機械竜ロヴェの奇々怪々

@peeai

第1話 鬱病患者と機械竜

「ここは……どこ?だ、だれか……たすけて」


目まぐるしく光や人々が移ろう世界。

少年は一人、助けを仰ぐ。


“気色悪ぃんだよ。話しかけてくるんじゃねぇ”


「……ぇ。ご、ごめんなさ」


“はぁキモ。どこか俺の知らないところで勝手に死ねばいいのに”


「……ハッ、ハァ、ハァ、ハァ」


少年は苦しそうに喘ぐ。


“こういうのには関わらないのが一番。こっちが悪者になったら堪らない”


「ハァ、ハァ、僕が助からないことが正しいことなんだ」


“気持ち悪い”

“甘えるな”

“死ね”


「ハァ、ハァ、ハァ、ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……うぅ……うぇ」


人々から感じた嫌悪、侮蔑、無関心、敬遠。

それらは少年を負の渦へと閉じ込めた。



     ♦︎   ♦︎   ♦︎



光が散乱する夜の街。

ビル間に存在する薄暗く狭い路地裏に少年はいた。

少年はビルの壁に背をつけ、両膝をかかえるように座っていた。

小柄な少年だ。緑色のパーカー、白いTシャツ、穴の空いたジーンズ、白いスニーカーを身につけており、そのすべてがボロボロで汚れている。

少年はパーカーのフードを深く被り、組んだ両腕に顔をうずめている。

少年は泣いていた。


ピギュ……ピギュ……


その時、奇妙な音とともに声が聞こえてきた。

「なーんか食いもんねぇかな。お?なんだあのガキンチョ」

その声は電子音のように機械的な声だったが、なにかのゆるキャラが喋っているような可愛げと温かみのある声をしていた。


ピギュ……ピギュ……


奇妙な音は少年に近づいてくる。


「オマエ、なんでこんなとこにいる?迷子か?オイラがうちまで連れてってやろうか?」

電子音の声は少年に語りかけた。

「……うぇ、ごめんなさい……僕のことは無視してください……僕のせいであなたに迷惑をかけたくないんです……」

少年は啜り泣きながら答えた。

「いや、無視できねぇよ。誰も迷惑とか気にしてないから大丈夫だ。ほら、顔上げろよ」

電子音の声は穏やかな口調で励ますように話しかけた。

今まで感じた嫌悪や敬遠とは違い、声の主からは確かな優しさを感じた。

少年は腕で涙を拭い、顔を上げた。

少年は幼い顔つきをしていた。目つきは悪いが可愛げが残る顔立ちだ。女の子と言われても違和感がないほど可憐な顔だ。

「……おもちゃ?」

少年は目の前の物体を見て、口からそう溢した。

それは子供向けアニメで出てきそうな見た目の小さなドラゴンだった。

恐竜のおもちゃにも見えるそれは、体の大部分が藍色で、大きさは40cmほどだ。体の所々に機械の基盤や大きなネジ、歯車が装飾品のように取り付けられている。おもちゃの胸には大きな歯車が設置されており、歯車の中央には赤、水色、緑、黄色、黒の宝石のように輝く5つの物体が取り付けられていた。

「ピギャッ!?オイラはおもちゃじゃないぞ!オイラは……!えーとそうだな、オイラは……『ピュース』だ!うん。オイラの名前は『ピュース』。よろしくな。……ほんとはこんなダサい名前にしたくなかったけど」

「……え?」

「いや、なんでもない!とりあえず、オイラの名前はピュースだ。オマエの名前は?」

やたらと名前を強調してくるおもちゃに疑問を抱きつつも少年は答える。

「僕は……ロヴェ。僕の名前はロヴェ」

「ロヴェか。日本じゃあんまり聞かない名前だな。ハーフとかか?」

「えーと。その、僕、自分のことも、ここにくるまでのことも、あんまり覚えてなくて……」

「えっマジか。記憶喪失ってやつか?」

「う、うん」

「じゃあ家族やうちがどこかとかは?」

「……分からない」

「そうか……」


少しの時間、二人の間に重い沈黙が流れた。


「……まぁ、オイラと出会えてラッキーだったな!今日はもう遅いし、オイラん家に泊まってけよ!オマエのうち探しは明日しようぜ」

「……悪いよ。やっぱり僕、君に迷惑かけたくない。僕は誰にも救われないままここで死ぬからいいよ」

ロヴェは再び顔を両腕にうずめ、塞ぎ込んだ。

「はぁ!?めんどくさい奴だな!迷惑とかそういうのいいって言ってんだろ!ここまできてほっとけるわけねぇから!いいから来いって!」

「やっぱり僕はめんどくさい奴なんだ……人に面倒事を押し付けるクズなんだ……」

「だぁーーーーー!!!何言っても無駄かよ!……分かった。オマエがオイラん家くるって言うまでオイラもここを動かない」

ピュースは「ピギュッ」という奇妙な音を立てながら、ふんぞりかえってロヴェの隣に座った。


「……」


二人の間に再び沈黙が流れる。

「……なぁ、ロヴェ。オマエに何があったんだ?思い出せることだけ話してみろよ」

「……」

ピュースが話しかけたが、ロヴェは俯いたまま黙っている。

「どうせオイラ明日もやることないし、暇つぶし探してたとこなんだ。迷惑とかじゃなくて、オイラがオマエのうちを探したいからやってるだけだ。むしろオイラにオマエの手伝いをさせることが、オイラを助けることになるんだ」

「……」

「そうだ!ハラ減ってないか?マンゴージュースならあるぜ!この街不思議なことに、いたるところにマンゴージュースが落ちてんだ。まぁ、食いもんじゃなくて飲みもんだからハラの足しになるかどうかはアレだけどな」

ピュースは立ち上がり、ロヴェが座っている場所の向かい側にあったゴミ箱のコンテナボックスの近くまで歩み寄った。そして、そのボックスの後ろに手を突っ込み、ガサゴソと黄色い液体が入ったビンを探し当て、それを手に持ってロヴェのところまで戻ってきた。

「あそこに隠してたんだ」

「……いらない」

「まぁ、そう言うなよ。衛生面が心配か?大丈夫だ。オイラ落ちてるコレ飲んでハラ壊したことないからよ。……オマエ、オイラに迷惑かけたくないって言ってたよな?今ここでマンゴージュースを飲まなかったら、オイラに迷惑かけることになるぜ?」

ロヴェはしばらく見せてなかった顔を上げた。

「……それ反則」

ロヴェは少し口を尖らしてそう言った。

「よーしいい子だ。ちと待ってな」

ピュースは自分の胸に設置された大きな歯車の角に、ビンの蓋のふちを打ちつけた。

ガンっと音がし、ビンの蓋は飛んでいった。

「ほらよ」

「……ありがとう」

ロヴェはピュースからビンを受け取り、ぐびぐびとマンゴージュースを飲んだ。

「どうだうまいか?」

「……僕本当はマンゴー苦手……」

「なんじゃそりゃ」

「でも、これはおいしい……お腹空いてたからかもだけどすごくおいしい」

ロヴェは夢中でマンゴージュースを飲み干した。

「ハハ。オマエやっぱりハラ減ってたんじゃねぇか」

「……うん。……あのさ、ピュース」

「ん?」

「なんで僕にこんなによくしてくれるの?どうして見ず知らずの人にそこまで親切にできるの?」

「理由なんかねぇよ。死にそうなやつ見かけたらほっとけねぇじゃん。それだけだ」

「……そっか」

ロヴェは驚きと羨望の眼差しでまっすぐピュースを見ていた。

「……ピュース、意地張ってごめん。僕やっぱりピュースのうちに行ってもいい?」

「ああ!もちろんだ!まぁ、うちっつってもゴミで作られたうちだからあんまり大したもん期待されちゃ困るんだけどな!」

ピュースは嬉しそうな声でそう言いながら立ち上がって、路地裏の奥へと歩き出した。

ロヴェも立ち上がり、ピュースに続いて歩き出す。


ピギュ……ピギュ……


「どうだ?何か思い出したことでもあるか?」

歩きながらピュースはロヴェに話しかけた。

「……何も。気がついたら夜で、この街にいた。道行く人たちに『助けて』って話しかけても相手にされなかった。僕は、どこに行けばいいのか、何をすればいいのか分からないままこの路地裏にたどり着いた」

「そっか。大変だったな。まぁでもちょうどこの路地裏にオイラがいたから助かったな!こりゃ運命だせ!ツイてるなオマエ!」

「う、うん……!僕は、ツイてる……!」

ロヴェは自分に言い聞かせるようにそう答えた。

ピギュ……

「着いたぜ」

ピュースが足を止めた。ロヴェも立ち止まり、その家を見上げる。

入り組んだ路地裏の奥にあったのは、ダンボールやケニア板でツギハギに作られた小さな家だった。

家の屋根のてっぺんには旗が着いており、旗には拙いイラストでピュースの顔が描かれていた。

「ピジャーン!ここがオイラの家。名付けて『ピュース城』ていったところか。ちと人間が入ることを想定して作ってなくて、オマエには少し小さいかもしれないけど、まぁ大丈夫だろ!さぁ、上がってけよ!あ!玄関マットで足を拭いてからにしてくれよな」

ピュースはベニア板でできたドアを開けて中へと足を踏み入れ、ロヴェの方へ向き直ってそう言った。

ロヴェが足元を見ると、ピュース城のドアの前にはボロボロな家に似つかわしくない金色と赤色の高級そうな玄関マットが敷かれていた。

「この豪華な玄関マットだけ運良く捨てられててさ。ありがたく頂戴したってわけ」

「へ、へぇ……」

ロヴェは高級そうなマットを汚すことを少し躊躇しながら、足の裏をマットに擦り付けた。

「おじゃまします……」

ロヴェはピュースに続き、屈みながらドアをくぐる。

中はそれほど狭いわけではなかった。屈みながらじゃないと天井に当たってしまうほど屋根が低いが、広さは六畳ほどあった。

ただ、家の中には灯りが無く、屋根の隙間から入ってくる月明かりだけが頼りなのが難点だった。

「ここが寝る場所だ」

ピュースは家の隅にあるクッションが積み上げられているゾーンを指差した。

「あのクッションもゴミ箱から拝借したやつだが、そこまで汚くないから安心しな。さぁ、もう寝ようぜ。明日のことは明日考えよう」

「う、うん」

ロヴェはクッションの山をかき分けて中に入った。中は暖かく、少し埃の匂いがするが、それが逆に安心できた。足を伸ばしても体全体が覆われるほどクッションはたくさんあった。

「ピギャ!」

ピュースもロヴェに続いてクッションの山に飛び込んできた。ピュースはロヴェのお腹の上で丸くなった。

「すまんな。オイラ機械でできてるからオマエにはちょっと硬いかもしれないが」

「ううん、大丈夫。そこまで硬くない。……ふふっ。なんだかここ秘密基地みたいだね。ちょっとワクワクする……この家ってさ、ダンボールでツギハギしてるけど雨が降ったらどうするの?」

「雨の時は大変だったな……びちょびちょで崩れそうになるダンボールの上からまた新しいダンボールで支えていくんだ。……ピギュウア。すまんがオイラはもう眠いから寝るぞ。おやすみ」

ピュースはあくびをして眠りに入った。

「うん。おやすみ」

ロヴェも目を閉じた。

(今日はどうなることかと思ったけど、ちゃんと寝られる場所があって、頼れる人もいて良かった……まぁ、ピュースは人じゃないけど。すごい高性能なロボットなんだろうなきっと)

そんなことを考えているうちに、思考はまどろみの中に埋もれ、やがてロヴェは眠りに落ちた。



     ♦︎   ♦︎   ♦︎




「ほぉ。アレが例の機械竜というヤツか」

親指と人差し指で輪を作り、その穴からガラクタの家に入っていくロヴェとピュースを見つめていたのは、忍者のような黒装束を纏った男だった。

「なァ、そのナントカ竜捕まえんの明日にしねェ?オレもう眠ィわ」

男のそばにいた黒い革ジャンを着た女は、男にそう言った?

「はぁ?何を言っておる。アレが夜のうちに逃げたらどうする」

「いや逃げねェだろ。アイツらはまだオレらに気づいてねェんだし、たッた今寝床に入ッたとこだろゥが。例え逃げたッてこの街のことは隅から隅まで分かる。すぐ見つけてやるよ。てかオレ一昨日からオールしててクソ眠ィンだよ。まァ今捕まえてェんならお前一人でやッてくれや。グンナーイ」

女はそう言って影に消えて行った。

「やれやれ自分勝手な奴だ。どう考えても居場所が特定できているうちに仕留めていた方が良いに決まっておろう。だが、私一人でアレを捕まえて博士にどうこう言われるのも理にかなわぬ。まぁ奴の言っていることも一理あるしここは引くか……」

忍者は音も無く消え去った。

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