第7話 犯罪者ギルド

 城塞じょうさい都市ルーデンバルキア。

 スレイヴィニア帝国、ルーデンバルト辺境伯へんきょうはく領内りょうないに存在する商業都市である。

 外洋に続く内海に面する港湾、内陸部へ伸びる複数の運河、都市から放射状に広がる陸運の街道。

 その地理からもわかる通り、国境を接する他国からの荷のほとんどが経由する交通の要衝ようしょうだ。

 さらに、数多くの高級賭博場カジノが合法的に存在する、帝国有数の観光地でもある。


 わかりやすくいえば「大都会」。

 そんな大都会の一角、都市内に存在する中でもひときわ大きな商会の建物前に一台、黒塗りの高級馬車が停まった。

 やはり高級な宿屋ホテルのそれを思わせる屋根付きのエントランスには、馬車から建物の出入口、その先のロビーまでを結ぶように、赤絨毯じゅうたんと、その両脇に並ぶ職員の列が伸びている。

 黒い背広スーツまとった職員たちは馬車の戸を御者ぎょしゃが開いたのを合図に、


あねさんッッ! お勤めご苦労様でしたッッッ!!!」


 腰を深々と折り、ドスの利いた胴間声どうまごえでルリファーを出迎えた。


「皆さん出迎えありがとうございます。

 ただいま戻りました」


 恰幅かっぷくのいい数十人の男衆おとこしゅうの出迎えに、しかしルリファーは涼しい顔で片手を挙げて応じている。

 そんな様子を馬車の中からうかがいながら、ヴォイドはもう何度目かもわからないほど繰り返した嘆きを胸中でまた繰り返す。



(……はわわ…………はわわわわわわわわ~~~…………っ!!

 だまされた……盛ッ大に騙された~~~~~っっっ!!!)



 元はといえばあの時つい、ほだされてしまったのがまずかった。

〈血の誓約〉。

 あの時ルリファーが口にしたのは、破ることを許されない極めて強力な契約術式……いや、呪いの名前だ。

 必要なのは洗脳や魅了にらない、誓約者双方の本意による契約条件合意と、両者の血液、そして規定の陣のみ。

 簡素シンプルではあるが、その力は絶大だ。

 誓いを破れば全身を絶え間ない苦痛が襲い、自死による逃避も許されない……他者に殺害を依頼しても、身体が勝手に動いてそれを防ごうと抵抗。なんとか死亡できても、魂が未来永劫苦痛から解放されないという徹底ぶりである。

 ペナルティが大きすぎて、国家間や商人同士の契約等では逆に利用しづらいとされているもの。

 それを、「第Ⅱ階位の魔眼を提供する」なんて無理難題に対してやくすると彼女は言ったのだ。


 あまつさえ、足りなければ己の「身体」をヴォイドのような中年の好きにさせるとも。

 まだ恋に焦がれるような年頃の少女がだ。

 そうまでして母から受け継いだギルドを守りたい。

 その健気けなげで無謀な覚悟には、流石に年長者として思うところもあった。


 つまるところが歳のせい。


 年若い少女の健気な覚悟を前につい、己の過去の云々を気にしているのがアホらしくなって、少しくらいは力を貸してもいいかと、思ってしまった。

 まさか自分が力を貸すギルドが……犯罪者ギルドマフィアだなんて思いもよらずに。


 犯罪者ギルド。

 ギルドと名乗ってはいるがもちろん、公的にこれを制度上のギルドとして認める国家はない。

 要するに犯罪を生業としている者たちの組織。

 職業犯罪者たちが商人や職人、冒険者等の職業組合ギルドに自分たちをなぞらえ、いつの頃からか洒落しゃれのつもりで名乗り出したのが定着した呼び方だという。

 他にもマフィア、カモッラ、カルテル、ギャング、ヤクザ等々、各種言語で犯罪組織を意味する言葉で呼ばれているが……どう呼ばれていようと、本質は似たようなものだろう。

 厳しい上下関係こそあれ、身内同士の結束は強く仁義にも厚いが、一方で裏切り者やギルド外の部外者への態度は極めて冷酷。そして残忍。

 無法者でありながら、彼らは下手な法よりよほど苛烈な、独自の「おきて」に従い生きている。

 伝え聞くイメージ程度ではあっても、世間知らずのヴォイドにすら彼らの危険性はそれなりに理解できるほどだ。


 だから。

 だから、例えば。


 ……一度は口にした「力を貸す」という約束を迂闊うかつ反故ほごにすることが、どれほど危険な真似かもまた想像できてしまう。


 もちろん事前に相手が犯罪者ギルドマフィアだと知っていればそんな約束しなかったし、そもそも正式な約束もまだではあった。

 ただ、そんな言い訳を犯罪者ギルドマフィアボスを相手に並べる勇気はヴォイドにはない。できたのはせいぜい〈血の誓約〉までは必要ないと、あくまでルリファー側が背負うリスクを軽減させるていで、誓約の儀式を回避することまでだった。


 もっとも、ヴォイドとてそれなりに腕に覚えはある。

 犯罪者ギルドマフィアを怒らせその構成員や刺客が差し向けられても、ある程度の人数までなら抵抗できるだろう。

 だが犯罪者ギルドマフィアの怖さは単純な、個々の構成員の強さだけではない。

 彼らの怖さの本質は、舐めた真似をした相手を徹底的に追い回し、どれだけの犠牲を払おうと必ず成し遂げる「報復ふくしゅう」のしつこさと卑劣さにある。


 俗に「メンツが潰れる」なんて表現で彼らのプライドは強調されるが、あれは何も、感情的な怒りだけが原因ではない。

 ある相手に組織の評判や名誉を汚され、それに対し何の報復ほうふく措置そちも取らなければ、その組織は「そうするだけの力や余裕がない」とみなされる。

 そんな弱みを見せれば、弱肉強食の裏社会、他の組織は喜んでその弱みに喰らいつき、むさぼり尽くすことだろう。

 時に、小さな損害への報復を怠けたことが、組織の根幹を崩すほどの損害へと拡大することさえあるという。


 損害を与えれば必ず報復してくる。

 そう理解している周囲は逆に、軽率に彼らに手を出そうとはしなくなる。

 国家や法という「自分に損害を与えた相手に代わりに報復してくれる」存在の庇護を拒否している彼らにとって、けがされた名誉を報復によって自力で回復することは、ごく基本的な自衛手段なのである。


 だからこそ、ひとたび報復行動に出た彼らは執念深く、手段もえらびはしない。

 彼らと事を構えるのなら最低限、どちらかが滅びるまでやり合う覚悟が必要だった。


 よしんばヴォイドが組織の誰より強くても、組織を丸ごと相手にして返り討ちにできるほど圧倒的とは限らない。

 たとえヴォイド自身はなんとかなったとして、そうすれば今度はヴォイドの身内や知人を探し出し、そちらにるいが及ぶ危険性がいくらでもあるのだ。


 端的に言って犯罪者ギルドマフィアとはそういう、極めてタチの悪い、敵対するリスクが大きい連中だった。

 だからこそ怖い。

 関わりたくない。

 関わりたくないが、もう手遅れだ。


 口約束だろうと犯罪者ギルドマフィアのボスと一度約束を交わしてしまった以上、あの場での口封じもまた下策中の下策。ルリファーとヴォイドの会話が魔術的手段で盗み聴かれている可能性はおおいにあり、彼女を殺したりすればそれこそ犯罪組織と事を構えるきっかけになりかねなかった。


「それで、あねさん。そちらが……?」

「ええ。ご紹介します。彼こそが母の望んだ理想の強者――ヴォイド様です」


 紹介を受けあきらめて、ヴォイドは馬車から外に出る。

 車内(喫煙可)で気を落ち着けるために吸っていた薬用やくよう葉巻はまきを片手に、もはや一体何年ぶりかも覚えていないほど久々に、大勢の前に姿を見せる。

 ヴォイドの姿を見るや、その場にいる面々の間からどよめきが漏れる。

 向けられる視線の多くに含まれている感情は、驚きと困惑、不審や――侮蔑ぶべつ


「ではヴォイド様。中へどうぞ。シャティさん、ご案内を」

「……はい。承りました。どうぞこちらへ」


 彼らの反応は想定内だったのか、ルリファーはさして気にした風でもなく、出迎えの一団の中にいた黒髪の、ポニーテールの少女に声をかけた。

 シャティと呼ばれた黒服の少女は、困惑する他の面子を尻目に、少なくとも表面上は冷静に、ヴォイドを先導する。


(あ゛~~~~~……どうしてこうなった……せめて期待通りの強さが私にあると良いんだが……)


 向けられる視線に前途の多難を予感しながら、ヴォイドはせめて、物置小屋の奥深くに眠っていた一張羅いっちょうらにみっともないしわが寄らぬよう、しゃんと背筋を伸ばして、先を行くシャティについていく。

 意識して背筋を伸ばさないと、強面こわもての男たちの視線を前に、ついついしぼんでしまいそうだったのである……。


(……ああ……みんな顔が怖い……名実ともにカタギじゃない……山に帰りたいよぅ……)

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