第2章 私の気になる人 side芹菜

第2章 ①

 なにをしていたのかはうまく理解できないけど、これだけはわかる。

 たぶんあれは、見てはいけないもの……。

 って、まるで妖怪とか幽霊とか、そのへんの類呼ばわりするのは失礼な気がするけど。


 でもまって。その可能性も案外捨てきれないのでは?


 あまり人が来なくて、薄暗い特別塔。

 じょ、条件は揃ってるよっ。



 と思ったら、私の横を誰かが通って行った。

 その瞬間に、ふんわりと甘い花の香りがする。


 振り返ると、スカートの短い、カールしたロングヘアの女子生徒が西棟のほうへ向かっていった。

 も、もしかして、あの人がさっきの……?


「やっほー、のぞき見ちゃん」


 そう後ろから聞こえて向くと、見覚えのある男子生徒の姿があった。

 見覚えがあるのは"姿”というより、その髪色。

 えっとたしか、同じクラスの……って、"のぞき見ちゃん”っ!?


「え、違うの?」


 まるで私の心を読んだみたいに、その人は首をかしげる。

 もしかしてこの人が、さっきのロングヘアの女子生徒と一緒にいた……。


 と、いうことは。


「そ、存在してた……」

「は?」


 少し低めのトーンだったので、びくっと身体が震える。

 声に出ちゃった。


 ……で、でも、クラスメイト(たぶん)ってことは、あれは幽霊とかじゃない。

 実際の生徒同士の……。


「見たんでしょ? あの子と、おれの……」

「ご、ごめんなさいっ!!」


 私は彼の言葉にかぶせるように、謝罪をした。

 同時に頭も下げる。


 絶対不愉快だった。

 反省、なんてものじゃすまされないと思う。


「ふーん。のぞき見なんて趣味悪いね~」


 膝が震える。

 普段律くん以外の人とは話さないから、たぶん緊張してるんだ。


「ご、ごめんなさいっ」


 だんだんとこっちに近づいてきたクラスメイトは、私のすぐ目の前で止まる。

 その距離は、三角定規一個分。

 ち、ちかい。


「そんな謝らなくてもいーよ。おれ、優しいから。許してあげる」


 きれいなウインクを最後に、視界がパッと暗くなった。

 え……え?

 停電か何か?


 考える暇なんてないまま、唇に何かが触れた。

 びっくりして、目を見開いてしまう。

 そしたら、また視界が明るくなった。


「ん……甘いね、果物かな。食べた?」


 ぺろりと舌を出して、私を見下ろす。


「っ」

「ふ、動揺してる。かわいーね」


 私の目を数秒見つめてから、その人はふっと離れた。


 そしてばいばーいと、軽い調子で去って行った。

 私は、ぼーっとその場に立ち尽くす。

 一分くらいたってから、ゆっくりと右手で口元に触れた。


 ま、まさか、私……わたしっ。



 きす、された……っ!?

 い、いや、そんなわけないか。

 何かの間違いだよね、うん。


 気が動転して、そういう錯覚になっちゃっただけ……。

 なんて、片づけられないよーっ!!


 心臓の鼓動は、収まらなかった。



 ❀◦✴◦♪◦❆◦❀◦✴◦♪◦❆



 梅原うめはらすいくん。


 という名前だったことに、あとから気が付いたんだけど。

 

 クラスではいつも中心にいて、主に女の子とよく話しているのを見かける。

 いわゆる、人気者。 


 そして、彼の髪は学校内でもかなり目立つ銀髪だ。

 明るい茶髪とかそういった生徒はいるけど、ここまで派手な髪の人はほぼいない。


 だから、目が憶えていたんだ。

 


 なんであんなことされたんだろう。でもたぶん、その原因を作ったのは私。

 私が、梅原くんとロングヘアの女子生徒が一緒にいる教室を、のぞき見してしまったから……。


 だけど……だけど、今だって私、状況をうまく理解できていない。

 仮に本当にキスをされて、そしたら、私は……。


 ――――話したことのないクラスメイトに、あっさりとファーストキスを奪われてしまった……?

 いやいやいや、そもそもしてないかもしれないのにそんなことを考えるのは、根本的なところから違……。



「芹菜?」


 考え込んでいると、聞きなれた声が私を現実へと引き戻した。

 顔を上げると、カバンを肩にかけている律くんがいた。

 あ、もう、下校時間……。


「帰らないの。予定あるとか?」

「あっ、ううん、ないよ。......そうだ、今日春輝くん家の鍵持ってないから、私が先に帰らなきゃ」

「じゃ、いこ」

「うんっ」


 カバンを持って、教室を出る。

 律くんも私も部活に入っていないから、下校はいつも早い。


 廊下を二人並んで歩きながら、ちらりと隣を見上げた。



 律くんに聞いてみたい気もする……。

 男の子って、そんな簡単に誰にでもキスしたり出来るのかなって。


 律くんは絶対そんなことしないだろうけど、一般論として、ね。

 ......いや、やっぱり絶対聞けない!!!




 靴を履き替えて、学校を出る。

 私が動揺してていろいろ考えちゃってる、ってこと、律くんにはたぶんバレてると思う。


 だけど、こればっかりは「なにかあった?」とか「どうしたの」とか聞かれても答えられないよ。

 まだ私だって、うまく説明できるほど把握していないのに。

 それにあれが本当だったかどうかさえも……。


「芹菜」

「えっ、なに?」


 下校道を半分くらいまで来たところで、律くんが私に話しかけてきた。

 び、びっくりした。

 と思ったのもつかの間。



「なんか、心ここにあらずって感じだなと思って」


 うっ! そ、そうだよね。律くんって、するどいもんね……。

 バッチリバレてる!!


「そ、そんなこと、ないよ?」


 と、明らか不自然な返しをしてしまう。

 バカ、これじゃあごまかすどころか、火に油を注いだようなものだよっ。


「でも、いつもと様子が違う気が」

「あっ、そうだ! 律くんに科学のノート、返すの忘れちゃってた」


 いきなりで不自然だったかな。


 でもこのまま話題を変えずにいたら、ぽろっと言ってしまいそうだった。

 ガサゴソとカバンを漁る。


 "美桃律”と名前の書かれたノートを見つけ、渡した。


「ありがとう。ほんとに助かったよ」

「……うん」


 律くんはなにか言いたそうだったけど、なにも言わずにノートを受け取った。

 そのとき。



「あっ、おねーと律くん」


 近くまで来ていた小学校の校門から、ちょうど春輝くんが出てきた。

 な、ナイスタイミングだよっ、春輝く〜ん!

 一緒にいたらしきグループを抜けて、こっちへやってくる。


「おれ公園で遊んでくるから、先帰ってて。鍵今日はおねーが持ってたよね?」

「は、春輝くんっ」


 今日、一緒に帰れないの……!?


「ごめん、あいつら待たせてるからさ。なんか話あるなら帰ってからでいい? んじゃ!」


 あっ。

 私の助けてパワーは通じず、春輝くんは友達のほうへと行ってしまった。


 私は、にこっと律くんに出来る限りの笑顔をする。


「……芹菜」

「ご、ごめんなさいいいっ!!」


 今日は謝ってばかりだ。

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