ギャンブルなんて大嫌い
何とか依頼をこなし、無事に纏まった金が手に入った俺は、とりあえず服を新調することに成功した。
といっても、古着屋で買ってきた激安のシャツにズボンなんだけどな。憲兵の人がひとっ走りして買って来てくれたのを、俺が依頼金から代金払ったって感じだ。
それでも囚人服で過ごすよりかは全然マシ。あれ着て街中歩いていると、すれ違う人がみんな俺を変な目で見ながら避けて通るんだよ。
「と言っても、これ以上は無駄遣いできねぇ……体力回復も兼ねて、早めに寝ないと」
俺は飯を食って銭湯に入った後、自作した段ボールハウスを置いてある橋の下へと移動する。
段ボール一枚敷いてあるとはいえ、石の床の上で寝るのはなかなか堪えるんだ。ちょっと前まではフカフカのベッドで寝起きして、毎日快眠だったんだけどな……今じゃ朝起きたら全身が痛いんだから、俺って本当に落ちぶれたもんだと思う。
「新しく床材代わりの段ボール追加しようかな……って、あれ?」
橋の下に戻ると、いつもと違う光景に俺は目を見開く。
俺が作った段ボールハウスから少し離れた位置に、別の段ボールハウスが出来上がっていたのだ。
(新しいホームレスが住み着いたか……?)
この橋の下は、つい今朝まで俺が独占状態だったんだけどな……お隣さんへの挨拶とかした方がいいか?
そう思ったけど、もう辺りは真っ暗。夜中に段ボールハウスにいきなり押し掛けるのも迷惑だろうし、ぶっちゃけホームレスって話しかけるのはちょっと怖い。
(まぁ機会があれば話すこともあるか)
お互いに干渉しなければ特に問題はないだろう……そう判断した俺は、自作の段ボールハウスの中に入り込むのであった。
=====
翌日、久々にちゃんとした物を食って快調のまま朝を迎えた俺は、街の正門でシオンと合流してヘタレチキンが群れている平原へとやってきて、ヘタレチキンの群れが見える小高い丘から奴らを見下ろしていた。
昨日とは違い、ヘタレチキンに気付かれないくらい遠くから攻撃スキルで一網打尽ためである。これだけ離れてたらスキルの巻き添えになることもないだろう。
「こうして見下ろしてみると、かなりの数ですね。相手がヘタレチキンといえども、あれだけ居ると威圧感があるというか……」
「あぁ、気をつけろ。奴らに接近戦を挑んだが最後、集団で囲まれてボコボコにされるぞ……!」
「それはまた随分と実感の籠った……それでは昨日までどうやってあれだけの数のヘタレチキンを狩っていたのです? 何か特別なスキルでも?」
「いや、昨日は攻撃魔道具のテスト依頼を兼ねてって感じで運が良かったというか……普段は一匹だけ逸れているところを不意打ちしてたって感じで」
「ルシアは何かスキルは習得していないのですが?」
「いや、スキルは覚えてるぞ? 覚えてるんだけど……」
俺は躊躇いながらも、自分のスキルについて説明すると、シオンはどこか呆れたような表情を浮かべた。
「発動したらダメージを無効にする代わりに相手の攻撃力が跳ね上がる上に痛みは遮断できないって……なんですかその変なスキルは?」
「俺だってこんなスキル嬉しくなかったよ! 子供の頃に軽く試してみたら地面に生き埋めになったんだぞ!? こんなスキル、発動もしたくない!」
「まぁ……それはそうでしょうね。せっかくの先天スキルなのに、効果がそれでは発動も躊躇うのも無理はありませんか」
呆れから一転して同情の視線を向けてくるシオンに、俺はあまりの惨めさに思わず泣きそうになった。
ちなみに先天スキルとは、生まれ持って宿っているスキルのことで、この世界ではたまにダンジョンを攻略しなくても生まれながらにスキルを宿している人間がいる。俺の《イージス(笑)》も便宜上そういう扱いだ。
「と、とにかく! 今は俺のスキルよりもそっちのスキルの方が重要だ。それで、どうだ? あのヘタレチキンの群れを倒せそうか?」
「おそらく可能でしょう。………………多分」
「そうか! それはよかっ……おい待て、今多分って言った?」
「では早速始めましょう」
髪を華麗にかき上げ、俺の質問をガン無視するシオン。
本当に大丈夫だよな? なんかやけに歯切れ悪かったんだけど。
そんな俺の不安をよそに、シオンの全身から強い魔力が発せられ始める。それも渦を巻いて風を起こすほど魔力だ。
せっかく剣と魔法の異世界に転生したから、俺も魔力の放出や相手の魔力量を感じ取る訓練だけは頑張って覚えたけど、少なく見積もってもシオンの魔力量は俺のそれを遥かに凌駕しているのが分かる。
「……行きます! 《アンノウンブレイク》!」
それがシオンの攻撃スキルの名前なのだろうか、それを声高らかに叫んだ瞬間。
「ふぎゃっ!?」
いきなり上空から降ってきた金ダライが、シオンの頭に直撃した。
「~~~~~~……!」
「……シ、シオン?」
な、何だこの金ダライは!? 一体どこから落ちてきたんだ!?
混乱しながら何もない空と、頭を押さえながら悶絶しているシオンを交互に見ていると、シオンはフラリと立ち上がりながら髪をかき上げる。
「どうやら、少し失敗してしまったみたいですね。ですが次こそは問題ありません」
まるで何事もなかったかのように優雅に振舞うシオンを見て、俺は嫌な予感を隠せなかった。
何だろう……もう全然優雅に見えない。初対面の印象を完全に覆されたっていうか。
「次こそは外しません! 《アンノウンブレイク》!」
再び、シオンの体から凄まじい魔力が巻き上がりスキルを発動させた……その時、突如として俺たちの目の前に巨大なハリセンを持った、全身真っ黒の衣装で顔まで隠した黒子が現れた。
「……え? 誰?」
何だこの黒子は? 一体どこから出てきた?
困惑する俺をよそに、黒子は巨大ハリセンを思いっきり振りかぶり――――。
「へぶっ!?」
思いっきり、シオンの顔を引っ叩いた。
スパァーンッ! と凄い音を立てながら地面にひっくり返るシオン。それと同時に黒子は瞬きする間もなく一瞬で消えて、後に残されたのは唖然とする俺と、顔を押さえながら悶絶するシオンだった。
「シオンさん!? さっきから何やってんの!?」
待って。本当に色々ちょっと待って。さっきから何かおかしい。シオンのスキルどうなってんの?
『『『…………』』』
よく辺りを見渡してみると、騒ぎを聞きつけたヘタレチキンたちがドン引きして、俺たちを「え……何やってんのこいつら?」みたいな目で見てきている。
それはそうだ。一応当事者に一番近いはずの俺も、シオンが何をやってるのか全然理解できない。
「きょ、今日は……グスッ……今日は、少し調子が悪いみたいですね……!」
顔を真っ赤にしてプルプル震えながら涙目になっているシオン。正直もう見てられないんだが……こいつはさっきから何がしたいんだ!?
「次こそは……次こそはいけます! 《アンノウンブレイク》!」
そうして三度、大量の魔力の放出と共にスキルが発動されると、またしても黒子が俺たちの目の前に現れる。
しかし今度は三人で……その内の二人が、なぜから俺の両腕を押さえて拘束してきた。
「え!? 何これ!? 何これ!? 何!?」
困惑する俺に構わず、残った一人が俺の後ろに回り込み、そのまま勢いよく俺の尻にタイキックを叩き込んだ。
「いっったああああああああああああああああああああああっ!?」
何これめっちゃ痛い! 尻が横に割れたのかってくらい痛い! プロの格闘家に蹴られたらこんな感じなのかなってくらい痛くて、全身から変な汗が出てくるくらい痛いんだが!?
「あ、あわわわわわわ……! ごご、ごめんなさいっ! 大丈夫ですか!?」
尻を押さえながら悶絶する俺を見て慌てふためくシオン。その様子を見る感じだと、シオンはわざとやってるわけじゃなさそうだが……。
「お、おま……! さっきから何なのそのスキル……!? さっきから自滅しかしてなくないか……!?」
「じ、実はその……これが私の覚えているスキルの仕様というか……」
「……? どういうこと……?」
発動したら自分か味方にしかダメージが入らない使用の攻撃スキルなんて一体どういう仕様なんだ?
そんな疑問を投げかけるように視線を送ると、シオンは心底言い難そうに両手の指をこねながらポツポツと呟く。
「実は私の攻撃スキルは著しく確実性に欠ける、ギャンブルスキルとでも言うべきものばかりなのです……敵に当たるか味方に当たるかは運次第、その攻撃内容も運次第でして……」
「お前ふざけんなバッキャロォォォォオオオオッ!」
出会った時から妙に変な感じがしてたけど、その違和感の正体がようやく分かった! つまりそういう事かド畜生っ!
「どうすんだよこっから!? このままじゃ今日の予定が……はっ!?」
そこで俺は気が付いた。何時の間にかヘタレチキンたちが俺たちを囲ってにじり寄ってきている!
しかも「こいつら絶対に大したことねーよ(笑)」とでも言いたげな感じだ。自分たちが有利と見ればいきなり強気になるハイエナのような奴らめ! 実際にその通りだけども、このままじゃヤバい! また集団リンチされる!
「シオン! 他にもスキル覚えてるって話だっよな!? この状況をどうにかできそうなのはないのか!?」
「あるにはあります! ですが……!」
シオンはやけに歯切れが悪そうにしていると、振り絞るような声で呟いた。
「発動したら、味方か敵のどちらかが確実に死ぬかと……!」
「どんなスキル覚えてんだお前!?」
金ダライにハリセンに尻キックときて、いきなり死!? 落差が酷すぎて全然笑えないんだが!?
「このスキルは、味方一人と敵一人を選択して発動する必要があるんです! それから両者の間でギャンブルが行われるのですが、外した方には極大の攻撃スキルがランダムで発動して直撃するんです!」
「何その安定感皆無のスキル!?」
それって大体五割の確率で味方が死ぬってことだよな!? そんな危険すぎる賭けに出なきゃいけないスキル、一体誰が好き好んで…………いや、待てよ……?
「こうなったら、私が賭けの対象になってこの場を切り抜けるしか……!」
「いや、待て!」
俺は混乱して目をグルグルさせながら生き急ごうとしているシオンを慌てて止める。
正直な話、やりたくはない……だがもうこうするしかない……!
「対象はお前じゃない……俺だ……!」
「な、何を言っているのです!? さっきも言いましたが、外した方には極大の攻撃スキルが直撃するのですよ!?」
「だからだよ! 俺なら《イージス(笑)》で防げる!」
これならギャンブルに勝っても負けても実害はない! ビビりなヘタレチキンが相手なら、ド派手な攻撃を見せつければ逃げ出すはずだ!
「で、ですがそれをやったらその、とんでもなく痛い目に遭うのでは? 使うのをあんなに嫌がっていたではありませんか」
「そうだよ! 俺だって、こんなスキル絶対に使いたくない!」
ちょっと自分の頭を小突いただけで地面に生き埋めになるほどのデメリットだ。それを攻撃スキルを防ぐために使ったらどんな目に遭うのか、想像もできない。
でもやるしかないんだ……! このままじゃヘタレチキンに寄って集ってボコられるだけじゃない。
「お前だって、
「それは……そうですが……!」
ヘタレチキンに泣かされた冒険者として認知され、「史上最弱のクソ雑魚ナメクジ冒険者」と周りからバカにされるあの居た堪れなさと恥ずかしさったらない。
しかも俺に至ってには二回目になるかもしれないんだぞ!? もしそうなったら俺の汚名は永遠に消えなくなるわ! ただでさえ前世で一生ものの汚名と一緒に死んだのに!
「しかもお前、ヘタレチキンに負かされたどうなるか知ってるか!? こいつらなぜか服まで奪っていくんだぞ!? 俺もボコられて服持ってかれて街に戻ったら憲兵に捕まった! いいのか!? 俺と同じ目に遭っても!」
「そ、それは嫌です!」
「だろ!? もうヘタレチキンにだけは負けるわけにはいかねぇんだ! いいからやれぇえええええっ!」
大丈夫……まだ俺に当たると決まったわけじゃないし、どんなに痛くても死ぬわけじゃない……! 多分、きっと、おそらく……!
覚悟を決め、シオンに向かって叫ぶと、シオンは意を決したような表情を浮かべる。
「……分かりました。それでは、行きますよ! 《ディザスターギャンブル》!」
そしてシオンがスキルを発動させた瞬間、頭上に超巨大なルーレットが出現した。
そのルーレットには俺とヘタレチキンの顔が線で区切られる形で交互に描かれている。どうやら針が止まった相手に罰が下る、みたいな感じのようだと思っていると、ルーレットの針が高速回転し、やがてゆっくりと速度を落としていく。
そして止まった針の先が示していたのは……俺の顔がイラストされていたマス目だった。
「おいどうなってんだ!? さっきから俺らばっかりじゃん!?」
「そんなこと言われても仕方ないじゃないですか! 私ではどうしようもないのですから!」
ここまで四回もギャンブルスキルを使ったにも関わらず、俺かシオンにしか当たらないって確率的におかしくないか!? 正直、何か仕込んでるんじゃないかと疑ってすらいる!
しかし、そんな俺の叫びも空しく、俺の上空に巨大な紫色の魔法陣が出現し、空気が震えて地鳴りがするほどの魔力が収束していく。あれ絶対にヤバい奴だ。
「クソがっ! このまま大人しく食らって堪るか! こうなったら何としても逃げ……れねぇえええええええええっ!?」
全力ダッシュでスキルの効果範囲から逃げようとした俺だけど、上空の魔法陣はピッタリ俺の頭上をキープするように移動してくる。
絶対に、何が何でも俺に罰ゲームを受けさせようってことか!?
「チクショオオオオオオオオオオっ! こうなったらお前らも道連れだああああああああ!」
俺は涙を流しながら覚悟を決めて、俺たちを囲っているヘタレチキンの群れの中に飛び込む。
そしてその内の一体の体にしがみ付く。こうすればこのヘタレチキンを道連れにできるはず!
「コケケェッ!?」
「離さねぇぞコンチクショウ! 《イージス(笑)》!」
そして俺は上空の魔法陣から攻撃が離れるよりも先にスキルを発動すると、更に五つの魔法陣が重なるように展開される。
ヤバいヤバいヤバいヤバい……! なんかよく分からないけど、とんでもなく威力が上がってることだけは伝わってくる……! 周りの石コロとか枝葉とか浮かび上がってるし、晴れてたはずの空が真っ黒な雲で覆われてるし……! これ本当に大丈夫だよな!?
「すみませんやっぱり怖くなってきたんでやっぱり中断ってわけには――――」
やっぱり怖くなって命乞いを始めた、まさにその時。魔法陣の中心がビカッ! と光ったと思ったら、とんでもなく巨大な雷が俺を目がけて落ちてきた。
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
そして俺は眩い極大の雷に飲み込まれてしまうのであった。
――――――――――
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