第5話 第Ⅱ階位の魔眼

「あなたのような方が、こういった場所にお一人で住まれていることには……相応の理由があるものと存じます。

 私のような若輩者にもある程度は――察せられるものもあります」


 ルリファーの言葉に、ヴォイドは心中、穏やかではいられなかった。

 ヴォイドの過去。

 故郷を出て以来、ほとんど誰にも明かしていない、自分でもできれば記憶を消したいほどの、あの凄惨な過去。

 それが彼女には察せられるという。

 こんな短時間で、それを見抜けるはずがない。

 そう言いたいところだったが、しかし、


「私の過去を、察せられる。

 今、君はそう言ったのか?」

「も、申し訳――」

「謝罪はいい。質問に答えてほしい」


 しかし、言われてみればヒントはたくさんあるのだ。

 思えばヴォイドと少し話せば伝わる、伝わってしまうはずなのである。


 ヴォイドにはその年齢の割に――も、すら足りていないことが。


 そうだ。

 ギルド長の後継者に選ばれるような人物からすればきっと、ヴォイドの社会性の未熟さは一目瞭然。

 そこに隻眼と、他者から身を隠すようにこんな場所で一人、暮らしているという事実。

 なまじある程度の強さはあるものだから、社会でバリバリ働いているべき年齢であることもあいまって、隠居や引退が理由でこんな場所に住んでいるわけではないこともやはり瞭然りょうぜん


「…………はい。言いました」

「そうか。……そうか」


 恐らくは。

 聡明そうな彼女の推察はある程度、正鵠せいこくを射ている。

 とはいえ流石に、具体的な詳細までは想像もつかないのでは? と思わなくもないが、ヴォイドについて下調べをしてからここを訪れたという可能性だってあるだろう。いや、下調べもなくこの山に足を踏み入れ、たまたまここまで辿り着いたと考える方が無理がある。

 なら、全てバレていると考えた方がいい。


 そう、ヴォイドには過去がある。

 凄惨で、凄絶な。

 凄絶なほどに――過去が。


(一番の問題は、なぜ彼女がそれを「察した」ことを、わざわざ口に出したかだ。

 深い意味はない……なんてことはないよな。

 姉妹間での後継者争いを防いでギルドを守りたい、切実な事情もあるようだし、そのためなら……手段も選んではいられない。

 つまり、私は今この子に遠回しに――脅されている)


 あのしょーもない過去の中身が推察できているなら、当然、ヴォイドがされて一番困ることもわかっているはず……。

 ヴォイドは状況をそう分析し、少し青ざめる。


 実をいえば、つい先ほどまでは彼女の事情を聞きつつも、「どうやって話を断ろうか」としか考えていなかった。

 最初に「ギルドに加入してほしい」と聞いた時はやはりそういう詐欺なのかと疑いもしたものの、一応、後継者争いを防ぐという目的にはそれなりの信憑性を感じた。

 感じた上で、まぁ話を受けるつもりは全然なかったのだ。

 恐らくはそんなヴォイドの心中を察して、今の脅迫に至ったのではあるまいか。


 これでヴォイドが己の実力に無自覚であれば「そこまでして自分を欲しがる理由はない」と思えたのだが。

 色々あって、自分が世間の平均からすればそれなりに強い部類であるという客観的事実くらいは知っている。

 実力以上に期待されてしまっている可能性はあるものの、とりあえずルリファーが欲している「強者」であるという見立てにも間違いはないのだろう。


 切実な事情があるからと言って、脅迫などふざけるな!


 と、ヴォイドにも怒る権利くらいはあるかもしれない。怒った上で、例えば彼女の口を封じるという選択肢も一応はあるのだろう。

 ただ……そういった冷徹な決断をするには、自分自身の過去と事情が我ながらあまりにもさすぎる。

 恥の多い人生ではあるが……いや恥の多い人生だからこそ、切羽詰まった事情を持つ自分よりだいぶ年下の女性を、「あのしょーもない過去を隠すため」なんてしょーもない動機で害して、さらに恥を重ねるような真似はしたくなかった。

 そもそも絶対にこの山を下りるわけにはいかない、と言えるほどの事情もない。実際たまに下りているし。


 とはいえ。とはいえ、である。

 いかにも面倒そうだし、人里は怖いし、できれば依頼は断りたい。

 かといってシンプルに拒絶して、困ることをされてしまえば普通に困る。

 心中、煮え切らない思考をぐだぐだとそれでも煮詰めきり、


「話を受けてもいい。

 ただし、私からも条件がある」


 結果、ヴォイドが苦し紛れにひねり出した、どっちつかずの返答がそれだった。

 この返答は予想外だったのか、ルリファーはどこか不安そうに問い返してくる。


「条件とおっしゃいますと……?」

「報酬の件だ。年間1億ダリスに加えて……『第階位』の魔眼を用立てて欲しい」

「『第Ⅱ階位』の魔眼……!?」


 ルリファーは悲鳴じみた声を上げる。

 無理もない。

『第Ⅱ階位』の魔眼はその名の通り、全二十七階梯にも及ぶ魔眼の希少度区分の中で、上から二番目。

 一番上の『第いち階位』は考古学的に一応は過去に実在した可能性も否定できない程度の、文字通りに神話級や伝説級、おとぎ話の存在と言われている。

 だが二番目の『第Ⅱ階位』なら現代でも二十に満たない程度の人数、所有者が実在している。


 だから第Ⅰ階位のように、確保がどうあっても不可能な「存在しない」魔眼ではない。

 だが、第Ⅱ階位の確保も事実上は不可能なのだ。

 必ずしも魔眼の希少度と所有者の強さがイコールで結ばれるわけではないし、中には高階位ながら全く戦闘に向かないモノも存在するが、傾向としてはある程度、階位と所有者の強さは比例する。


 第Ⅱ階位の魔眼所有者ともなるとその全てが、国家の存亡を大きく左右する、戦略次元の存在だ。

 まず間違いなくどこかの国か国際的な組織の要人であり、たとえ直接戦闘には向かない種類の魔眼だろうと、所属する国家や組織が厳重な警備で守護している。


 そのうちの誰かを殺すか捕まえて第Ⅱ階位の魔眼を摘出し、ヴォイドに報酬として渡す。

 そんなもの、相手の国家の転覆を狙うのと大差ない暴挙だ。

 最低限、組織的な諜報力と予算、尋常ではない手練れの暗殺者が必須。

 力の大きさ的にも倫理的にも、カタギには絶対に無理である。


(名付けて、プリンセス・カグヤ作戦)


 ヴォイドは自らの作戦を、昔聞いた、求婚者に無理難題を吹っかけて振ったおとぎ話の姫の話になぞらえる。

 第Ⅱ階位の魔眼なんてふざけた条件を出しても、結局「それは無理なので別の条件でお願いします。さもないとあなたの過去を……」と返されたら振り出しに戻るのだが、これはまだ入口。

 この後、次々に、ひとつ前よりは難易度を下げた、結局は無理難題の条件を出していき、その全てを断ってもらうつもりだ。


 人間、相手の頼みをいくつも断り続けると、なんとなく申し訳なくなってくるものだろう。

 脅迫めいたことを口にしたとはいえ、ルリファーは話した限り、根は優しそうな少女でもある。

 こちらに強く出る心理的なハードルを上げれば、まあなんとか、今日のところはお引き取り願えるのではないだろうか。

 我ながら見通しが甘いといえば甘い期待を胸に、ルリファーの返答を待っていたヴォイドに、


「…………わかりました。報酬として第Ⅱ階位の魔眼、お約束いたします」


 長い沈黙の果て、重々しい覚悟と共に、ルリファーはそんな予想外の返しをしてきた。

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