第1章 ②
私たちの通う学校は
自分で言うのはなんだけど、いろんな意味で特別有名っていうわけではない。どこにでもある普通の高校だ。
普通科しかないから学年内での偏差値の差はそこまでないし、すごく頭のいい学校っていうわけでもないから、まわりからは"いい感じに青春できる高校”って言われている。
だけど……律くんは違う。
律くんはすごく頭がよくて、この前あった一学期中間テストでも学年一位だったんだ。
本当はもっとレベルの高い学校も進められていたはずなのに、この櫻ヶ坂高校を選んだ。
理由はわからないけど、きっと律くんには考えがあるんだろう。
この学校に入学した、明確な目的とか、が。
家から歩いて30分ほど。
私たちは学校に着いた。
下駄箱にはたくさんの生徒がいて、登校ラッシュ。
靴を履き替えて、教室に向かう。
「わ~今日も美桃くんかっこい~っ」
「ねービジュえぐ! 顔面強!!」
廊下を歩いていると、ところどころから聞こえてくる黄色い声。
"美桃くん”と言っているから、これはきっと律くんへ向けられたもの。めずらしいことじゃない。
こうやって、女の子たちの視線を釘付けにしてしまう律くん。
頭もよくて、かっこいいなんて。完璧すぎる……って思うよね、やっぱり。
そんな律くんと私、仲良くしてもらってていいのかななんて思ってしまう。
私は友達として、律くんに釣り合うような立派な人じゃないし……。
どこにでもいる、普通の凡人人間だから。
隣を歩いているのが、申し訳なくなる。
教室に着いて律くんから科学のノートを受け取り、席に着いた私。
私の席は、前から四番目、廊下側から三番目っていうど真ん中もいいところ、みたいな席。
でもこればっかりは仕方ない。番号順だから……15番の私は。
って、そうだ。15番、15日。
今日の授業範囲、勉強しとかないと。
机の上に律くんから借りたノートと自分の科学のノート、そして教科書を広げ、カバンをロッカーにしまうのも忘れ予習に取り組んだ。
❀◦✴◦♪◦❆◦❀◦✴◦♪◦❆
無事に律くんのおかげで科学と現国の授業を乗り越えた、四時間目終わり。
お昼休みで教室内ががやがやと騒がしくなる中、私はロッカーに行ってお弁当を取り出した。
櫻ヶ坂高校のお昼休みは大体1時間と少し。
他の高校がどうなのかはわからないけど、わりと長いほうなんじゃないかな。
一階にはかなり大きな食堂があり、毎週水曜日と金曜日にパン屋さんもやってくる。
あと、食堂のカツカレーがとってもおいしいって有名みたいだけど、私は食べたことがない。
私には、お母さんがいつも作ってくれてるお弁当があるし。
だけど本当は、お弁当くらい作れるようになりたいんだ。毎日忙しいお母さんの負担を少しでも減らすために。
だけど、朝はどうしても早起きできない。だから代わりに夕飯だけは、作っている。
そんなに大層なものじゃないんだけどね。料理、うまくはないし。
お弁当を抱え、一人で私は階段を降りる。
目指すは……。
外に出て、渡り廊下で繋がれた校舎の間を抜ける。
そして着いたのがここ、校舎裏。
うちの学校は中庭がかなり整備されていて、まるで有名庭園って感じなんだけど。
お昼の中庭は人がいっぱいで、まともに座れる場所がない。
だから私は、誰も人が来ない校舎裏に来ている。
晴れている日でもここだけはいつもじめじめしていて、太陽の光が全く入ってこない。つまり真っ暗。
整備もされていないから、さっきも言ったように誰かが来ることもない。
申し訳程度に置かれた古びた木製のベンチに、大きめのハンカチを敷く。
その上に座り、膝にお弁当を広げた。
……えっと、この状況を見て、察したと思うんだけど……。
私には、友達と呼べるような人がいない。
律くんは友達だけど異性だし、四六時中一緒にいるわけにはいかない。
というか、それは律くんにとって迷惑だろうし私が申し訳ない。
律くんには私以外にも、友達がいるわけだし。
高校に入学して一か月半。
完全に友達作りのチャンスを逃した。
小中学生のときは二人ほど仲のいい子がいたけど、二人とも高校が離れちゃったんだ。
この学校に、小学生のころから同じ学校、つまり10年目を一緒に過ごしている人たちもいるけど、みんな話したことのない人たちばかり。
いまさら仲よくしよう……っていうのは、だいぶ厳しいのでは。
それに、友達を無理して作ろうとしなくてもいいかな、って思っている。
一人ぼっちだけど、けっこう自分なりに楽しんでいるから。
新感覚、みたいな。
今までとは違う世界が見えてくるような気がするんだ。
友達といて、会話についていけなくて悩むことも、もしかしたら傷付けちゃったかもって毎日一人反省会することもない。
一人で寂しい……かどうかは、正直私自身もわからない。
だけど、意外と気楽ですっきりした気持ちになる。
友達を作るのは、もう少し後でもいいかなあなんて。
でもいざ作ろうって思ったときには、もうグループもできちゃって、私の入る余地なんてないんだろうな……あはは。
うさぎさんの形をしたウインナーを、ぱくりと口に運ぶ。
チーズ入りだ、おいしい。
最後にデザートのいちごを食べて、かたんと蓋を閉じる。
それをお弁当用の小さいバッグに入れ、左腕に抱えた。
ふわりと、朝よりもまた少しだけ気温の上がった風に吹かれる。
髪がなびき、ぎゅっと右手で押さえた。
……暑いと思っていたけれど、やっぱりまだ春の風だ。
春というよりは、初夏と晩春が交ざっている、ような。
————友達のいない日常なんて、他の人にとってはつまらないかもしれない。
だけど、私にとってはいい毎日だからいいんだ。
「そろそろ行こうかな」
昼休みと放課後だけ使用が許されているスマホを、スカートのポケットから取り出した。
電源を入れると、時間が表示される。
昼休みが終わるまであと30分以上あった。
特にすることもないけど、食べ終わっちゃったし教室に帰ろう。
なにか……やることとかあったっけ。
テストも終わったばかりで、慌てて勉強するようなこともないし。
残り時間をどうやってすごそうか、と考えながら、校舎裏を出た。
さっきの渡り廊下のところから校舎に入り、廊下をのんびりと歩く。
……そうだ、せっかくだから図書館に寄ってみようかな。
テスト期間中で全然行けていなかったし。
読書が特別趣味ってわけじゃないけど、図書館の雰囲気は好きだ。
本の温かさ。
ページをめくるかすかな音だけが響く、静かな室内。
ときどき時間があるときに、通っている。
図書館が真反対の方向だったことを思い出し、慌てて引き返す。
図書館があるのは、特別棟の三階だ。
階段を上り、目的地を目指す。
そうだ、なにか借りてみようかな。
夕飯のレパートリーを増やしたいし、料理の本とか。あるかなあ。
そう考えながら、教室の並ぶ西棟や東棟とは違う、少しぼんやりとした暗さのある特別棟の廊下を歩いていると。
「や……ちょっとっ」
そのとき、近くから女の人の声が聞こえてきた。
……誰か、いる?
特別棟は美術室や音楽室とか、そういう教室が並んでいる場所だ。
だけど他は空き教室ばかりだし、昼休み真っ只中のこの時間に人はたぶんあんまり来ないと思うんだけど。
どこだろう、とちょっと気になってきょろきょろしていると、すぐ近くの教室のドアが少し開いていることに気が付いた。
誰もいないだろうけど……と思いながら、完全興味本位で少し覗いてみる。
————えっ!?
暗くてくわしくはよくわからないけど、制服のはだけた男女二人が見えた。
い、いるっ!?
あれって、生徒? え……な、なにしてるんだろ。
そしたら、二人の影がぐっと重なった。
わっ、え。
私はバッと視線をそらし、教室に背を向けた。
……え、えっとあれは、な、なんでしょうか……。
心臓が、どきどきと脈打つ。
————桜庭芹菜、未知との遭遇です。
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