第6話 誓約の対価


「報酬として第Ⅱ階位の魔眼、お約束いたします」

「……意味がわかって言っているのか?」


 もともと、期待はしていなかったのだろう。

 無責任とも取れるルリファーの返答に、ヴォイドはどこか呆れたように眉をひそめた。

 確かに第Ⅱ階位の魔眼ともなると、確保はそうそう容易くない。無責任な安請け合いとみなして、ヴォイドが眉をひそめるのも無理はなかった。


 だが実のところ、ルリファーと彼女のギルドにとって絶対に不可能かと問われれば、必ずしもそうではない要求でもあるのだ。

 一応、それなりに実現可能性はあると言える。

 色々と前提条件を整える必要はあるが――


(逆に、今の要求でハッキリしました。

 その条件を整える苦労を背負うだけの価値が、この方にはきっとある)


 ヴォイドが第Ⅱ階位の魔眼を欲しているという事実それ自体が、強者を求めるルリファーの目的上、ヴォイドという人材が適格であることの証拠のひとつにもなるかもしれない。

 なぜなら、第Ⅱ階位の魔眼なんてものを隻眼の人間が欲しがる理由など、ルリファーにはただひとつしか思い当たらないからだ。


 すなわち――他者の魔眼の移殖。


 魔眼は人間種の脳と心臓にさえ接続できれば、それ自体が独立して機能する魔導器官まどうきかんだ。拒否反応さえクリアできれば、生まれ持った魔眼の代わりに他者の魔眼を移殖することも可能である。

 移植後は、移植した魔眼固有の力を行使することができるようになるし、条件が揃えば、元の持ち主以上の精度でその魔眼を行使することだって叶い得る。


 同じように魔導器官に分類される脳や心臓の場合、たとえ移植ができても、元の持ち主の能力をそのまま受け継げたりはしない。

 そういう意味でも、魔眼は魔導器官の中でも特別な臓器だ。

 一方で特別な魔導器官であるからこそ、失った自分自身の魔眼を、通常の治癒魔術等で再建することは不可能に近かったりもするのだが……。


 とかく、事故や病気で魔眼を失っても、経済的余力のある富裕層などは、貧困層から魔眼を買い取り、自分のものとすることが可能である。そのせいか人間種の社会においては、富裕層の隻眼は少なく、逆に貧困層の隻眼は比較的多い。


 ただし、魔眼の移殖に際しては、人によっては非常に大きなハードルがある。


 魔眼の能力と希少きしょう性を評価した、全二十七階位に及ぶ細かい区分。

 あくまで一般的傾向ではあるが、他者の魔眼を移殖する場合、移殖して適合できるのは、自身が保有する魔眼の階位に近いものであることが多い。

 つまり希少レア度の高い魔眼を生まれ持った者ほど、それを失った時、移殖のハードルは高い。移植時に拒否反応が出ない希少レアな魔眼を持ち、かつそれを提供してくれる相手が、容易く見つかるとは限らないからだ。


 そして、ここがルリファーの関心の焦点でもある。

 ヴォイドの目的が魔眼の移植にあるとして……そのために第Ⅱ階位を要求するヴォイドの魔眼の階位は?

 もちろん流石に国家の要人クラス、第Ⅱ階位の魔眼保有者ということはないだろう。極めて特殊な仕掛けでもない限り、第Ⅱ階位の魔眼は魔眼まがん学会がっかいの観測術式に必ず捕捉されるし、捕捉されていれば、こんな場所に捨て置かれもしない。

 それでも、第Ⅱ階位の魔眼の移植成功の見込みがある高階位……最低でも第階位以上の魔眼保有者である可能性は極めて高い。隻眼でありながらあれだけの強さを持っていることを踏まえると、第さん階位であってさえ、特段とくだん不思議ではない。

 そして――


「はい。お約束いたします。

 必ずやあなた様に、第Ⅱ階位を捧げます。

 たとえ使っても」


 ――そしてもしも、現時点であれほどの強さを持つ彼が、第Ⅱ階位の魔眼の移植に成功したら……。

 そんなもしもの日の光景に興奮を覚えながら、ルリファーはヴォイドに向けてこうべれる。


「……口先だけなら何とでも言えるだろうがな」

「もちろん、契約時に〈血の誓約〉も果たします。

 誓約破りの罰はこの命でも……お望みいただけるのであれば、この身と心の隷属れいぞく等、如何様いかようにでも」


 自ら口にしながら、ルリファーの脳裏には、力及ばず誓約を破ってしまった場合の、『もしも』の光景がよぎる。

 するとなぜか、熱い手の平で胸の奥の方をぎゅっと握られているような、そんな錯覚を彼女は覚えた。

 無論、彼のために第Ⅱ階位の魔眼を何としてでも手に入れるという覚悟も本気なのだが……なったらなったでそこまで悪くもないような。なんて、自分でも正体の知れない想像が意識の片隅をかすめていた。


「…………」

「…………」


 そうしてルリファーは、色々な熱の渦巻いたその蒼い瞳で、こちらの覚悟をはかる、ヴォイドの右眼をしばらくジッと見つめ返し続け――


 ――「はぁ……」とヴォイドの口から、呆れ混じりのため息と共に、あの妙に爽やかな葉巻の煙が香った。


「こんな中年おっさんを相手に、無理をするな。

 まぁ、君の覚悟は伝わったが」

「……いえその、そこまで無理をしているつもりは。

 罰と言っておいてなんですが、なんなら別に罰など抜――」

「いい、いい。もう十分、その覚悟は伝わった」


 何か、痛ましいものを見るような渋面じゅうめんで言葉をさえぎられ、ルリファーは今日初めて、ヴォイドの態度に不満を抱いた。

 なお、現在本人は自覚していない事実だが、彼女は極度のせんである。


「流石にギルド長まで替わってはやれないが、まぁ、短期間でよければ多少は力を貸そう」

「本当ですか……!?」


 本当に覚悟が伝わってくれたのか。

 不意にヴォイドから色よい返事が聞けて、ルリファーは飛び上がって喜んだ。

 そんな彼女の様子をどう思ってか、気難しそうなヴォイドの口元に、うっすらと苦笑めいた色も浮かんだ。

「あ……」と、やはり不意打ちの笑みに魅了されてしまうルリファーに、ヴォイドは今さらのように尋ねる。


「そういえば聞き忘れていたが。

 君が受け継いだというそのギルド、具体的に何のギルドなんだ?

 冒険者か? 商人か? そのなりだと鍛冶師ギルドということはなさそうだが……」

「あっ、すみません、こちらこそお伝えするのを失念していました。

 私が母から受け継いだのは――」


 自身のうっかりぶりをびながらも、ルリファーの口元には自然と笑みが浮かんでしまう。


 それだけ大切で、大好きで、幸せな思い出ばかりのギルドなのだ。

 今でこそ対立していても、姉妹たちも、ギルドに所属する構成員も、みんな優しくて、根は良い人ばかりで。


 不思議とヴォイドに、自分の大好きなギルドについて早く知ってもらいたいと感じ、ルリファーは満面の笑みで答える。


「――犯罪者ギルドマフィアです!」

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