さよなら、俺のパンツ
それから数日後、俺は再び頭を抱える羽目になった。
「このままじゃダメだぁ……! 早く何とかしないと……!」
端的に言うと、金欠なのだ。
ヘタレチキン不意打ち作戦自体はそれなりに上手くいった。個体数が超多いから見つけるのも苦労しないしな。
しかしタイパがあまりにも悪すぎる。一日に二体くらいしか納品できねぇ……! 不意打ちするために状況とタイミングを見計らってる分、滅茶苦茶時間食われてる……!
この数日で分かったけど、ヘタレチキンって基本群れる生き物だからな。一匹だけ逸れるってことがあんまりない。
「おかげで毎日薄給……飯代と銭湯代払うので精一杯だ……!」
これじゃあ旅費を貯めることはおろか、宿に泊まることすらできない。
じゃあ今日までどこに泊まってたかっていうと、ツェストの真ん中に流れる大きな河に架かっている橋の下に、段ボールハウス作って凌いでた。
この俺が! 仮にも公爵家子息であるこの俺が! ホームレスのように橋の下で段ボールハウス! ちょっと前まで豪華な屋敷で豪勢な暮らしをしていたのに、前世で一体どんな罪を犯したらこんな転落人生を味わえるんだ!? 転生者だけど全然心当たりないぞ!?
「肝心のメンバー募集も、全然来ないし……まぁそっちはあんまり期待してなかったけど」
どうもここ最近、ギルドでは俺のことが悪い意味で噂になっているっぽい。
ヘタレチキン討伐にヒーヒー言って、人手まで求めてるなんて一体どれだけ雑魚いんだって感じの噂だ。
しかもどこからか、俺がヘタレチキンにボコられて泣かされたことまで伝わってきていて、今や「史上最弱のクソ雑魚ナメクジ冒険者」の異名を欲しいがままにしてしまった。余りに心無い陰口に、俺は涙が出たよ。
「あとやれること言っていたら、ダンジョン攻略だけど……正直現実的じゃなさそうなんだよなぁ」
俺はダンジョンに入ったことはないけど、聞いた話じゃどんな冒険者でも苦戦する仕様になっているらしい。
そんな危険な場所にヘタレチキンも満足に狩れない俺が一人で行ってもロクな目に遭わないのは大体予想できるっていうか。
一体どうしたものか……そう頭を抱えながら街を歩いていると、意外な人物と巡り合った。
「この間の坊主じゃねぇか。どうした? そんなに頭を抱えて」
俺に金属バットを売った、武器屋のオッサンである。その両腕には、何やら藁みたいなの敷き詰めた大きな木箱を抱えている。
「あぁ、どうも……いや、それが冒険者業が全然上手くいかなくて。特に金が無くてヤバいっていうか……」
「あー、新米冒険者のあるあるって奴か。何かと入用だしな」
訳知り顔で苦笑するオッサンだけど、多分俺が味わってる苦境までは想像できてなさそうな気がする……まさかヘタレチキンも満足に倒せませんなんて、さすがに言えないけどさ。
「そんじゃあ、割の良いバイトとかに興味はねぇか?」
「その話詳しく」
傍から聞くと怪しい誘い文句だけど、今はとにかく金が欲しい俺は即座に飛びついた。
「実は最新式の攻撃魔道具の開発を工房でやってるんだが、威力の調整に手古摺っててな。実際に使った時の使用感とか、そういうのも含めて冒険者に確認して貰おうと思ってんだが、坊主に指名依頼をしてみようかね。報酬は五千ゴルで考えてんだが……」
「ご、ごごご五千ゴル!? ほほ、本当に!?」
五千ゴルなんて、俺がここ数日間で得た報酬金より上じゃないか!?
そんな大金を気前よく依頼金にするなんて、なんて太っ腹な依頼主なんだ!
……最初に貰っといてブツクサ文句言ってた二万ゴル? そんな天文学的な大金は知らん。
「おおよ、これも何かの縁だ。まぁこれを切っ掛けに、ウチの店のお得意様になってくれたら儲けものって感じだがな」
「えへ、えへへへへへ……もちろんこれからも旦那のお店を贔屓させていただきやすよ。あ、その荷物持ちますよ? ふへへへ」
「急にゴマすり始めたなオイ」
=====
というわけで、俺は武器屋のオッサンからの依頼を受け、再びヘタレチキンがたくさんいる平原へとやってきていた。
少しだけ小高い丘から辺りを見渡してみると、そこには憎きヘタレチキンどもが呑気に地面を突いて餌を食ってやがる。
「だがその憎たらしい姿を俺に見せつけるのも今日で終わりだ……!」
俺は左手に持っていた球体上の魔道具を強く握りしめる。
どうやら武器屋のオッサンが作っていたのは、いわゆる爆弾に近い魔道具らしい。これに魔力を注ぎ込むと数秒後に爆発するって感じで、使い方としては手榴弾に近い。
「それにしてもあのオッサンも良い物作ったよなぁ」
これならオッサンの言ってた通り、あの店のお得意様になって定期的に手榴弾を購入するっていうのも良いかもしれない……まぁそれだけの金があればの話だし、金が貯まってもツェストから離れて転生者たちに見付からないようにしないとだから、その機会は無さそうだけど。
「でも今回みたいな機会に恵まれたんだから儲けものだな」
オッサンからの依頼金を貰えるだけじゃなく、ヘタレチキンの討伐報酬まで貰えるという、一石二鳥な展開。
それもこれも、ここ数日間ロクな目に遭っていない俺への帳尻合わせってもんだろ!
「よーし、そんじゃあ早速……吹き飛べクソ鶏どもぉおおおおおおおおおおおっ!」
俺はヘタレチキンの群れにある程度近づいた後、手榴弾に魔力を注いでから即座に群れに向かってぶん投げた。
この時、俺の目に浮かんでいたのは未来の予想図……数日前に俺のことを散々苛めたヘタレチキンどもが爆発によって吹き飛ばされ、生き残りが泣いて逃げ回るのを尻目に、悠々とヘタレチキンどもの死体を持ち帰る俺の姿だ。
あれだけの数がいるんだ。結構な数を仕留められると思うし、そうなったら今日はソーセージとかスープとか、豪華な食事を色々注文しよう。
そう思った瞬間、丁度ヘタレチキンどもの真上で炸裂した魔道具が、離れた場所にいたはずの俺を巻き込む大爆発を起こした。
一体何が起こったんだろう……そう思ったのも束の間、全身に激痛が走ると同時に俺の体は吹き飛ばされ、着ていた服がパンツごと爆炎で引き裂かれていく。
まるで走馬灯を見ているかのように時間をスローモーションに感じる中、俺はオッサンが言ってたことを思い出した。
――――威力の調整に手古摺っててな。
なるほど、俺は単に威力が低くて使い物にならないのかなって思ってたけど、こういうパターンもあるのか。
確かに少し考えてみれば納得だ。納得だけど……。
(威力調整、ミスりすぎだろ……)
とりあえず、あのオッサンには報告の時にドロップキックをお見舞いしよう。
燃えカスになって空に舞い上がっていく服やパンツの破片を見上げながら、俺は心にそう固く誓うのであった。
=====
とまぁ、とんでもない目に遭いはしたものの、結果オーライというべきか。
デカいクレーターを作った爆心地にいたヘタレチキンは金になる状態ではなかったものの、その周辺には比較的無事な状態のヘタレチキンの群れがいくつか転がっていたので、それらをあらかじめギルドから借りてきていた荷車に乗せて、俺はツェストに戻ることにした。
過程はどうあれ、五体満足で生きていたし、これなら臨んだ結果は得られたとおおむね満足しながら街へ戻ってきたんだが――――
「ちょっ、君ぃ! 確かにパンツ一丁で街を歩くなとは言ったけど、だからって全裸になるのは違うだろう!?」
「違うんです! 全部誤解なんです!」
俺は今、街の正門を守る憲兵の人たちに囲まれて武器の切っ先を向けられていた。
ちくしょう! やっぱりこうなるのかよ!? 別に今回も俺が悪いってわけじゃないのに! 不可抗力なのに憲兵たちの変態を見るような視線に涙が出てきた!
「お願いです! 話を聞いてください! これには本当に深い訳があるんです! まだ街に入ってないんだから、話くらいは聞いてくれますよね!? ね!?」
「わかった! 分かったから! とりあえず服を持ってこさせるから、それ以上街に近づくんじゃない! 事情なら聞いてあげるから!」
「ありがとうございます! 実は――――」
ここで俺は今まであったことを全部話すと、憲兵たちは呆れたような眼を俺に向けてくる。
「遠くから爆音のようなものが聞こえたかと思ったら、君の仕業だったか…………事情は分かったがね、いくらなんでも連日騒ぎを起こすことないだろう……」
「俺だって、別に騒ぎ起こしたくて熾してるわけじゃないっていうか……仕方ないじゃないですか。金もないし仲間もいないし、こっちだって必死っていうか……!」
俺だって、もっとWEB小説の主人公たちみたいなスマートな冒険者活動をしたかったよ! なのに何が悲しくて連日こんな目に……うぅ……っ!
「あー、もう。泣くんじゃない。とりあえず、ここだと人目が付くからこっちに来なさい。屯所の更衣室でよければ案内するから。そこに着替えを持ってこさせるから」
「ホント、毎回すみません……よろしくお願いしますぅ……!」
こうして、俺は泣きながら親切な憲兵さんに更衣室まで連れて行ってもらおうとした、そんな時。
「失礼。もしかして、メンバー募集の張り紙をしていたルシアという――――」
鈴を転がすような……そんな表現がよく似合う、綺麗な声が聞こえてきた。
咄嗟に声がした方に振り向いてみると、そこには雪みたいに綺麗な長い白銀の髪の美少女が、俺を見て立ち尽くしていた。
――――――――――
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