第2章 ②

 でも、そのあと特に律くんからくわしく聞かれることはなく、なんとか説明せずに済んだ私。


 だけど、心苦しい。

 律くんは大切な友達だから、"そんなことない"って小さなうそをついてごまかしてしまったことが。


 話したとしてもうまく説明できないだろうし、律くんはきっと返答に困る。

 これからどうしたらいいのかという悩みというより、起こってしまったことに対しての悩みだから、解決策なんてない。




 次の日。

 登校してからすぐ目に入ったのは、あの銀色。梅原くんだ。


 本人に聞くのが一番いいのだけど、それを聞いて理由を知って、私はどうするんだろう。

 聞くまではいいけど、「え、してないよ?」とか言われたら……う、私はっ。


 そもそも本人に話しかけるのは無理だ。絶対。

 あのときたまたまいたのが私だったってだけで、本人は大して気になんてしていないんだろう。

 もしかしたら、私のことも全く知らないかも。


 それに、梅原くんはいつも人に囲まれている。話しかけるタイミングなんて絶対にない。



❀◦✴◦♪◦❆◦❀◦✴◦♪◦❆



 あの日から一週間が経った。

 あいかわらず私は、何も変わらない日常を過ごしている。


 ——— 一つを除いて。



 もちろんそれは、梅原くんのこと。

 気が付くと好奇心で、彼のことを目で追っていた。

 追っていると同時に、よく視界にも入る。


 入るのは、たぶん銀髪で目立つから。


 追っているのは、例の理由がいまだにわからないから。


 "のぞき見していた私が悪い"のはもちろん。だけど、そのあとの行動がなぜああいうふうになるのかはやっぱりいくら考えても謎だ。


 いっそ、軽蔑するとか殴るとか、そういうのだったらわかりやすくていいのに。



 見かけるたびにそのことを思い出して、好奇心で見てしまう。

 誰かを目で追うなんてどこかの恋愛小説で読んだようなシチュエーションだけど、たぶん恋しているとかではないと思う。


 あれってたしか、相手を見るたびに心臓がどきどきしたりするんだよね。

 心拍数なんて上がらないしなあ。


 って、目で追うなんて私とんでもないことしてない?

 普通に考えて不愉快極まりないよね?


 昼休み。自席でいろいろ考えながら、指で髪の毛先をくるくるさせて遊んでいると。



「ねえ、桜庭さん」


 突然、名前を呼ばれた。

 下を向いていた視線を上げると、そこには女子生徒が。


 第一ボタンの開いたワイシャツに、たらりとしたリボン。

 鎖骨まで伸びる髪が、くるりと奇麗に外ハネしている。

 この人、って。


「え、っと……」


 私はびっくりして視線を逸らす。

 名前を呼んだのは、クラスメイトの李本りもとさんだった。

 下の名前はたしか、咲雪さゆきさん。


 私とは住む世界が全然違うような、キラキラした人。

 そう。つまりは、梅原くんたちといつも一緒にいるような。


 こんな人が私に声をかける理由って、一つしかない。



「あ、あの、何か私、出し忘れてたり……?」

「は?」


 うっ。

 提出物の回収かと思ったけど、違ったらしい。

 はずれ!!


 そしたら、なんだろう。

 心当たりがなくて、どうしようかと焦る。


 こ、これ以外になんか、用事があるってこと!?

 まって、全然思いつかない……!



 心臓の鼓動が早くなる。

 わ、これが恋するどきどき!?


 じゃなくって!

 これは緊張と焦りだ。なんてったって初めてしゃべるから。


「あたし、桜庭さんにちょっと用があるんだよね。一緒に来てくれない?」

「え……わ、かりました……」


 断るわけにもいかず、私は席を立ち上がった。

 時計をちらりと見るけど、お昼休みはまだまだ終わらない。


 李本さんが先頭を歩き、それに着いていく形で私は教室を出た。



 わからない……ほんとのほんとにわからないっ!


 係の仕事を忘れてたとか?

 でもそれなら先生が私に報告してくるよね?


 なにより、人気者で友達もたくさんいる李本さんが、一度も話したことのない私に用があるっていうのが不思議だ。

 そう考えると、ますます本気で分からない。



 そのまま廊下を進み、二階の渡り廊下を通り過ぎた。

 その先は、特別棟だ。


 いつもと同じように薄暗く、人は誰もいない。

 ……でも、あのときは人がいた。


 ま、まさか。と、私の中で一つの可能性が思い浮かぶ。

 あのとき梅原くんと一緒にいたのは、李本さんだった……っ!?


 って、ありえないか。もう一週間以上経っているし。

 それに、李本さんの髪は短い。私よりも。

 あの人……私の横を通った女子生徒は巻き髪のロングヘアだった。私よりも長い。


 だから、可能性は低い。



 するとそのとき李本さんは歩みを止めた。

 すぐ隣の空き教室の扉をがらりと開く。


「桜庭さんも入って」


 感情の読み取れないトーン。

 言われた通り教室に入り、一応ドアは閉めておいた。



「……桜庭さん」

「は、はい」


 私は返事をする。

 腕組をしてこちらを見る李本さんと、視線が合った。

 ツリ目の大きな瞳が、私の姿を映す。


 な、なななんの用事だろう。

 もうここまで来ちゃったからには、はっきり聞かないとっ。


 だけど、いやな予感がするのはなぜ〜。

 すっと、李本さんの呼吸の音を耳が拾う。


 私は、理由はわからないけどぎゅっと目をつむった。




「———ねえ、あたしたち、偽の友達にならない?」

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