第4章 ③
中学時代のことは忘れよう。あたしは別人になる。
そう決心して、ずっと伸ばしていた髪を短く切った。
春。櫻ヶ坂高校に受かって、入学した。
"あのこと"、ここまで来てないといいな。誰も知らないといいな。そればっかり考えてた。
結果を言うと、ここまでうわさは広がっていなかった。
さすがにないか。よかった。
……でも、油断はできない。
どんなに遠くても、同学年で同じ高校に入学した人が数人いた。
クラスの人ではなかったのが、唯一の救い。
そしてその数人のうちが、慧だった。
慧とは、学校は一緒だったけど中学三年間同じクラスになったことは一度もなかった。
話したこともほとんどなかったけど、中学のころから慧の話題はときどき耳に入っていた。でもうわさになって終わり。変に問題化することも話題が大きくなることもなかった。
慧は策士だ。要領がいい。あたしと違って。
慧みたいな人間が、将来生き残ったりするんだろう。
なにかの拍子に有名になって、世に名前を知らしめてそうだ。慧ならあり得る。
中学のときはまだ黒髪だったはずなのに、高校に入ったら慧は銀髪になってた。
あたしだって夏休みに髪を染めることくらいはあるけど色は抜かないし、長期休みが明けるときに元に戻す。
銀髪にするのって確かすごく難しい。
だけどそんなの関係ない。髪を染めるなんてもちろん校則違反。
だけど慧の性格とか立ち振る舞いのおかげで、それをスルーする教師がほとんど。
何気に成績はかなりいいほうだし運動神経も抜群。ルックスも文句なし。非の打ち所がない。
いいな、あたしも慧みたいになりたかった。
いい未来が約束されたも同然の人生。過去を後悔することなく、楽しく生きられる。
—————過去を全部消したいあたしとは、大違いだ。
四年目にして初めて、慧と同じクラスになった。
変に関わらない様にしようとしたけど、グループの所属上、関わらないなんてわけにはいかない。
高校生になると、恋とか、彼氏とか、そんな話題が多くなった。
だけど、私はするつもりはない。
トラブルになるだけ。
平和に学校生活を送るなら、しないほうが絶対いい。
————って、思ってたのに。
「ねえ、落としたよ」
入学して数日経った日。
隣の席の人に、ハンカチを拾ってもらったことがあった。
「あ、ごめんっ。ありがと———」
完全なる一目惚れ。
あたしが、美桃律に落ちた瞬間だった。
きれいなアーモンド形の瞳。さらさらの黒髪シースルーマッシュ。
だけど見た目以上にあたしは、雰囲気そのものに惹かれた気がした。
あんなことがあって、一年もたたないうちにこれだ。
自分が嫌で、呆れてしょうがなかった。
だけど心は正直で。
いつのまにか彼を目で追っていた。
そこで気づく。
彼の隣にいる、存在に。
———桜庭芹菜。
誰かと一緒にいるところなんて見たことがなくて、でも誰かに話しかけられれば答える。
自らぼっちでいるのか、はたまた単に友達がいないのかは謎。
だけど登下校のときだけ、一緒にいる。
何気なく美桃くんに聞いてみたら、幼なじみだって。
それが5月中旬の話。
なんとなく桜庭さんのことも、意識するようになった。
桜庭さんの視線はわかりやすい。すぐに気が付いた。
あの子は、よく慧を見ている。
慧なんて止めたほうがいいよ。
桜庭さんみたいな純粋っぽい人に、慧は向いてない。
美桃くんのこと抜きで、あたしは本気でそう思っていた。
だから呼び出した。あの日、桜庭さんのことを。
桜庭さんのことはよく知らないけど、あたしの二の舞のようにはなってほしくない。
だけど「慧のことを諦めろ」なんてそんな直接的なこと言えるわけない。
だから利用した。
桜庭さんと美桃くんの幼なじみであるという関係と、私の美桃くんを好きな気持ちを。
桜庭さんに不利益な話をして。間接的に「慧を諦めて」ほしかったから。
"偽の友達"だなんてひどい言葉を使って。
でも、桜庭さんは断らなかった。
それなら、桜庭さんの恋も応援しよう。
あんまり勧めたくはないけど、ここまで言うなら。
————あたしもまだまだだ。
慧に対する桜庭さんの視線の色にまで、気が付けなかったんだから。
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