フェイク・フレンズ

桜田実里

第1章 私にとっては、いい日常 side芹菜

第1章 ①

 カーテンから暖かい日の光が差し込む、白を基調とした部屋。

 私は、ぱちりと目を開けた。

 むくりとベッドから起き上がると、寝ぐせでうねった髪が頬にかかる。


「う……」


 さらりと髪を右手でよけ、枕元に置いてあるデジタル時計を確認する。

 そこには【6:05】と記されていた。

 暖かい日の光、というなればそれは朝の光。


 どう考えてもPM"6:05”でないことは、誰にでもわかる。


 布団から出て、私はカーテンを開けた。

 ぶわっと入ってきた朝日が、私・桜庭さくらば芹菜せりなを照らす。


「う……あ、つい」


 たぶんそれは、今が五月の中旬だから。

 空は、雲のない快晴。

 気温は……20度くらいありそう。


「芹菜ー、早く降りてきなさーい」


 一階から、お母さんの声が聞こえてきた。


 わ、急がなきゃ。

 私は二階の洗面所で顔を洗い、部屋に戻る。


 そして、洋服掛けに掛けてある制服を手に取った。

 濃いピンク色をしたタータンチェックのスカートを履き、それと同じ柄のワンタッチリボンを首元につける。


 真っ白なベストを上から被って整えたら……よし、できた。



 カバンを持って、一階へ降りる。


「あ、おねーおはよ」

「おはよう、春輝はるきくん」


 リビングのドアを開けてさっそく挨拶を交わしたのは、弟の春輝くん。

 私のことをおねーと呼ぶ、小学四年生の男の子。高校一年生の私とは六つ年が離れている。


「春輝手伝って。芹菜は先に髪やっちゃいなさい」

「うん」


 キッチンでせわしなく動くお母さんの言う通り、私は髪を整えるために洗面所に向かう。

 鏡の前に立った私の姿は……まあまあな仕上がり。



 ねぐせ、けっこうひどいなあ。

 胸のあたりまで伸びる私の髪は割とストレートだけど、くせはちゃんとつくから、熱を与えれば自由自在だ。


 ヘアアイロンのスイッチを入れ、カールドライヤーである程度整える。

 それから熱くなったアイロンで後ろと前の髪をまっすぐにして寝ぐせを直し、毛先に大人しめのワンカールを入れる。



 最後にヘアオイルをなじませて、うん、たぶん大丈夫。


 少し曲がっていた胸元のリボンを整えてから、リビングに戻った。


「お母さん、なにか手伝うことある?」

「じゃあこれ、運んで?」


 私は三人分のお味噌汁が乗ったおぼんを受け取り、ダイニングテーブルに置く。


「じゃあ、食べましょうか」


 エプロンを外しながらこちらにやってきたお母さん。

 私と春輝くんもそれぞれ席に座り、手を合わせる。


「いただきます」


 私の家族は、お母さんと、弟の春輝くんと、そして私の三人だけ。

 お父さんは私が生まれる前に交通事故にあい、お星さまになった。

 だから、会ったことはない。


 寂しいといえば寂しいけど、寂しくない。

 私には、家族二人がいるから。


 あとは……。



「ごちそうさまでした」


 食べ終わった私たちは、またそれぞれ動き始める。



❀◦✴◦♪◦❆◦❀◦✴◦♪◦❆



 出かける支度をしてから、私は春輝くんと玄関へ向かった。


「いってきまーす」


 そう言った後、一足先に運動靴を履いた春輝くんがドアを開けてくれる。


 すると、春の終わりを告げる暖かい風がふわっと入ってきた。

 ローファーを履いて、二人一緒に外へ出る。


「う、やっぱり今日、暑いね……」


 前言撤回。暖かいなんてものじゃない。これは熱風だ。


「な、すげー暑い。何度くらいあんだろー」


 一軒家の屋根が連なる隙間から光る太陽が眩しくて、思わず手を目元にやった。


「あっ、りつくん」


 そう春輝くんの声が聞こえ、もしかしてと横を向く。

 そしたら案の定、私と同じ制服を着ている男の子が隣の家からちょうど出てきた。


 男の子は私たちの視線に気が付いたのか、こちらにやってくる。

 ほんの少しの距離、だけど。



「おはよう」


「はよー律くん」

「おはよう、律くん」


 私たちの返したあいさつが、被る。

 そんな様子に優しい笑みを浮かべた彼は、私の幼なじみである同級生の美桃みとうりつくん。


 幼稚園生のころからの顔見知りで、こんな私とも飽きずに仲良くしてくれるほど優しい。

 さらさらの黒髪。157センチくらいの私よりも頭一個分高い身長。


 出会ったときにはもう律くんのほうが身長が高かったし、私よりもずっと大人っぽい。

 まるでお兄ちゃんみたいだなって、私は勝手に思ってるんだけど。



 三人で並んで、住宅街の中を歩いていく。

 ここは、都会の中心から少し外れたところ。私たちが住んでいるのは、この町の中でもわりと大きな住宅街だ。


「そういえば今日、15日だっけ。芹菜当たり日だろ」

「あっ、そうだ……15番。何の教科があったかな」


 律くんの言葉に、私は慌ててうーんと頭を回転させる。

 えっと、えっと……。


「今日当たるのはたぶん、科学と現国くらいだと思う。科学だけノート貸そうか」


 現国は教科書読むだけだろうし、と付け加えながらさらりとそう言う律くん。


「えっ、でもそれじゃ律くんが困るんじゃ……」

「別に大丈夫。教室着いたら渡すから」

「ご、ごめんなさいっ。でも、ありがとう……!」



 正直もし当たったらって考えてしまっていたから、助かる。

 律くんは、やっぱり優しい。普段はクールで口数は少ないけど……でも。


 長い長い住宅街を抜けた先には、春輝くんの通う小学校がある。

 校門前で春輝くんと別れ、二人で高校へ向かった。

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