イケメンだから、死にたくない。

月白 雪加_TsukisiroSekka

第1話 1000年に1度のイケメン


『1000年に一度のイケメン』


そう、俺は1000年に一度のイケメンなんだ。

いつも輝いていて、みんなから愛されていて、かっこいいかっこいいってヨイショされて。

そうやって生きてきたから。

たとえお前がいなくても、俺は。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「やる気がないならもう帰れ。」

「では、失礼します。」


ああ、私は何やってんだろう。

ついこの前、前職を辞めた私は、新しくマネージャーとして働くことになった。

やりたかったわけではなかったけど、周りがいい会社に入ってそこそこの収入をもらっているのに自分はフリーターっていうのが虚しくなって仕方なく、この職を選んだ。

当然、大変な仕事だっていうのはわかってて、芸能界の人のほとんどが人使いが荒いっていうのは知ってて、それを承知の上で選んだんだけど…。

まさかこんなにも大変とは。


「いいんですか、日色さん。」


「…」


「今回はあの大ヒット作の新シリーズでファンの方々も楽しみにされているだろうに…

ボイコットなんてしたらみんな悲しみますよ。」


そうです。実際ここに悲しんでる人がいるんですよ。

私の夢は俳優になること、だった。そしてこの日色朗人と共演することだった。


日色朗人は私の憧れだった。

『1000年に一度のイケメン』顔も、性格も、演技も完璧だった。

表面では自信に満ち溢れた大人気若手俳優だなんて言われて、「日色君、なんでもできるね」

って振りに「まぁ、イケメンなんでっ☆」

と太陽みたいな笑顔で返すのがお決まりだった。でも本当は謙虚で、ちゃんと仕事をこなしていて。模範的な人だった。

だからもちろんファンもにわかを始め多かった。私もその1人で。


だからこの人のことはとても尊敬していたし、マネージャーという職を選んだのも少なからずこの人の影響を受けていた。

なのに。


「そんなことより、タクシー呼んで欲しいんだけど。」

彼は消えそうな声でボソボソと呟く。

「あ、すみません。」

「今呼びました。もう少ししたら来ると思います。」

「…」


きっと、悪い人ではないんだと思う。

人使いが荒いとか、そういうのじゃなくて。

なんだか、まるで…。


やはりファンだからか、どうしても私にはこの人が悪い人には見えない。

でも、私はこの人のことが、わからない。

きっと、一生わからないままなんだと思う。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


俺は、なんでこんなことをしているんだろう。

それでいてなぜこんなに物足りない気持ちになるんだろうか。


俺には全てにもやがかかって見える。そんな気がする。

タクシーから見上げる初夏の空も、歴史的な絵画も、偉人の名言も、大ヒットした青春の曲も。

俺にはどうしても何か欠けているように見える。

みんなそれで満足しているのか。自分が求めすぎているのか。

はたまた、自分が空っぽだからか。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


余計なことを考えると、すぐに眠ってしまう。

今どこ走ってるんだろう。

俺はまだはっきりしない意識のまま、運転手に尋ねた。

「今どの辺ですか?」


「…」


少し沈黙があった後に運転手は口を開いた。

「地獄です」









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イケメンだから、死にたくない。 月白 雪加_TsukisiroSekka @tsukisiro0217

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