第3章 ③
「ご、ごめんなさい。でも、ありがとう」
梅原くんと家に向かいながら、私はお礼を言う。
正直お米だけだったとしても私は持てなかっただろうから、とてもありがたかった。
「お礼はうれしいけど、謝られるのは嫌だな。てかさっきお詫びだって言ったじゃん」
「あ、そうでした……」
果たして何のお詫びかもわかってなかったから、この短時間ですっかり頭から抜けていた。
だけど本当にいいんだろうか。
彼女さんがいるのに、私と歩いて。
さっきみたいに、誤解されないかな? ちょっと不安だ。
私のせいで傷つけちゃって、関係を壊したりしてしまったら……。
緊張するけど……聞いてみよう。
「あの、彼女さんは大丈夫なんですか?」
「へ? 大丈夫って、そもそも彼女なんていないけど」
え……いない?
予想外の回答に、拍子抜けする。
「なら、あのロングヘアの人は……」
「ロングヘア? あーあの子ね。名前なんだっけ。でもとりあえず彼女じゃないから。てかおれ、彼女は作らない主義だし」
じゃあさっきの人も、彼女ではないってこと?
ただの友達なのに、なんで距離が近いんだ……。
いやでも、友達なのに"名前なんだっけ"はおかしいような?
「えーなになに? おれのこと気になるの〜? 芹菜ちゃん」
「う、うーん……って、名前っ!」
異性としてではなく人として気になるので、間違ってはおらず簡単には否定できない。と思っていたら。
今梅原くん、私の名前呼んだ?
「そんなに目を見開かなくても。知ってるよ名前くらい。おれをなんだと思ってるの?」
梅原くんが私の顔を覗き込むと、爽やかな柑橘系の香りがした。
だけどちょっと、距離が近い。
やっぱりコミュ力があって人気者の人は違うな〜。ほぼ初めて話すような私にも、まるで友達みたいな距離感だよ。
「……芹菜ちゃん、ってさ」
「……え?」
そのままの体制で梅原くんが急に立ち止まったので、私も足を止める。
……どうしたんだろう、私の顔に何か、ついてるかな?
「……やっぱり、なんでもないや」
すっと引いた梅原くんは、再び歩き始めた。
慌ててそれに着いてく。
「そういえば芹菜ちゃんは、彼氏とかいるの?」
「えっ? いないよ」
急に話題を振られ、私は戸惑いながらも答えた。
「えうっそ!? いないって、美桃くんは? 一緒に登下校してんのよく見るけど、彼氏じゃないの?」
「律くんは、彼氏じゃなくて幼なじみですけど……」
「そうなんだ。うーんでも、そう思ってるのは芹菜ちゃんだけだったりして」
「……?」
……はっ、もしかして、幼なじみだって思ってるのは私だけで。
律くんは私を……ただのクラスメイトだと思ってるってこと!?
それは……大ショックすぎる……。
私、本気で友達ゼロ人になってしまった……。
「……もしかして、芹菜ちゃんって超純粋? おれとあの子が教室でなにしてたのかもわかってない感じ?」
「……え、キスじゃないの?」
「それもあるけど、厳密にいえば目的がちがうよー。えっとねー……」
「おい」
そのとき、後ろから低い声が聞こえてきた。
振り返ると、律くんが鋭い視線をこちらに向けていた。
「あ」
律くんの存在に気が付いた梅原くんは小さく声を上げる。
と思えば、律くんに近づき。
「じゃーね芹菜ちゃん。またあした~」
無言で米袋を律くんに渡し、梅原くんは来た道を戻っていった。
「……芹菜」
「ご、ごめんね。結局律くんを頼ることになっちゃって……」
「それは別にいいよ。むしろ頼って。一人で頑張らなきゃとか考えなくていいから」
米袋を肩にかけた律くんは、私の腕を掴んで歩き始める。
さっき、どうしてあんなふうに鋭い視線を。
律くんの気持ちを私は簡単に汲み取ってあげることができない。
だめな友達だ。
だから余計に心配。知らないうちに、律くんにいやな思いをさせてしまったらって思うと。
李本さんの件。やっぱり考えちゃうよ。
どうにか、いい方法を見つけないと。
律くんの背中を見上げながら、私は考えていた。
❀◦✴◦♪◦❆◦❀◦✴◦♪◦❆
そして、一晩じっくりと考えた結果。
私の中で、一つの解決策が思い浮かんだ。
正直、私にできるかは分からないけど……。
でもこれなら、李本さんと律くん、どっちも諦めなくて済む。
今日の昼休み、昨日と同じ教室に来てくださいって送っておいた。
『了解』って返信が来ているから、伝わってると思う。
そして例の空き教室で待っていると、がらりと扉が開いた。
現れたのは、李本さん。
逆光で、どんな表情をしているのかは分からない。
「……ってことは、断る決心ついたんだ」
「え?」
断る?
「あたし昨日はああ言っちゃったけど、冷静に考えたらおかしな話じゃない? ごめんね、うまく考えもせずにこんなこと……」
「ううんっ! お受けいたします!!」
すると、李本さんは目を見開いた。
「びっくり。正直断られると思ってた」
「えっと、でも一つ、お願いがあって」
「なに?」
私は緊張しながらも、すっと息を吸う。
「……もし律くんにこのことがバレて、律くんがいやな思いを、したら……」
————そこは友達として、律くんを守ります。
交換条件の交換条件。これが私が考えた解決策。方法。
「ん、わかった。それくらいじゃないと釣り合わないよね。いいよ」
李本さんは少し微笑んだ。
「じゃ、了承ってことで」
―――――これで私は、李本さんと"偽の友達"になったのだった。
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