第3話 おじさんの心境
「
不意にその隻眼の中年男を訪ねてきた美少女は、ちょっとしたアクシデントの後、何かを自分の中で整理するように、言葉を並べた。
歳の頃はおそらく十代後半くらいか。
遭難していると言う割に
肌も雪のように白く、瞳は氷河を思わせる透き通った青で、
ただし、はだけたローブから
「実はまだその
明らかに魔眼としての機能を失っています。
なのになぜ、なぜまだあなたは――」
美少女が自身の服の乱れを気にする様子はない。
ただまっすぐに、見開いた青い瞳を隻眼男へ向けている。
やがて耐えかねたように、
「それほどの強さを維持できているのですか……!?」
そんな悲鳴じみた問いを、か細い喉から絞り出す。
「…………」
隻眼の中年男は、鋭く目を細め、なおも黙る。
黙って、
そうして
取り出したのは小ぶりな、
一本を手に取ると、専用のカッターで葉巻の吸い口をカット。
魔術で火をつけて、吸い口をくわえ深く吸い込む。
この男なりの、思考をまとめるための儀式だった。
男は葉巻から口を離して
血だまりをびしゃりと踏んだ後、美少女に背を向ける。
「ついて来い」
そうして、自分の
男としては、彼女がついて来なければ来ないでそれも構わなかった。だが、背後でわずかに息を
彼女はどうも混乱しているようだが、実を言えば隻眼男の方にも、まだ少し時間が必要だった。
なぜなら
(はわわっ、はわわわわ……っ????)
ぷるぷると幼児のごとく涙目で
(え~~??? いやぁ……ふえぇぇええ~~~……???
な……え、急に誰か来たと思ったら、なんなのほんと……。
てかまず誰??? 思わず
よくわからんけどなんか怖~~~~~~~っっっ)
「はわわわわわ」と、その胸中は顔に似合わず、情けない。
もし実際に声に出ていれば若い女性に「キモい」と切り捨てられること
そんな戸惑い方をしているこの男。
名をヴォイドという。
見た目通りにもう中年と呼ぶべき
もう何年も一人で孤独に、この無駄に過酷な環境の
『え……? その歳で? 定職にも就かず……?』
『あー……引きこもりってやつっすか……?』
『おじちゃん、お仕事しなくていいの???』
『うわキモ。こっち見ないでよおじさん。減るから』
半年ほど前、
一応は目標があってこんな生活を続けているのだが、実際のところ、
最近はあきらめる気持ちも多分に混じり、正直、我ながら何が楽しくて生きているのか時おり不思議になることもある。
かといって別に、己の
一方で「今、幸せですか?」と問われれば、とても
見る者によっては気楽で恵まれた自由人。
また別の見る者によっては悲惨な独身の非モテ中年。
それが、ヴォイドという名を持つ隻眼男の、今日この頃だった。
(しかし考えれば考えるほど意味がわからん……。
こんな僻地に?? 少女が一人で???)
世間を知っているとはとても胸を張れない経歴の持ち主ではあるものの、ヴォイドも一応、自身の現状や棲み処に対するある程度客観的な認識はできている。
だからこそある意味、彼の戸惑いや怯えは、無理からぬものであるはずだ。
ヴォイドが住んでいるのはおよそ人間種の来客などありえない僻地も僻地。
ありえないはずの来客……突然の美少女の来訪は、この山ではよくある唐突な落雷より何倍も
しかも、急に現れた客人に声をかけられたヴォイドが、もちろんたっぷり動揺していたその時、今度はその客人を頭上から捕食する
ヴォイドは混乱のままついつい魔眼の力を使って彼女を助けて……直後にまた、さらに混乱する事態に
(……怪しい。
命を救った程度で、極端に持ち上げすぎじゃないか……?)
一応自分は命の恩人ではあるのだろう。だがだからといって、年若い美少女が、あんなに必死な顔でこんな冴えないおじさんを「どうしてあなたはそんなに強いの!?」などと持ち上げてくるものだろうか?
普段ろくに持ち上げられることがないおじさんゆえ、持ち上げてもらえることはそれなりに嬉しいが、嬉しいからこそ、そこに罠を感じる。
(年若い女性にとって
命を救ってようやく好感度ゼロに届くかどうかといったところのはずでは?
いやまぁ、強さへの評価と好感度とはまた別なのかもしれないが……)
極端な見方かもしれないし、ヴォイドの場合、中年であることだけが問題ではないにしろ……こうした見方が単なる被害妄想だとは言えない程度には、実際に彼が若い女性から街で向けられる視線も冷たい。
同時に、彼女たちの態度がそうなるのも無理はないと思えるくらい、有害なおじさん……酔っ払いやノンデリ、セクハラ野郎も世には多いのが実情だろう。
(いわゆるデリカシーの有無については私だって自信がないし……さておき)
命を救った程度で自分のような中年への好感度をプラスに転じる少女の態度は、ヴォイドの知る世間一般の基準からすると不自然。
ゆえに、なんらかの狙いがあっての演技である可能性を常に念頭に置くべきと言えた。
(やはり……怖い)
話に聞く
(とはいえ……美人局や詐欺というのもそれはそれで無理がある、か?
狙われるほどの経済力がないしなぁ……)
おじさん特有の本能的な警鐘の一方、頭の理性的な部分は、詐欺師の
そもそも不慣れな人間が立ち入って五体満足で生きて帰れるとは限らない土地だ。
「遭難した」という彼女の主張の方が真実らしくはあるだろう。
(……うん、だから大丈夫。たぶんきっと大丈夫)
別に彼女は自分をカモにしようとしているわけではないはず。
食糧や水を分け与え、比較的安全な下山ルートでも地図にすれば、大人しく帰ってくれるだろう。
年若い美少女を見て、魅了されるよりもまず警戒が先に立ってしまう己に物悲しい
そんなヴォイドの様子を、問題の美少女が少し、熱っぽい瞳で背後から見つめていることに、ヴォイドはまったく気づいていなかった。
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