幕開け
気が付いたら1か月ほどが過ぎ、2年生初めてのテストまで2週間を切っていた。この学校はこの辺ではまあまあの進学校なのでテスト週間ということで部活も休みになっていたわけだが、
「よし、今日もやってくかぁ。」
どういう訳か、先輩も同級生もこの前入ったばかりの後輩たちまでもやる気満々だった。いや、これはこの部活の伝統と言っていいのだろう。
「今日からテスト週間だということをしっかり意識して取り組んでください。」
そう、僕たちの学校の陸上部は自主練をするのだ。しかも、テスト週間に。そんなこんなで結局僕は汗を流すことになってしまったのだが、
「ふぅ~」
結局僕も運動部の端くれだし、動くのは好きなんだよなぁとそんなことを思いながら自分の教室に戻って小さめのため息をついていた。そこまで自分の体が疲れていないことに違和感を感じながらも時計を見て今日の部活を思い出した。今日はウエイトトレーニングも何もない完全な個人練習、技術練習ばかりしていたからそこまで疲れていないのか。視線の先には5時をちょっとすぎたくらいの時計があった。そりゃ疲れるわけないよな、いつもは6時過ぎまでやってるってのに。
「よいしょっと。」
そう言って僕は自分のカバンを机の上にあげた。部活の着替えを済ませた僕は荷物の整理をしてすぐさま勉強しようと思っていた。
「ありゃりゃ」
僕はすごく整理整頓が苦手だった。だから目線の先、カバンの中には乱雑に入れられた教科書類があった。絶対使わないような物も気が付いたらずっと放置されてしまっている。それが僕のカバンであった。
「お、お疲れ様。勉強してたの?」
そう言ったのはまさしだった。
「いやいや、部活よ。」
「えぇ、テスト勉強期間なのに?ぶらっく?」
「違う違う、やらせてくださいってお願いしてるのよ。大会前だし。」
「ふーん、大変だね。」
「ま、お前が文化部だって聞いたらみんなびっくりするだろうな。」
「そう...なのか?」
まさしは褐色の健康的な肌をしているし、体育の授業でも運動神経で活躍していた。
「まぁ僕は囲碁将棋部でも文句があるわけではないけどね。」
「いじんなよ~」
そう言うが、こいつは自分からそれをネタにするような奴だし、何よりめちゃくちゃこいつは将棋がうまい。ちょっと前に手合わせしていただいたのだが、見事にボコボコにされてしまった。そして大会でも囲碁、将棋両方において優秀な賞を収めていた。まぁ受賞時の僕はまさしのことなんて全然知らなくて、ついこの前教えてもらったんだけど。
「てか、帰るんじゃないのね。」
「いやさー、正直ちょっと勉強しないとなんだよね?」
「俺と勉強しない~?」
「今?」
「いや明日」
「しょうがないね。」
明日はたまたま部活の自主練もお休みだった。木曜だったからだ。
「やったね、じゃまた明日なぁ~。」
そんなことを言いながらまさしは傘を持って去っていった。
「よし、これで集中...」
「あら、お疲れさま。」
集中できなくなってしまった。僕はこのクラスに属してから彼女のことはそっと流し目していたくらいだったのだが、気づいたらまぁまぁ意識し始めていた。
「部活行ってたの?」
「そうだけど、なんで?」
「いや席隣だし、スッと着替えてたじゃん。」
バレていたのか、恥ずかしい。
「大変だね、もしかしてブラック?」
「先生にやらせてくださいってお願いしてるのよ。大会前だし。」
なんかさっきも同じ返答をした気がする。
「そうなんだ、大変だね。」
...2回目だな。
「ところで、隣で勉強してもいい?」
「え?いいよ」
さっきまで図書館ででも勉強していたのかなと思いつつ、僕は自分の勉強に集中...したかった。だが、実はここ1か月くらい杠さんとちゃんとは会話できてはいなかった。それは話のネタがないというのもあったのだが、それ以上に変に意識してしまっていたからだった。
「ん?どうしたの」
そんなことを普通に聞いてくる杠さんは、いったい何を不思議に思ったのだろうか。
「い、いやなんで?」
「全然集中できてなさそうだったからさ?」
「いやさ、そうだ。ちょっと会話しながら勉強やらない?教えてほしいところあるし。」
「う~ん、じゃあ10分だけ話そ。その後また勉強して...みたいな。」
「わかった。」
彼女は何とも賢そうな提案をしてきたので僕は受け入れた。
「ま、確かにあんまりちゃんとは話せてなかったしね。野村くんと、」
「う、うん。そうだね」
やばい、何も話すことを決めていなかった。
「うん。」
彼女のその声を境に1分ほど空調の音が周りを包む。
「そ、そうだ。」
僕はそんな言葉でこの静寂を止めようとする。
「最近何かある?」
「っ、ふふふ」
なぜか僕の言葉を聞いて彼女は笑う。
「話すことないの?」
そんなことを言って彼女は笑いながらも話題を出してくれた。
「じゃあさ、ここ1か月過ごしてみてどう?このクラス。」
「うーん、居心地は良いかな。」
「どうして?」
「なんていうか、去年は同中のやつらばっかりとつるんでいたからさ。知らなかった人と久しぶりに仲良くなるってことをやれてるし。何より...」
「何より?」
気になっている人ができたなんて言えるわけなかった。
「...内緒かも?」
「えー気になるなぁ。」
いや、逆にここで言うのはどうだろうか?におわせるみたいな感じで。そんなことを考えて僕は何とも気持ち悪いことをしようとしていたことに気づいた。
「なんか、新生活って感じで楽しいんよね。ってだけよ。」
「それはわかるかも。」
適当にごまかしたつもりだが、共感を得られて少しうれしかった。
「逆に、杠さんは?」
「わたしか~。」
そう言って彼女は少しの間を開けてそう言った。
「すごく楽しいね、まぁでも大変でもあるけど。」
「もう高2だしねぇ、」
と、そんなことを話していたら気づいたら20分ほどまで喋ってしまっていた。
「じゃ、勉強再開しようか。」
「うん。」
僕の提案にすぐに杠さんは乗っかって勉強が始まった。
「あ、」
彼女の声で、もう45分は経ってしまっていたことに気づいてしまう。
「全然集中しちゃってたね。」
そんな声でそっち側を向いて、僕は言葉を出す。
「もうそろ出ないとだね。」
「そうだねぇ~」
そんなことを言って杠さんはシャーペンを筆箱に入れた。
「そういえば、教えてほしいところって?」
「えっとー」
僕が話す口述に使っただけのそんな言葉への返しになにも返せなくなってしまった。
「...じゃあまたわかんないことがあったら教えてね。」
「ありがと、...そうだ」
僕はとっさに思いついたその提案を繰り出した。
「次のテスト、勝負しない?」
「おk、負けないよ」
そう言って僕は杠さんと玄関に向かうのだった。
「んで、俺と別れたあと、一緒に勉強していたと、あの杠さんと。」
翌日の放課後、僕らはスタバに来ていた。
「んでさ、勝負することになったんでしょ?点数」
「そ、そうだね。」
「いいなぁ、喋る理由作っちゃって。」
「うん、作った。」
「何だお前」
急に肯定する僕にまさしはそんなツッコミを入れた。
「それでさ、勉強教えてもらったんでしょ?朝」
「そうだね。」
別に杠さんが早起きしてくることを見越してではないが、あくまでテスト期間なので今日僕は朝礼の1時間前に登校した。...まぁすでに杠さんはいたんだけどね。
「杠さん英語得意って言ってたからね。」
「よく覚えてたね。」
「まぁ...」
恥ずかしくなってしまった僕はそう誤魔化した。
「てか、今日は俺に数学教えてくれるんでしょ。」
そうだった。そんな約束を昼休みにした覚えがある。
「で、どこが分からないんだ。」
「全部!」
こいつは本当に理系なのだろうか。
「じゃあ三角関数からね。」
そう言って僕はコーヒー片手にだべりながら勉強を進めた。そうして、2時間くらいだった頃、は、杠さんの話を始めた。
「いいなぁ美少女と勉強なんてさ。」
「急にどうしたのよ。てか、お前も頑張って誘えよ。」
「お前もたまたまだろ、てか、告白しないの?」
「うーん、まだかな。」
「まだって、するつもりなんかい。」
まだ、ね。
「どうだろうね。」
なんだ、お前。と言いたげな顔をしてふとまさしはスマホを持つ。
「やべ、電車の時間だ。今日はありがとよ!」
そう言って、急いで片付けたまさしはそのままホームに向かっていった。
「...忙しないやつだねぇ」
そんなことをぽつりと言ってコーヒーを片付け、机に戻ってスマホを見るとLINEが来ていた。
「杠さんからだ。」
しかも、2件も
「...どうしよう、」
いや、実は昨日、玄関で交換したし、多分杠さんは僕の昨日のLINEに返信してくれただけだとは思うのだが。
(緊張する)
こういう時は...っと、そんなことを思いながら僕はLINEのなつはの欄を長押しして、既読をつけずに見ることに成功した。初めてやったけど、
(昨日した質問の回答だ。)
そう言えば、詳しいことはLINEで送った的なことを朝言っていた気がする。
「返すか...」
それに僕はありがと!とだけ返し、心を落ち着かせた。そしてふぅーっと、深呼吸をして、僕は店を出た。その晩に来たまさしからのLINEの通知を杠さんと勘違いしてドキッとしてしまったのはまた別の話だった。
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