女装探偵の大事

小鳥遊なごむ

不審な自殺

 5月12日、冬野とうのしずくちゃん16歳は遺書もなしに飛び降り自殺をしたという。


「ねぇ実兎みとちゃん、やっぱりこれってただの自殺なのかなぁ?」

「姉さんは刑事でしょ? こんな話をわたしにしてもいいものなの?」

「だってなんか違和感っていうかさぁ」


 姉さんは僕のことを実兎ちゃんと呼ぶ。

 僕には双子の妹がいた。けど失踪してしまった。

 それから姉さんはおかしくなってしまった。

 そうして姉さんは僕を妹のように扱うようになった。


「飛び降り自殺をしたのでしょう? 16歳の女の子なら、それ相応に高い所から飛び降りないと死ねない事くらいはわかっていそうだし、用意していた遺書がどこかに飛んで行ったのかもしれないじゃない」

「その線ももちろん考えてて、捜索とかもしたんだよ。だけどその日は恐ろしく風が吹いてなくてさ、色々調べたりしたけど見つからなかったんだよ」

「ならスマホは? 今どきの子はスマホをメモ代わりに職場でもメモを取ると聞いているけれど」

「それも調べたけど、なんにもなかったよ。てか実兎ちゃんも今どきのじゃん〜」


 前に1度、弟としての姿で学校に行った帰り道の駅で姉さんに遭遇した。

 その時姉さんは僕の事を終始他人だと思っていたらしく、愛想笑いをしながらも一緒に帰っていた。

 当時はまだ時折姉さんがおかしくなるくらいで、僕の事を弟だと認識できている時もあると思っていたのだが、その日は遂に僕の事を赤の他人だと思うようになっていたらしい。


 自分の部屋に入って女装してリビングでソワソワしている姉さんと話をしていると姉さんが「ね、ねぇ、今さっき幽霊が私と一緒に家に入った」って言い出して話を聞いたら駅で一緒になった人に話しかけられて昔の同級生とかかな? って思いながら話を合わせてたけどずっと着いてきて私と一緒に家に入ってパニックになっていたと話し出した。


 柔道を極めていた姉さんなら咄嗟の判断でねじ伏せられるはずなのにパニックになっているのがもう姉さんはどうしようもなく壊れているのだと思った。


 それから僕は常に女装をすることになった。


「それにさぁ、自殺する動機もよくわからないんだよ」

「学生の自殺の動機なんてイジメとかじゃない? よくある話でしょうに」

「それが聞いた感じだとそれっぽい話がなかったんだよ」

「イジメって陰湿なものじゃない。とくに女の子なんてそんなものだと思うけれど」

「でもなんにも怪しい話が出てこなかったんだよ」


 女装するようになってから、女の子の陰湿さを知った。

 学校でも女装をして過ごすようになった僕の生活はクラスメイトたちにも受け入れられるようになってしまったのも原因ではある。


 というか仲良くしてくれる女の子の中には僕を女の子として扱う人がちらほらいるくらいである。

 所属している文芸部では読書している間に三つ編みにされたりカチューシャを付けられたりしている有様である。


 そんな僕の様変わりしてしまった学生生活において最も変わってしまったと実感したのが女子への印象である。

 女の敵は女。この言葉は全てを表していると言っても過言ではなかった……。

 人間こわい。


「冬野さんの通っていた高校には裏サイトがあってね、そこのサイトも閲覧させてもらったんだよ」

「未だにそんなサイトあるのね」

「どこの学校もそんな感じのはあるらしいよ? こわいね」

「その裏サイトにもその子の悪口の類いはなかったと?」

「そそ。むしろ一部の過激なファンみたいな子たちはいたみたい。なんかいつも明るいのにどこか儚げで妙にエロいんだって」

「裏サイトも平和みたいね」

「まあ……べつのイジメが発覚してそっちはそっちで面倒な事になってるみたいだけど」


 姉さんの勘はいつも当たる。

 壊れてしまっている姉さんを未だに刑事として使っているのは上司にその能力を評価されているからである。


 疾走した妹の事はまともである為、姉さんの上司直々に協力してほしいと頼まれてしまっている。

 お陰でメンタルクリニックにも定期的に通院させることもできている。


 姉さんの上司はずる賢いので「最近の若いもんじゃ事件の内容によっては心を病む事もあるから定期的にメンタルクリニックに通うように」と上手いこと言って通わせているらしい。

 まあでも何の成果もないが。


「学校でなんにもなかったとするなら、あとは家庭の事情とかじゃないかしら? それか外部との接点から探るしかないわよね」

「スマホの履歴からは怪しいところはなんにもなかったよ。家庭も平和そのものだし」

「人様の家庭だって見えないところで色々とあるかもよ?」


 うちの家庭みたいに。


「父親はサラリーマンで出世コースだし、母親はお花屋さんで優しそうな人だったよ。平和な家庭そのものだよ」


 姉さんは自分で抱えている違和感を自分で論破していく。

 怪しいところなんて何一つない。

 なのに姉さんは違和感を感じている。

 だけど姉さんの勘は当たる。


 だからまだこの件は解決していない。

 他所なら事故として処理されてしまうような話。

 この世の中はミステリ小説みたいに謎が綺麗に存在しているわけじゃない。


 それこそ「事実は小説よりも奇なり」である。


「でもなんでこの話をわたしにするの? わたしはただの学生でしかないのに」

「だって実兎ちゃん、ミステリ小説好きじゃん? いつも私が無くした物とかも見つけてくれるじゃん?」

「う〜ん、なんだろう。わたしのこと、仕事のない探偵みたいな認識でいる? 姉さん?」


 頭脳明晰なのに探偵事務所を構えても飼い猫の捜索くらいしか仕事が来ない探偵だとでもおもっているのだろうか?


 だとしたら違うし、なんなら僕はでもない。


「そういえばこの前、ネットニュースで見たことがあるわよ? 自殺した少女が「幸せなまま死にたかった」って遺書を遺して亡くなったっていう話」


 僕にはあまり理解できないが、世の中にはそんな理由で自ら死を選ぶ人もいるらしい。

 今が充実していて、それでも漠然と将来の不安があって、だからこそ今この瞬間の束の間な幸せというぬるま湯に浸っているうちに死にたいとでも思ったのだろうか?


 それを僕は否定も肯定もしない。

 自殺は人の特権だとは思っているから。


 ほとんどの生物は必死に生きている。


 集団自殺する生物としてかつて知られていたレミングというネズミも今では否定されている。

 ミツバチやバクダンアリなども自殺する事はできるらしいが、どちらかと言えば自殺するというよりも自害であり、種の存続の為の行為の結果そういう対応になっているとかいないとか。


 つまり自分自身を殺したくて殺すのは生物学上は人間しかいないのが現状らしい。

 ……どっかの小説で読んだだけだから詳しくは知らないけど。


「その線もあったんだよ。でもね、仏さんには明確な目標があったってクラスメイトや父親からは聞いてたんだよ」

「具体的には?」

「ガラス細工職人」

「……なるほ、ど?」

「母親がお花屋さんじゃん? だからガラスの花瓶に特化した職人さんになりたいんだって言ってたみたいで」

「それなら納得できるわね」


 お母さんがお花屋さんで、きっと小さい頃からお花に囲まれて育ってきたのだろう。

 お花屋さんと言えば女の子が将来なりたい職業ランキングの上位の常連である。


 そんな暮らしをしてきたのならば、お花にまつわる仕事をしたいと思うのも不思議ではないだろう。

 子は親の背中を見て育つとも言うし。


 ……だが、僕も引っかかった。

 些細な違和感だ。

 事件の香りなんて何一つないのに。


 おかしいのである。

 ならなぜ……


「姉さん、ひとつだけ、いいかしら?」

「なになに?! なんか分かったの?!」


 瞳を輝かせる姉さん。

 自分の抱えているモヤモヤが解消されると思っての表情なのは今に始まった事ではない。


「……あまり気が進まないのだけれど、念の為にね」

「それでそれで?! お姉ちゃんは何をしたらいい?」

「亡くなった女の子のお墓を見てきてほしいわ」

「見る? 調べるんじゃなくて?」

「ええ。見てくるだけでいいわ。それで全部わかるから」

「じゃあ今から一緒に行こうっ!」

「ちょとッ?! 今から?!」

「姉妹ドライブデートだっ!」

「……すごく不謹慎ね……」




 そうして僕と姉さんは亡くなった冬野しずくさんの眠るお墓に来た。

 仏さんに手を合わせる為に遺族からお墓の場所は事前に聞いていたらしく、姉さんは少し前に既に1度手を合わせていたらしい。


 住職さんに挨拶をしてそのお墓の目の前までやってきた。


「……やっぱりね」

「なにがわかったの? 実兎ちゃん」


 僕は瑞々しい緑の茎の先に純白の花をうつむきに咲かせた一輪の花が飾られたお墓に手を合わせた。

 とても悲しい話だと思った。


「姉さん、ここでする話ではないわ」

「う、うん」

「……あなたも、自分のことを見てほしかったんだね……」


 僕は彼女の眠るお墓をそっと撫でてあとにした。



 車に乗ってしばらく、僕は黙っていた。

 どうしようもない話だと思ったから。


「姉さん」

「なにがわかったの?」

「あのお花、知ってる?」

「お花にはあまり明るくないからなぁ」

「あのお花、スノードロップって言うの」

「可愛い名前のお花だね」

「ええ。そうね」


 とても可愛い名前のお花だとは僕も思う。


「スノードロップの花言葉は『あなたの死を望みます』」

「で、でも花言葉には複数の意味もあるって聞いた事ある、よ?」

「もちろんそれだけではないわ。『希望』『慰め』とか、身内の死を乗り越えた人々を勇気づける花言葉があったりするわ」

「じゃ、じゃあもしかしたら……」


 姉さんでももう薄々わかっているのだろう。

 どうしようもないただの事実に。

 真実でもない、ただの事実。


「5月12日は母の日よ。そしてあの子のフルネームは?」

「冬野しずく……スノー、ドロップ……」

「初めから、あの子は母親に愛されてはいなかったのよ。姉さん」




 後日、暗い顔をした姉さんから聞いた話。

 遺書が見つかったのだという。

 展示用で購入していた花瓶の中にその遺書はあったという。


 遺書には『お父さん、ごめんなさい』


 それだけが書かれていたという。

 姉さんが捜査の為に遺書の預かりに行くと父親と母親が大喧嘩していたらしい。

 その中で母親は「貴方がどうしても子供が欲しいっていうから産んだだけ。私は貴方とずっと二人で一緒に居られればそれでよかった」のだと言っていたらしい。


 どうしてしずくさんが今更自分の名前について気付いたのかはわからない。

 あるいはずっと引っかかっていたのかもしれない。

 姉さんが違和感を感じてモヤモヤしたように。

 それともその悩みを解決したくてガラスの花瓶職人になろうとしていたのかもしれない。


 けれど5月12日の母の日に自殺したということは、つまりこの話は、母親に愛されなかった娘の悲しい復讐だったのだろうと思う。


 要するに、ただの自殺だ。

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