五色の音色に囚われて

生獣(ナマ・ケモノ)

第1話 天王寺 愛花


「みんなー! 盛り上がってるかーっ!?」


「「「いえぇええええええいっ!!」」



体育館の壇上。

そこに立つのは5人の女子生徒。

その中心に立つ女が威勢よく声を上げると、それに呼応するように体育館が揺れるような歓声が響く。

なお今日は文化祭だとか新入生への部活紹介だとか、そういう類の日では全く無い。

ただ先生方にお願いし、しっかり許可を取って放課後にライブをしているだけだ。



「イカしたメンバー紹介するよー!

まずはこのボク! ヴォーカル、火口 恋(ひぐち れん)!」



火口が自分を親指で指すと、一層の歓声が響いた。

この火口という女、やたらフレンドリーで男女問わず友人が多い。

またロックバンドのリーダーの癖に妙に真面目だ。

授業は普通に受ける(成績はそこそこだが)。

制服も着崩さないし、メイクやピアスもしていない。強いて言えばスカートが短いぐらいか。

教師からの覚えも良く、だからこそ今日のようなライブも許されたんだろう。



「ギター、土屋 玲於奈(つちや れおな)!」



小柄な少女が身体を後ろに倒しながらギターを掻き鳴らす。

小さくて可愛らしい見た目と豪快なパフォーマンスで人気の子だ。

時折ハメを外し過ぎる時はあるが基本は良い子。



「ベース、金原 涼音(かねはら すずね)!」



ベースを肩から下げ、いかにもクールな金原は軽く手を振る。

あまり愛想があるタイプじゃないが、そこが良いと言う奴も居る。

コイツはバチバチにピアスしているので警戒対象。



「キーボード、水城 海里(みずき かいり)!」



水城はキーボードを淡々と弾き、しかしもっと盛り上げろと観客を煽る。

見た目は清楚。艶やかな黒髪で、制服のスカートだって校則通り膝下。

しかし彼女はそんな見た目に反して口が悪く、喧嘩っ早い。

その美貌と腕っぷしで取り巻きも多く、ぶっち切りでこのバンドの問題児だ。



「ドラム、木ノ葉 芽衣(このは めい)!」



ドラムスティックでリズムを刻む木ノ葉は、長身でおっとりとしたお姉さん味のある女だ。

ただ、必要とあらばその腕力で水城を押さえ込む事もあるそうな。

金髪碧眼なのはハーフだかららしい。



「ボク達〜……五行輪舞(ごぎょうりんぶ)です! よろしくぅ!!」



火口が満面の笑みを浮かべると、それに呼応するように観客から歓声が湧きあがる。



「今日はボク達のライブに来てくれてありがとーっ!

それじゃあ早速1曲目行くよーっ! 最初は……水恋火(すいれんか)!」



火口の合図で曲が始まる。

曲名やバンド名に反してアップテンポの激しい曲だ。



「眩しいな……」


「うん? 委員長何か言った?」


「いえ、大人気ですね、と思いまして」


「そりゃねー、顔面レベル高いしキラキラしてるし。ウチらとは住む世界が違うって感じ」


「そう、ですね……」



確かにそう思う。

壇上で力一杯に声を張り上げ、楽器をかき鳴らす姿は自分のような人間とは別次元の存在にしか見えない。


クラスにおいては、ただ真面目なだけで学級委員長に選ばれた自分ではなくあの火口が間違いなく話題の中心だった。


キツイ三つ編みに分厚い眼鏡。

成績は良いけど、それ以外に目立つ物は無い。

それがこの私、蒼ヶ谷高等学校2年1組の学級委員長、天王寺 愛花(てんのうじ あいか)だ。



◇◇◇◇◇



「図書館に行ってきます」


「あまり遅くなりすぎないようにねー」



土曜日。

母親の言葉を背に受けて、向かう先は駅。

電車に乗って向かうのは図書館ではなく……若者が集う街、渋谷。


駅のホームのトイレに籠り、三つ編みを解き、眼鏡を外し、服を脱ぐ。

代わりに身に纏うのは完全に腹部が露出した黒のオフショルダーにデニムのショートパンツ。

靴は動き易さを重視したスニーカー。

メイクを施し、髪はエクステを付けてメッシュに。

コンタクトを付けて鏡代わりにスマホを覗く。



「……うん、完璧」



そこに映っていたのは、いかにもチャラそうな女。

どこからどう見ても、蒼ヶ谷高等学校の学級委員長、天王寺 愛花には見えない。

普段は三つ編みに分厚い眼鏡で真面目な委員長をやって、休日はこうして渋谷の街に紛れ込む。


……別にこれが本当の私だとか、これが裏の顔だとか。

そんな大層な事を言うつもりは無い。

もっと言えば大それた事をするつもりも無い。

飲酒も喫煙もしない。万引きなんて以ての外。

私は人を困らせたい訳じゃない。


ただ、優等生な自分を崩したいだけ。


だから、出来るのはこうした派手な格好をして渋谷の街を練り歩いたり。

お行儀悪くホットドッグを食べ歩いたり。

ゲームセンターで意味も無く散財したり。

誘われるつもり無いのにナンパ男と話したり。

……ライブハウスで思いっ切りはしゃいだり。


その程度なのだ、私に出来る事なんて。

人はそれをどう思うのだろう。

一線を越えないお利口さん?

悪ぶりたいだけの半端者?


……考えても意味ないか。

私の行動を評価されるという事は、今の私が天王寺 愛花だと知られているという事。

そうなれば、真面目なだけが取り柄の私は終わるのだから。



「……ん?」



適当にブラついていると聞き覚えのあるメロディが耳に入った。

私の足は自然とその方向に進む。



「やってるやってる」



街の一角に設置されたバスケコート。

そこには複数人の黒人男性が古き良きラジカセから流れる曲に合わせ、ダンスを踊っている。

私は彼等に軽く手を上げてその輪に混ざった。



「やぁ、久しぶりだね?」


「あー、うん。巡り合わせが悪くてね」


「ハハッ、なら今日は好きなだけ踊って行くと良い」


「ありがと」



彼等とはガッツリとした知り合いって訳じゃない。

自己紹介すらしてないからお互いの名前も知らない。


だけどある日、ヤケクソでダンスに乱入した私を。

見るからにノロノロとしたへっぽこダンスを踊る私を、彼等は笑って受け入れてくれた。


別に私が特別なんじゃない。

彼等は気の良い人達で、悪意なく近付いて来る人なら誰であろうと受け入れる人達なんだ。


彼等の好意に甘える形ではあるけれど、素性を明かさずに安全に非日常を体験出来る絶好の機会だ。



「うおぉぉぉぉぉぉぉっ⁉︎ イッツ、クール! スーパーグレートッ!」


「な、なに……⁉︎」



いきなり発せられた適当極まりないカタカナ英語に驚いて振り返ると、そこには私の良く知る女。

五行輪舞のヴォーカル、火口 恋が目をキラキラと輝かせていた。



「ヘイヘーイ! ベリーベリースーパーソング歌っちゃうYO!」



そしてあろう事か、この輪に乱入してきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年1月10日 19:02
2025年1月11日 19:02
2025年1月12日 19:02

五色の音色に囚われて 生獣(ナマ・ケモノ) @lifebeast

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ