第3章 偽の友達 side芹菜

第3章 ①

 偽の、友達?

 私は、ゆっくりと目を開けた。


 李本さんがにっと笑う。


 予想もしていなかった言葉に、私はびっくりして視線が泳ぐ。

 え……え? なにそれ?



「もちろん、あたしと桜庭さんがなるんだよ?」

「う……ん?」


 友達……?

 それも、偽の?


 李本さんと、私が?

 ……え??


 あ、頭が追い付かない。

 動機が全く見えてこない。


 え……にせ??



「あはは、桜庭さん顔に出すぎだよ。あいつ見てるときもそんな感じだよねー」


 ……"あいつ"、見てるときって。

 ぐっと近づいてきた李本さんからは、甘い香水の香りがした。



「桜庭さん、慧のこと好きなんでしょ?」


 慧。梅原くんの下の名前。

 やっぱり、"あいつ"っていうのは梅原くんのこと。


 ……気になるのは事実。だけど、これが恋とは断言できない。


「そ、そんなことないよ」


 と言うと、李本さんは私から離れてにこっと笑った。


「そっかあ〜。でもじゃあ、なんで見てるの?」

「……そ、れは」


 ぐっと、言葉に詰まる。

 うー、正直に言っちゃっていいのかなあ。

 でも私は李本さんのことを良く知らないから、話してどう受け取られるのかが想像つかない。


「……言えないならいいや。とりあえず、あたしの話も聞いてくれる?」


 あたしの話? ってそうだ。李本さんの用事。



「桜庭さんって幼なじみがいるでしょ? 美桃くん」

「え……は、い」


 律くんが、どうしたんだろう。

 急に話が飛躍したので戸惑う。


 それに李本さんが、私と律くんが幼なじみであることを知っているなんてびっくりだ。


 私は律くんとの関係を誰にも言っていない。というかそもそも言う相手がいない。

 別に隠しているわけじゃないけど……。


 李本さんは私から視線をそらし、何年も使われていなさそうな埃の被った黒板を見た。



「あたしね、美桃くんが好きなんだー。だから、幼なじみの桜庭さんに協力してほしいんだよね」

「……な、なるほど」


「でもあたしと桜庭さんは仲良くないし。だから友達になってってこと。でも、あくまで桜庭さんはあたしの協力者。だから、"偽の友達"」



 ……話を整理すると、李本さんは律くんのことが好きで、だから恋が成就するように私に協力してほしいってこと?


「あたしも馬鹿じゃないからわかるよ。それじゃあ桜庭さんにメリットが一つもないことくらい」


 李本さんは、私をもう一度見る。


「桜庭さん、慧のこと気になるんでしょ? あたしは慧と仲いいし、知りたいこととかあったら聞いてあげるよ。これが、桜庭さんがあたしに協力する交換条件になるんだけど」



 ———どう?



 どう、と言われても……。


 交換条件っていうのは、本来お願い事をされた側が提示するものなのでは……。

 ま、まあ、細かいことはいいや。



 ……私は律くんのことを大切に思っている。

 だから正直なところ、少し迷う。


 私は、できるなら協力してあげたいけど。

 律くんがどう思うかっていうのが、少し不安だ。



 仮に協力することに決めたとしても、律くんには秘密にすると思う。

 だけどなにかの拍子にそれが伝わってしまう可能性もある。

 そのとき律くんが……もし、いやな思いをしてしまったら。


 私は、嫌だよ。

 でもこの話だって、李本さんはたくさん考えてくれて私に話してくれたのかもしれないのに。

 どちらかの意見を尊重する方法は……。


「……少しだけ、考えてもいいかな」


「うん、いいよー」



 李本さんは、意外とあっさり承諾してくれた。


「じゃ、なんかあったら連絡してね」


 と、李本さんがスマホを差し出す。

 私はスカートのポケットからスマホを取り出し、李本さんと連絡先を交換した。



 李本さんはそのあと、"ありがと、ばいばい"とだけ言って颯爽と教室を出て行った。


 連絡一覧に初めて並ぶ、同級生の女の子。

 眺めながら、私は小さく息をついた。

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