ビキニアーマーは許される異世界の不思議
「それでは坊ちゃま、我々はここで。こちらは旦那様からの独り立ちするための初期費用になりますので、どうか無駄遣いをなさならいように」
そう言い残し、ガラガラと音を立ててナイトレイアー公爵家の馬車が颯爽と去っていく。
……本当に追い出されてしまった。これからどうしよう。
ていうかそれ以前に、ここはどこだ? 暴れて抵抗していたら簀巻きにされて、かなり長時間運ばれたんだが。
まず自分がいる場所が分からないことには行動指針も立てられない。そう思って辺りを見渡してみると、ふと目についた看板があった。
「冒険者ギルド、ツェスト支部……ってことは、交易都市ツェストか」
ツェストはディミア王国が近隣諸国との交易の中心に据えている大きな都市で、数多くの行商人や国際学院なんてものまである大都市だ。
なるほど、確かにツェストなら親父が言った通り仕事に就きやすいだろう。人や物の動きが活発で色んな需要が集まるから、毎日求人募集がされているって聞いたことがある。
ここなら俺の独り立ちができるかも……じゃねーよ。
「よりによってツェスト……世界中から人間が集まる場所に放り出された、だと……!?」
俺は転生者との遭遇を避けるために引き籠り生活をしていたのに、よりによって国内で一番人の行き来が激しい場所に放り出されるとか、あのクソ親父はなんてことをしやがるんだ!?
本来なら早々にこの街を脱出する必要がある……しかし、この街を出ても働く当てがマジでない。最後に貰った小遣いも……。
「ふざけんなっ! たったの二万ゴルじゃねーか!」
ゴルというのはこの世界での通貨だ。1ゴル1円だと思って貰えればいい。
これだけ聞くと結構な金額に思えるだろうが、こんなんどんなに安い宿でも一月も泊まれば消えるぞ!?
どうやら親父は本気で俺を働かせるつもりらしい。あの様子じゃ、何とか実家に戻っても門前払いされるのが関の山か……。
「仕方ない……働くしかないか……!」
本当は嫌だ。しかしそうしないと生きてはいけないという現実を無情にも突き付けられた俺は、仕事先を探すしかなかった。
「とは言ってもどうするかなぁ……この街には居続けたくないけど、他の働き口なんて全然当てがないぞ」
となると、この街で短期で稼げる仕事をして、その金で他の場所に移って他の街に移住するっていうのが妥当か。
転生者たちとどこでバッタリ鉢合わせるか分からないから、どこも完全に安全とは言えないけど、少なくともツェストよりかはマシなはず。
となると……。
「冒険者になるのが最善かもな」
異世界物のWEB小説ではお馴染み、各所から依頼を集めてモンスター退治や素材集めをする職業、冒険者と、その冒険者を取り仕切る冒険者ギルドはこの異世界、エルシオンにも存在しているんだが、俺にとって重要なのは、早く稼げるという点だ。
普通の仕事だと月に一回の給料日まで待たないといけないけど、冒険者は完全に歩合制で、依頼を達成すれば即座に金を貰える。そもそも、普通の仕事に就けるだけの知識とか技術もないし。
「よし……乗り込むか!」
という訳で、俺は冒険者ギルドのツェスト支部……その扉の前に立ち、取っ手を掴む俺の胸は否応が無く高鳴っていた。
これまでは引き籠り生活の方が比重として重かったから関わってこなかったけど、俺は前世では数々の異世界物のラノベを読み漁ってきた男。冒険者なんて言う、明らかに異世界って感じの業界に飛び込むのに憧れがなかったかというと噓になる。
男心に何時もドキドキワクワクしながらラノベの世界での戦い、そこに自ら飛び込むことによる緊張と高揚が、俺を高鳴らせているんだ。
(ここはまさしく剣と魔法の世界。前世で夢にまで見た、俺の冒険が今、始まるんだ!)
そう思ってギルドの扉を勢い良く開けた瞬間。
「ひっぐ……うぇ……えぐっ……うぇぇぇぇぇぇんっ!」
俺の冒険は、モヒカンのオッサンが、パンツ一丁になってギャン泣きしながらギルドから出てきたところから始まった。
泣きながら立ち去っていくオッサンの背中をしばらく見送ってから、改めて建物の看板に目を向ける。そこには確かに冒険者ギルド・ツェスト支部と書かれている。
「……どういうことなの?」
このギルドで今、何が起こっているんだ。
猛烈に中に入るのに躊躇いが出たが、俺は恐る恐る扉から中を覗いてみた。そこに広がっている光景は冒険者と思われる武装集団が酒や肉を飲み食いする酒場と、依頼を斡旋していると思われる事務員が忙しなく働く受付カウンターがある空間。
典型的な冒険者ギルドって感じだ。特に何か可笑しいものは見当たらない。
「とりあえず……入ってみるか」
恐る恐る扉を開けて中に入ってみる。何人かの冒険者がこちらを見てきたが、すぐに視線を切ってまた酒を煽り始めた。
……個人的に、「ここはテメェみてぇなガキが来るところじゃねぇんだよ」とか、「お家に帰ってママのオッパイでもしゃぶってな」とか、典型的な荒くれ者のセリフでも言ってくることを予想していたのだけど、どうやら別に興味が無いらしい。
まぁ、個人的には助かったけどな。あんな強面で体格の良い連中に寄って集って凄まれたら、怖すぎてチビるかもしれん。俺は飲んだくれる冒険者たちから出来る限り離れ、壁際をそそくさと走り抜けて受付嬢さんに話しかけた。
「冒険者ギルド、ツェスト支部へようこそ! 本日は如何なさいましたか?」
「あのー、すみません。冒険者の登録をしたいのですが」
「登録ですね。それではまず、お持ちになっている武器をお見せしていただいても構いませんか?」
「え? 武器?」
書類に名前や住所を書けでもなく、いきなり武器を見せろという。どうしよう、武器なんて持ってないぞ?
「冒険者は魔物の生息区域で活動する、危険な職業です。なので最低限の自衛の術を武器という形で示すことができる方でなければ、冒険者として登録することはできません」
言われてみれば納得だ。武器なんかなくても薬草採取とかテンプレ的にはあるだろうと気楽に捉えていたけど、その薬草だって魔物が生息している場所に生えているんだから、無暗に死人を出させないためには必要な事だろう。
「武器をお持ちでないようでしたら、この建物の裏手に、ギルドと提携している武器屋を訪ねてみては如何でしょう? そこにはこれから冒険者登録する為に必要な武器も売ってありますので」
「あ、はい。じゃあ、先にそこに行って出直してきます。……あ、あと聞きたいことがあるんですけど」
「はい、何でしょう?」
「ギルドに入ろうとした時、中からパンツ一丁のオッサンが出てきたんですけど……」
「あぁ……多分あそこで有り金全部吸い取られたんだと思います」
そう言って受付嬢が指さしたのは、ギルドの隅にある小さなカジノだった。トランプにダイスにルーレットといったゲームが繰り広げられているテーブルと、それを取り仕切るディーラーの姿も見える。
それを見てちょっと安心した。どうやら特別変な事が起こっているってわけじゃないらしい。
「冒険者の方に楽しんでいただけるように設置してみたところ、これが中々に好評でして……ギルドに登録すればいつでも遊べますので、冒険者になられた暁にはご利用していただけると幸いです」
なんてことを言ってるけど、本来の目的は冒険者が得た報酬を遊びと称して回収するための場所なんだろうなって思う。冒険者たちもそれに気付いているのかいないのか……まさか身包み剥がされるまで遊ぶとは。
とはいってもだ。得た金をカジノで溶かす、「宵越しの金は持たねぇ」みたいな感じ、嫌いじゃない。荒くれ者が出てくるファンタジーっぽくて、嫌いじゃないよ。少なくとも俺はやらないけど。
「まぁ、とりあえず鍛冶屋に行って武器買ったら戻ってきます」
「承りました。再訪をお待ちしております」
=====
そんなわけで武器屋に来て、しばらくその店内に感動していた。
何せ転生してからというもの、実家の金で遊び惚けて武器屋なんて寄ったことが無いからな。こうも剣とか鎧とかが並んでいると、今更ながら俺は異世界に転生したんだなって実感する。
しかし今回の目的は決まっているし、善は急げ、時は金なりとも言う。見学もそこそこに、登録するための武器を見繕ってもらったんだが――――
「一番安い武器は一律で2万500ゴルだが、金はあるかい?」
店主の筋肉ムキムキなオジさん値段を聞いた瞬間、俺は鍛冶屋を後にした。
どうしよう……思ったより全然高い。何なら俺の全財産叩いても買えない……! せめて何か売れる物があれば……!
いきなり躓いて頭を抱えていると、俺はふとあることに気が付いた。
「このパジャマ……売れるんじゃね?」
俺が今着ているパジャマ……使い始めて結構な日数が立っているけど、まだ全然使える。洗えば綺麗な状態だ。
もしかしたらと思い、俺は街を散策して古着屋を見つけ出し、今俺が来ているパジャマをいくらで買い取ってくれるかを聞いてみた。
「えー……と、今着ている上衣が310ゴルですね。ズボンも売ると、542ゴルになりますが、どうしますか?」
古着屋の店主にそう言われた瞬間、俺は転生後で一番苦悩した。冒険者になるために武器が必要なんだが、全財産含めても500ゴル足りない。今の俺が持っている金になりそうなものと言えば、もう今着ている服しかないんだが……目標額に到達するためには、俺は必然的にパンツ一丁になってしまう。
ここで自問自答。もし街中でパンツ一丁の男を見かけたらどうしますか? 当然通報する。
(なんてこった……詰んでやがる……!)
その上、ほぼ一文無しになるのが確定。こんなことってある?
プランを急遽変更するか……? いや、さっきギルドに行った時に確認したんだけど、俺でもどうにかなりそうな依頼が張り出されていた。あれさえやれば金自体はどうにかなるはず。
問題は俺が通報されるかどうかなんだが……。
「ん? あれは……」
その時、冒険者と思われるビキニアーマーのお姉さんが店に入ってきた。着る者を選ぶビキニアーマーは、出るとこは出ていて、引き締まっているとこは締まっている、大人のお姉さんにとてもよく似合っていて、ストレートなエロスが……おっと危ない。ジロジロ見ているのがバレるところだった。
「しかしそうか……この世界は地球とは違うんだよな」
生まれた時から前世の記憶があるだけに、意識がそちら寄りになっていたから盲点だった。
そもそも価値観が異なるんだ。地元の冒険者ギルドでも、地球じゃあ通報物の格好であるビキニアーマーのお姉さんは当然のように受け入れられていたし、案外半裸くらいどうってことないのでは?
そう考えると、別にパンツ一丁で出歩いても大丈夫なような気がしてきたぞ。実際に既にパンツ一丁で外で歩ている奴がいるし、俺も同じことしても問題はないはず……!
「すみません、服の上下を売ります」
「え!? い、いいんですか?」
「はい。問題ありません」
こうして武器代を手にした俺は、途方もない解放感と共に古着屋を後にする。色々と遠回りしたけど、今度こそ俺の冒険が始まるんだ!
=====
そう思っていた時期が、俺にもありました。
「それで? 君はどうしてパンツ一丁で街を徘徊していたんだい?」
「……一念発起で冒険者になろうと思ったけど、武器代が払えなくて着ていた服を売ったんです」
武器屋に向かう途中、俺は通報を聞きつけた憲兵に屯所まで連れて来られて取り調べを受けていた。
当然、パンツ一丁の姿で。屯所に入った時、事務の女の人の視線が冷たいのなんのって……正直、もう心が折れそう。
「全く、駄目だよ。子供じゃないんだから……いい年した男がパンツ一丁で街中をうろついていたら、こうして通報されることだってあるんだから」
「はい、すんません。……でも正直、いけると思ったんです。だって、俺より際どい恰好した、ビキニアーマーのお姉さんたちが普通に街をウロウロしてたし」
「あれはほら……ああいうものだしさ」
「どういうものですか?」
「……男のパン1と、女のビキニアーマーの需要の違いって奴かな」
理由になってないのに、それを聞いて不思議と納得してしまった。確かに女のビキニアーマーは見ているだけで幸せだけど、男のパン1なんて眼に毒でしかないしな。
「これからは街の風紀を乱して周りに迷惑を掛けるようなことしちゃダメだよ? とりあえず、軽度の迷惑行為をした者は一晩留置所で謹慎してもらうって決まりだからさ、檻に入って反省していなさい」
「はい、ご迷惑おかけしてすんませんでした」
俺の冒険初日の終わりは、留置所の檻の中だった。
……後ついでに、ギルドから泣きながら出てきたオッサンも、向かいの牢屋に入れられて泣いていた。
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