第4章 ②
————あたしは中学生のとき、ぼっちになったことがある。
つまりは友達なし。正確には、クラスに誰も友達がいない状態だった。
……友達がいないくらいだったら、まだ救いがある。
あたしには誰も、話せる人がいなかったんだ。
❆◦❆◦❆◦❆◦❆◦❆◦❆◦❆
あたしがぼっちになる原因が起こったのは、中学3年生のときだった。
あれは夏の終わり、8月のこと。
思い出したくもない、出来事。
それは、夏休み最終日の花火大会のときだった。
あの日は、クラスのみんなで集まって花火を見ようって約束で。
夏休み前に話をしたとき、花火の良く見える丘とか、高台に集まる案が出ていたけど。
誰もいない、かつ見えやすい場所がいいって誰かが提案した。
それなら学校がいいって誰かが言った。
うちの学校は山のてっぺんにあって、花火大会の会場からも近いけど山の上だからよく見えるからだ。
条件を満たした、すごくいい場所。
でももちろんそんな夜の時間に学校が開いてるわけない。
忍び込んだりしたら重い処分が出る。受験を来年に控えているあたしたちにとって、それはキツい。
学級委員が担任に、「花火大会の夜に学校を開けてください」って頼み込んで、それが担任が学年主任へ。学年主任が校長へ。
約3週間ほどの時間をかけて、学校での花火鑑賞会が実現した。
これが片田舎の中学校の力。生徒数が多かったら絶対できなかった。
当日、あたしは浴衣を着て。
花火が始まる8時までは屋台を回ったりして、そのあと、あたしは友達複数人で学校へ行った。
学校で見るといっても、運動場とかじゃない。
なんと校長の厚意で、普段は立ち入り禁止の屋上で見れることになっていた。
「うわー、咲雪! 始まったよ!!」
隣にいた友達に浴衣の袖を引っ張られ、気づく。
その瞬間、ドーンッと大きな音が聞こえた。
夜空を見上げると、そこにはカラフルな花々。
キラキラしていて、光っている。
「きれー!」
「あ、千輪菊っ!」
「なにそれー」
「ほらっ、あれあれ! カラフルなのがいっぱい散ってるやつ!」
「たーまやーっ!!」
クラスメイト達の騒ぎ声をかき消すくらいの音。鼓膜が破れそうだ。
「咲雪もほら、たーまやーって言お!」
「やだよ、恥ずかしいじゃん」
「花火大会だよ? 今日くらいいいじゃん! そういうのぜーんぶ捨てて、叫ぼーっ!!」
「もうすでに叫んでるし」
あたしは結局乗せられて、たまやーって叫んだ。
受験のストレスとか忘れて、自分自身のことも忘れそうだった。
こんなに開放的になれたの、久しぶりかもしれない。
夢中で空を見ていた、そのとき。
左手を誰かに掴まれた。
「抜け出そう」
耳元で囁かれる。
「えっ」
返事をする間もなく、腕を引っ張られた。
見ると、同じクラスの男子だった。
どういうこと? 意味が解らない。
なんで、あたしのことっ。
屋上の入口まで来ると、そこには担任がいた。
「どうした、屋台にでもいくのか?」
「はい。では」
なんてことないかのようにそいつは答え、屋上のドアを開ける。
屋台に行く? どういうこと?
今のこの状況だって理解できていないのに、なおさらわからなくなる。
何考えてんのこいつ。
屋上への階段を降りて、3階の廊下。
あたしは思いっきり力を入れて、バッと手を振り払った。
「屋台に行くなら、一人で行けばいいじゃないっ」
キッと、にらみつける。
「バカだな、屋台に行くなんて嘘だよ。こっち」
にやりと笑ったかと思えばまたあたしの手をつかんで、入ったのは教室。何組とかなんて知る間もなかった。
廊下の電気は付いてたけど、教室は真っ暗で。
「ちょ、ちょっとっ、なにしてっ」
嫌な予感がした。でももう遅い。
そいつは、私をぐっと抱きしめた。
瞬間、するりと帯が解かれる。
ふわふわのやわらかいやつだから、簡単に。
抵抗しようと思っても、ダメだった。力は叶わない。
———あたし、なんのためにここに来たんだっけ。
クラスメイトの男子に、こんなことされるためにここに来たの?
違うよね? ねえ? ねえ!
花火を見るために、ここに来た。
奇麗だねって言い合って、笑って。
「やめて……」
教室の窓から見える花火の色を、視界の端に捉える。
—————夏なのに、寒かった。
結局そのあとすぐに花火が終わって、事は未遂に終わった。
みんなが戻ってくる前に、逃げよう。
あいつが花火の終わる合図に気を取られているすきを狙って、駆け出した。
廊下を、階段を、走って走って。
校舎裏まで逃げ切ったあたしは、息を整えながら、適当に浴衣の腰ひもを結ぶ。
怒りと悲しみが交ざって、もうよくわからない。
「はあ、はあ、はあ……うっ」
うまく息ができない。
喉からなにかがせり上がってくる感覚。
その場にしゃがみ込んだ。
ぎゅっと、帯を抱きしめる。
乾いた土の上に、ぽとりと涙が落ちた。
❆◦❆◦❆◦❆◦❆◦❆◦❆◦❆
次の日。2学期初日。
ほんとは学校なんて行きたくなかった。
でも中3だし、授業と出席日数のために行った。
————そしたら。
朝。あいさつしても、誰も返してくれない。
どこかよそよそしい。
あたしを見て、なにか話している。
その中で、一つ、気になるものが聞こえてきた。
「掲示板の"あれ”って、まじ?」
……掲示板?
あたしは急いでトイレの個室に行った。
校則違反だけど、隠れてれば大丈夫。スマホを開く。
もしかして、掲示板って。
うちの学校には、裏掲示板があった。
もちろん匿名で書き込めるやつ。
あたしは存在すら忘れていたけど、さっきの言葉で思い出した。
ページを開く。
「……なに、これ」
飛び込んできた光景に、目を見開いた。
上のほうまで遡ると……見つける。
————昨日の花火の時間。薄暗い教室にいる、あたしとあの男。
とう、さつ。
まさか、撮られてるなんて。
今はもう、正直掲示板の内容までは思い出したくもない。
しかし思い出すほどの正しい記憶もない。
まあ簡単に説明すれば、事実とは異なるということ。
あたしとあいつの立場が、逆にでっちあげられていたということ。
当時あいつには恋人がいた。あたしの友達っていう。
つまりあたしは、友達の彼氏をとった最低な奴ってこと。
盗撮したのも、広めたのも、誰が書き込んでいるのかもわからなかった。
誰、誰、誰。
夏休み明け、教室に飛び交っていたのはその言葉ばかりだった。
あたしの楽しくて平和な学校生活は、そこで終わった。
交流のなかった女子や男子全員は、あたしを軽蔑するような目で見るようになって。
例のあの男は、「お前のせいだからな」とあたしに耳打ちした。
なにが"お前のせい"だよ。
それはこっちのセリフだ。
だけど、言い返すこともできない。
仲の良かった子たちは、もちろんあたしのことを無視。弁明の余地すら与えてもらえなかった。
あの子たちは、あたしの教科書勝手に捨てたりとか、物を隠したりしたっけ。
さわぎを起こしたら受験に響く。親にも迷惑をかける。だから、誰にも言えなかった。
先生も、なにも気づかない。
あたしの周りには、誰もいなくなった。
……あたしが悪いのかな。
あのときもっと抵抗してれば、こんなことにはならなかったのかな。
悩んでも、憎んでも、恨んでも、呪っても。
それが誰かに届くことはない。
冬の担任面談で、あたしは志望校の変更をした。
それが、櫻ヶ坂高校。
もともと志望していた高校と同じくらいの偏差値。
だけど、電車を乗り継いで一時間半。すごく遠い高校。
でもここなら、きっと誰もいない。
今のクラスメイト達と離れられる。
なにもかも全部断ち切って、さよならできる。
両親に変更理由を問い詰められたけど、何も言えなかった。
言いたくなかった。
そりゃ言いたくないよ。
————こんな、気持ち悪いこと。
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