ヘタレなチンピラに泣かされる元ニート
時間は少し遡り、ツェスト周辺の平原に辿り着いた俺は早速、暢気に地面の虫か何かを啄んでいる巨大鶏……ヘタレチキンを発見した。
金属バットを握りしめて近づくと、足音で俺に気が付いたらしいヘタレチキンは、俺を見てブルブルと震え始める。
「コ、コケ……!」
「クククク……その怯えよう、どうやら俺との実力差ってのが分かってるみたいだな」
実際に生きたヘタレチキンの前に立ってみて分かった。体は大きいけど、コイツてんで大したことねーよ。武器を持ってちょっと近づくだけで完全に引け腰になってるのが分かるし。
最早このヘタレチキンは俺にとっての財布同然……話には聞いていたけど、こんなんなら俺でも楽勝で倒せるな!
「光栄に思え。お前は今から俺の資金として生まれ変わるんだからなぁっ!」
「コ、コケェーッ!」
バットを振りかざして走りよると、一目散に逃げだすヘタレチキン。
意外にも、逃げ足自体は結構早めだ。しかし追いつけないほどじゃない!
「オラァッ! 食らえぇえええっ!」
「コケェっ!?」
全力ダッシュで追いついて金属バットを振るうと、ヘタレチキンは何とかギリギリのところで回避しやがった。
俺はさらに追撃として何回か金属バットを振るったんだけど、そのどれもが外れてしまう。
「チィッ! 思ったよりもすばしっこい奴だ!」
だが反撃とかは全然してこない。完全に俺にビビっている証拠だ。
ちょっと時間はかかるけど、これなら安心安全にヘタレチキンを食肉に変えてやることができそうだ!
「コケッ!?」
と、そんなことを考えながら追いかけっこを続けていると、ヘタレチキンは石に躓いて地面に転がった。
当然、そのチャンスを見逃す俺じゃない。俺は急いでヘタレチキンと距離を詰めて、金属バットを振り上げる。
「ぐへへへへへへ……! おいおいおいおい、コケちゃったなぁ、おい! せめてもの慈悲って奴だ、一思いに一撃であの世に送って――――」
この時、俺はある違和感に気が付いた。そして辺りを見渡してみて、その違和感の正体に気が付く。
俺……何時の間にかヘタレチキンの大群に囲まれてね?
少なく見積もっても、十数体のヘタレチキンが俺を囲って睨んできているのが分かる。
そのことに猛烈な嫌な予感を感じていると、さっきまで俺に追い詰められていたはずのヘタレチキンがスクッと立ち上がり、両翼で体の汚れを叩き落とすと、ギラリと俺に鋭い視線を向けてきて――――。
「コケェエエエエエエエエッ!」
人間の言葉に訳すなら、「かかれぇえええええっ」とでも言っていそうな鳴き声を上げると同時に、周囲のヘタレチキンたちが一斉に俺に襲い掛かってきた。
=====
「うわあああああああああああっ! 許してくださぁああああああいっ! もう二度としませんからああああああああっ!」
で、時を戻り現在。俺はヘタレチキンたちに囲まれてゲシゲシと足蹴にされまくって泣かされた。
その様子は完全に集団でい者苛めをする不良。あまりの恐怖にチビるの我慢して体を縮こまらせることしかできない。
「コケコケコケッ! カーッ……ペッ!」
それからしばらくしてようやく気が済んだのか、ヘタレチキンたちは「二度と図に乗んなよ」と言わんばかりに鳴いた後、俺の顔に唾を吐きかけて去っていった。
う、うぅ……ヒデェ……あんまりだ……! あいつらマジでヘタレなチキンだよ……一匹の時は泣いて逃げ回ってたのに、集団になって勝てると思った途端にいきなり強気になりやがった……!
しかもなぜか俺の服まで剥ぎ取っていったし……おかげでまたパンツ一丁に逆戻りだ……!
「おかしい……俺が考えてた異世界転生物って、もっとこう……最初から結構順調な出だしだったはずなのに……」
なんで俺は最弱のモンスターにボコボコにされて泣かされた挙句、服まで奪われなきゃならないんだ?
考えもしなかった現実の非情さに打ちのめされ、俺は金属バットを杖代わりにしてボロボロの体を引きずるようにしてツェストの街へ戻る。
「ていうか、マジでどうしよう……? このままじゃ俺生活すらできないぞ……」
ヘタレチキンを適当に狩れば飯代と宿代くらい確保できると思ってたのに、これじゃあパン一つ買えない。かといって、他の金策なんて思いつかないし、一体どうすれば……。
……と、そんなことを考えながらツェストに戻り、外壁に囲まれた街の正門を潜ったその時、後ろから誰かが俺の肩に手を置いてきた。
振り返ってみると、そこには昨日俺を取り調べした憲兵の人が呆れたような表情を浮かべていた。
「……また君か。今度は何でまたそんな恰好で街をウロつこうとしているのかね?」
「……冒険者デビューしてヘタレチキンを狩ろうとしたら、ボコボコに返り討ちにされた挙句に服まで剝ぎ取られちゃったんです……」
「そうか……それは、苦労したね……」
恥を忍んで本当のことを言うと、憲兵さんは俺に同情と哀れみが混じりあったような視線を送ってくる
同時に俺の名誉が著しく傷ついた気がするけど、この様子だと留置所送りは免れるんじゃ――――。
「でも規則は規則だからさ、とりあえず屯所まで来てもらえる?」
「……はい。すんませんでした」
駄目だった。
=====
「じゃあね。今度こそ街中をパンツ一丁で歩いちゃダメだよ」
「好きでパンツ一丁になったわけじゃないんですけど……」
結局、俺は冒険者初めて二度目の夜も留置所で過ごす羽目になった。
怪我の功名というべきか、食事と廃棄予定の囚人服を貰って翌日には釈放してもらったから、何とか飢えと寒さは凌げたからいいけど、これからどうするべきか……。
「とりあえず今俺にできることと言えば……仲間集めと戦略の練り直しってところか?」
今回ヘタレチキンを狩りに行って分かったけど、俺一人じゃ効率が悪すぎる。
あいつらピンチになったら仲間を呼び寄せて集団リンチしてくるし、そもそも死体の搬入にだって人手が欲しい。自分の取り分は減るけど、そっちの方が絶対に効率がいいよ。
とりあえず、ギルドの掲示板にはメンバー募集の張り紙を好きに貼れる。そう思い立った俺は、街中に捨てられてたチラシを見つけ、受付嬢にペンを借りてメンバー募集の張り紙を作ることにした。
「とりあえず、来る者拒まずって感じで書くか」
ハッキリ言って、俺が募集に制限なんか掛けたら誰も来ないような気がする……我がまま言ってられる状況じゃない。
「これで山本さんに貰ったスキルが使い物になればいいんだけどな……」
俺が山本さんからもらった転生得点とでもいうべきスキル、《イージス(笑)》。実はこれを昔一度試したことがある。
スキルの効果とそれに伴うデメリットが、山本さんからの説明だけでは実感しにくかったからな。もしかしたら大したデメリットじゃないんじゃないかって、実家の庭に出て木の棒で自分の頭を軽く叩いて試してみたんだ。
その結果、俺は地中深くまで埋まる羽目になった。
自分的にはコツンッって軽く叩いただけのつもりだったんだよ。でもスキルを発動した状態でそれをやったら、ドゴォオッ! って聞いたことのないような轟音と一緒に頭に信じられない衝撃が伝わってきて、そのまま地中に全身が埋まった。
もうね、痛すぎて気絶すらできなかった。それでも俺自身は怪我一つしてなかったのは凄いけど、好きで使いたいスキルじゃない。
「少なくとも、ヘタレチキン相手に使おうと思えるスキルじゃねぇ」
仮に使おうものなら、俺は超絶強化されたヘタレチキンの蹴りで吹き飛ばされて宇宙旅行を体験するかもしれない……そう思わせるスキルだった。
いずれにせよ、こんなスキルしか持ち合わせていない俺の仲間になってくれる希少な人間は逃がせない。
「そんで戦略の練り直しだけど、現状だと不意打ちしかないよな」
近寄るだけでビビッて仲間を呼ぶ以上、周りにヘタレチキンが一匹しかいない状況を見図らない、不意打ち攻撃をするしかない。
これなら俺でも出来るような気がするし、そうでもしないと、昨日の二の舞になっちまう。
「うん……そう考えたら何とかなりそうな気がしてきた。ていうかそうしないといい加減にヤバい」
最弱のモンスターにここまでしなきゃいけない自分に涙が出そうになるけど、まさか三日連続で留置所の世話になる訳にもいかない。
俺は気を取り直し、金属バットを片手にヘタレチキン狩りに出かけるのだった。
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