バッドエンドしかない因習村NTR鬱エロゲのモブに転生したので、鬱展開をすべて破壊してヒロインたちを全員幸せにしようと思う

せせら木

プロローグ 大切な彼女と過去と

 初めて彼女の手に触れた時のことは、今でも鮮明に覚えている。


 俺――折谷修也おりたにしゅうやには、小学生の頃、好きな人がいた。


 幼馴染の女の子――昌南結まさなみゆい。それが彼女の名前。


 仲良くなったきっかけはよくあるものだ。


 家が隣同士で、家族ぐるみの関係になり、何をするにも一緒だった。


 互いの家に泊まり合ったり、学校から帰ってくれば二人で色々な遊びをして、未来のことについても考える。




『――シュウちゃんは、将来結婚したい人とかおる?』




 遊んでいる最中、結からこんなことを問われた時は、本当に心臓がキュッとなって、鼓動が早くなった。


 朱に染まった頬。


右へ左へ動きながら、互いに合って、離れてを繰り返す視線。


 緊張と共に浮かぶ汗。


 夕暮れ時。


 眩しい夕陽を意に介さないくらい、俺は結のことをジッと見つめて、目を離すことができなくなっていた。


 それがもう何年前だろう。


 12、いや、13年くらい前か。


 この時の俺は、未来で一人になって、フリーターをしながら日々を孤独に生きているなんて一ミリも想像していなかったはずだ。


 結と一緒にいて、それなりの大人になってる。


 無意識のうちに、そんな立派な未来像を描いて疑わなかった。




『――誰もおらん。結以外、俺には結婚したいと思ってる人なんておらんよ。今も、これから先も』




 そりゃそうだ。


 こんなことを好きな女の子の前で言ってしまうくらいなんだから。


 でも、こんなことを言っていたのに、運命というやつは残酷で。


 小学校6年生に上がる直前の3月。


 結のお父さんとお母さんは離婚することになり、遠くへ引っ越すことになった。


 頭をガツンと叩かれたような衝撃だった。


 仲の良かった結の両親が別れることもだけど、何よりも信じられないのは、結がどこか遠くへ行ってしまうことで。


 止められないものかと、俺は自分の父さんと母さんに相談したが、そんなのは当然無理。


 聞けば、結のお父さんが会社の女の人と不倫関係にあったから、それで結のお母さんも別れるしかない、と決断したらしい。


 とんでもない無力感だった。


 どうしようもない現実を受けて、先に広がっていたはずの結との日常すべてが崩れ去る。


 泣いても意味がない。


 わかってる。


 けど、俺も結も、溢れ出る涙を止められなかった。


 どうしてこうなるんだろう。


 そんな疑問を泣きながら口にし合って、離れ離れになりたくないことを伝え合って、それでも別れの時が来ることを止められず、最後に約束した。




『また、大きくなったらきっと会いに行くから。今度こそ二人で一緒にいよう?』

『それまでは、手紙でやり取りを続けるの。そしたら、お互いのことが離れてもわかるから』




 本当に、これが最後だった。


 結と話し、約束し合った最後。


 その後も手紙でのやり取りを続けていた俺たちだけど、中学二年のある日を境に、結からの手紙が一切来なくなった。


 さすがに不審に思った俺だったが、しばらくしてその理由を知る。


 結がお母さんの再婚相手から性的被害を受け、自殺してしまった。


 言葉が出なかった。


 どうしてこんなことになるんだろう、どころの話じゃない。


 運命を呪う、どころの話じゃない。


 自分がどうしていいのか、何を信じて生きればいいのか、本当にわからなくなった。


 結を殺した新しい父親。


 そいつを本気で俺の手で殺してやろうかとも思った。


 だけど、彼は既に牢の中で、俺には結の無念を晴らすことさえ満足にできない。


 離れ離れになってしまった時とまるで同じ。


 自分の力が足りなくて、最後の希望さえ失った。


 せめて送られてきていた結の手紙から、辛い思いをしていたことが読み取れてたら、こんなことにはならなかったのに。


 これは罪だ。


 結を救えなかった俺の罪。


 だったら、罪を犯した俺は罰せられないといけない。


 償わないといけない。




 ……死んで……。




「ちょっと修也! あんた何してるの!?」




 無意識のままに、自室で首を吊ろうとしていたところを母さんに見つかった。


 頬を叩かれ、ナイフのように鋭い金切り声で色々言われるが、ぼんやりとした意識のせいで一つ一つが正確に頭へ入って来ない。


 たぶん、心配してくれてるんだろう。


 俺に生きて欲しいと思ってくれてるから、こうして母さんは怒ってる。


 ……でも、結を失った俺は、これから先いったいどうやって生きていけばいいのかわからなくて。


 ただただ虚ろになってる視界の中で、ぼんやりと呼吸をするしかなかった。




「……お願いだから……死のうとするのだけはやめて……」




 ……けど、母さん。俺は……。




「そんなの……絶対に結ちゃんも望んでないから……」



 そうか……?


 結は向こう側で俺を待ってくれてる気がする。


 やっと会えるんじゃないか、って。




「これ……読んでおきなさい……。結ちゃんのお母さんから送られてきた……最後に贈ろうとしていた手紙らしいから……」




 ……え……?


 そこで意識が少しだけハッキリとした。


 涙ながらに俺へ手紙を渡して来る母さん。


 開けてみると、そこにはいつも通り、結が使っていた四つ葉のクローバーの柄が入った便箋。


 ただ、普段は12行あるうちの12行分、いや、行を超えて記されている文字がその半分くらい、6行ほどで止まっていた。


 最後まで書けなかったのかもしれない。


 俺は、ぼんやりしていた頭を無理やり覚醒させ、母さんが傍にいるのにもかかわらず、それを読み始める。


 内容は、いたってシンプルだった。


 結の日常と、それから嬉しかったことなど。


 けど、後半の文章は、どことなくいつもと違った。




『私は、自分がどうなったとしても、ずっとシュウちゃんが元気でいられることを願っています』




 日常を記されていたところから、唐突に脈絡のない内容だった。


 俺は文字列を目でどんどん追って行く。




『最近、たまに考えます。私は、シュウちゃんと離れ離れになる時、「またいつか絶対に遭おうね」って言ったけれど、果たしてそれは本当に達成できるのかな、って』


 できる。できるよ、結。どうして疑問に思うんだ。


『もちろん、私は今でもシュウちゃんのことが好きです。それは、この先きっと何があっても変わりません。だけど、もしも私にシュウちゃんと遭う資格が無くなったとするならば、その時はどうしていいのかわからないです』


 胸に痛みが走った。


 便箋を持つ指に力が入り、紙にしわが付く。


『抽象的な表現になるけれど、許してください』


 断りの言葉が入った。


 構わない。


 俺は先の文章を目で追う。


『私が、私の意思では無いのにも関わらず、あなたに大切なものをあげられなくなった時。大切な「初めて」を共有できなくなった時。私は、きっと耐えられずに死んでしまうと思います』


『こんなことを直接伝えたら、きっとシュウちゃんは「気にしない」なんて言ってくれるかもしれません。でも、そうじゃない。それは、私が耐えられないんです』


『心の中に、どうやっても埋められないほどの穴がぽっかりと空いて、純粋に受け取れていたシュウちゃんの言葉すらも受け取れなくなって、私は、私の望んだ私じゃなくなる。シュウちゃんに少なくとも我慢させてしまう』


『それだけは嫌なんです。どうやっても、嫌だ』


『辛くて。辛くて。どうしようもなくて』


『どうして、神様は私たちに普通の恋をさせてくれないのかな、って。大変な思いばかりさせてくるのかな、って。悲しくなってしまいます』


『だけど、嘆いたって仕方ないですね。実際に起こってしまったことを、私たちは受け入れていくしかないから』


『最後になりますが、改めて言わせて。シュウちゃん』


『私は、自分がどうなったとしても、ずっとシュウちゃんが元気でいられることを願っています』


『そして、何があっても、ずっとあなたのことを想い続けてる。好きです。大好きです。本当なら、直接傍にいて欲しかったし、傍にいてあげたかった』


『結婚も、したかった』


『でも、今さらですね。仕方ないです』


『もしも私が先に亡くなることがあったとして、すぐに後を追ってくることもしないでください』


『シュウちゃんには苦しい思いをして欲しくない。大丈夫。悲しくても、私はずっと傍にいますから』


『って、よくよく考えたらそうだね。私がもしも先に亡くなったら、無条件でシュウちゃんの傍にいられる。全然気付かなかった。盲点盲点(笑)』


『そういうわけで。本当に、ずっと、いつまでも元気でいて。シュウちゃん』


『小さい時と変わらない元気なあなたを見ていられたら私は――』




 ――これ以上ないくらいに幸せだから。






●〇●〇●〇●






 あの時。


 結の手紙を最後に読んだから。


 俺は、自死を選ばずに済んだ。


 胸の奥底に確かな傷を負いつつも、どうにか立ち上がることができた。


 ただ、安易にこれから先の幸せを自分だけが掴もうとか、そんなことは考えていない。


 ……というか、そんなのは無理だ。


 元気でいて欲しい。


 そんな結の願いだけを遂行するべく、俺は日々を生きている。


 今すぐに死んでいいなら、きっと躊躇はしないはずだ。


 結に遭いたい。


 この気持ちはずっと変わらないから。






 ――で、21歳の今。


 俺はフリーターではあるものの、親元から離れ、一応一人で生活している。


 生活は苦しいが、空いた時間はゲームをしたり、漫画を読んだり、適当に時間を潰していた。


 内容は、ほとんどが恋愛もので幼馴染系。


 我ながら嫌にはなる。


 どこまで引きずってるんだ、と。


 本当に結が今傍にいてくれてるなら、バカにしてるんじゃないだろうか。




『それ、エッチなやつだよね? えー、どうか思うなー』




 みたいなことをジト目向けながら言ってな。


 なんとなく想像がつく。


 思わず苦笑いだ。


 今日買ったのも、界隈で話題になってた因習系の寝取られものだし。


「すまん。許してくれ、結」


 手を合わせて謝りながら、俺はそれをさっそくプレイし始めた。


 まさかこの後、人生で経験のないくらい脳破壊されることを知らずに。

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