ふさわしい、ある種、完成された外見をしていた。

 それらしくないところなど隻眼以外は、大剣入りの巨大なケースを背負っていることぐらいだ。


(あるいは……以前にもこちらの業界に?)


 思えばカタギの人間にしては、ルリファーが「犯罪者ギルドマフィア」について言及した時も、さして気にした様子は見られなかった。

 ルリファーとしては純粋に言及を失念していただけにしろ、冷静に振り返ると、犯罪者ギルドマフィアへの協力依頼だと後出しで明かすのは、世間の基準からすると怒られても不思議ではないものなのに。


(いえ。詳しく過去を詮索せんさくするのは、この都市の流儀に反しますね)


 犯罪者ギルドマフィアのボス然とした外見に、黒革の眼帯に隠された片眼。

 そこに、健在である右の眼光の鋭さや顔の傷痕等が加わると、どうにも侮りがたい「過去」を感じずにはいられない。

 好奇心が湧くのも当然ではあるが、ここは元よりすねに傷を持つ者も多い土地。

 長生きがしたければ他人の過去に興味など持つべきではない……というのは、対立するギルド間をまたいで共通する、血の不文律ふぶんりつである。


(みなさんが手の平を返す時が、今からとても楽しみです)


 シャティに先導され歩くヴォイドの広く堂々とした背に熱っぽい眼差しを向けながら、ルリファーは微笑む。

 強さについては折り紙つき。

 そして恐らくは、このギルドの長としても……。

 彼の真価を改めてじかに眼にする機会はそう遠くない。

 確信と共に、ルリファーは商会の最奥さいおうへ向け歩を進めた。



   ※



「お嬢、どうかお待ち願いてえ」


 広く、いかにも高級そうな内装や調度に満たされた商会内の廊下。

 ヴォイドたちがその曲がり角を曲がったところで、ルリファーを呼び止める、男衆が現れた。

 数人の男衆は廊下に片膝をつき、こうべを垂れて、廊下をふさぐ非礼を詫びているようだった。


 先導するシャティが足を止め、毛足の長い絨毯の感触に戸惑いながら歩いていたヴォイドもそれにならう。

 ヴォイドのすぐ後ろを寄り添うように歩いていたルリファーが、ため息をつきながら前に歩み出てくる。


「何か御用ごようですか? ガオランさん」


 男衆の中央、仕立てのいい黒背広スーツを着た男が、一礼してから顔を上げる。

 男は禿頭とくとうで、口周りとほおあごには短めのヒゲをたくわえ、両の瞳は黒眼鏡サングラスで覆っている。

 眉間のしわは深く、黒い遮蔽しゃへい越しでもわかるほど鋭い眼光といい、"いかにも"な外見の持ち主だった。


「単刀直入に言わせていただきやすが」


 声も渋い。

 ヴォイドが愛飲する健康用品とは違う、本物の煙草と火酒ウイスキーで焼けた、そんな大人の男の嗜好を思わせる声だ。

 外見も相まって、正直少し格好いい。

 同じ男として憧れを覚えているヴォイドの方を、ガオランと呼ばれた男はまっすぐに見て、


「お嬢。あんたぁそいつにだまされてる」


 嫌悪と憤怒のにじんだ声で、吐き捨てるようにそう言った。


「……出迎えに来ていただけていない時点で、ある程度は覚悟していた反応ですが。

 いくらなんでもやぶから棒に、流石にそれは失礼ですよ?」

「処分はいかようにでも。しかし、今は言わせていただきてえ」


 続けてガオランは立ち上がる。

 思った以上に背が高い。

 ヴォイドが大きく見上げるほどの背丈に、背広スーツの上からでもわかる、がっしりとした筋肉の隆起りゅうき

 やはり同性として羨望せんぼうを覚える外見だったが、ガオランの方から向けられるのは、侮蔑ぶべつや嫌悪の情念だった。


「こいつは隻眼……そう、隻眼じゃあねえですかぃ。

 確かにこのツラだ、それなりの修羅場をくぐった上での隻眼ではあるんでしょうや。

 しかし、しかしだ。

 それでもなんですよ、お嬢」


 どこか哀れみすらこもった声で、ガオランはルリファーをさとそうとしている。

 ガオランの背後で立ち上がった男衆たちも、力強くうなずいていた。

 無表情のシャティもそちらに賛意があるのか、心なしか彼らの方に立ち位置が近い。


「ええ、ええ。

 おっしゃりたいことはわかります。

 それでも、、私は彼を選んだのです」

「……そいつぁあまりに馬鹿げていると、諫言かんげん申し上げる他にねえ」


 処置なしかと、痛々しいものを見る眼差しで、ガオランは首を横に振る。

 まあ正直なところ無理もない。

 ギルドを正式に継いだとはいえ、聞けばルリファーはまだたったの十六歳だという。

 そんな少女が、この巨大な犯罪者ギルドをまとめられるだけの強者を求めて旅に出て、連れ帰ってきたのが隻眼の中年男おじさん


「隻眼の強者」なんて矛盾した表現を信じるより、「世間知らずの小娘が、悪い大人の甘言かんげんに騙されている」と考える方が、ずっと当たり前の反応だろう。


「それは……私の判断を、後をたくされた私の判断を疑う、そういう意思の表明だととらえても?」

「……っ」


 とはいえ露骨に侮られ、ルリファーは少し気分を害したらしい。

 わずかに凄みを漂わせ、ガオランに問いかける。

 ルリファー自身というよりはその母、先代のギルド長ボスの存在を彼女の背後に幻視したのか、ガオランは初めてかすかに躊躇ちゅうちょも見せた。

 だがすぐに、気を取り直すように一呼吸置いて、


「――ええ。そう取っていただいて構いやせん」


 堂々と改めて言い切った。

 それを聞いたルリファーは、「はぁ」とため息を一つ。


「まあこれは、論より証拠と、言葉で説明する苦労をはぶいた私が原因でもありますね。

 若頭アンダーボスとして、黙っていられないあなたの立場もわかります」

「……言葉でなければ、あっしらを説得できると?

 そこの隻眼が、先代の求めた強者であるって話に?」

「その通りです。

 ですが今は、姉様たちとの約束がありますので。

 そこを通してください」


 具体的な説得については、後ほどで。

 そう言って先へ進もうとするルリファーに、ガオランたちは互いの顔を見合わせる。

 彼らには、ルリファーが苦し紛れに、とりあえずこの場から逃げ出そうとしているようにでも見えたのだろう。


「……そうですかぃ。それじゃあどうぞ。

 お時間取らせて……失礼しやした」


 肩を落としてルリファーを見送るガオランたちの顔からは、侮蔑や嘲笑より、「これでギルドは終わった」と噛みしめる、諦観ていかん悲愴ひそうの感情がうかがえた。


 …………ヴォイドの実力が本物かどうかは、想像以上に重要な問題らしい。

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