第5話 放課後

「麻里亜ちゃんはまだ…みたいだね。先に作業始めようかな。」


放課後の図書室は西日が差し込んでとても綺麗だった。

窓の外から聞こえてくる運動部の掛け声をBGMにして、目の前のまだ片付いていない本を手に取った。



どのくらい時間が経っただろう。時計に目をやると、作業を始めてから時計が一周していた。麻里亜ちゃんはまだ来ない。


「あれ?忘れちゃってるのかな。」


こう言う時は連絡を…と思ったが、そういえば麻里亜ちゃんの連絡先を知らない。せめて連絡先くらい昨日のうちに聞いておくべきだった。


さっきまで西日が差し込んでいたのに、だんだん外が薄暗くなってきている。

運動部の声に紛れて、カラスの鳴き声なんかも聞こえてきた。


目の前にはまだまだ手付かずの本が山のように積み重なっている。


「これ、今日中に終わるかな。」


明日こそは部活動見学を咲ちゃんとしたいのに、これじゃ終わらないよ。

思わず手が止まりそうになる。いけない!とにかく手を動かして、早く作業を終わらせないと。


しかし焦れば焦るほどミスが増えていく。さっきまで順調に片付けていたのに、急ごうと思えば思うほど、本を落としてしまったり、片付ける場所を間違えたりしてしまう。


その時だった。キイ、と音を立てて、図書室のドアが開いた。


「麻里亜ちゃん!」


思わず声を上げてしまった。

しかし扉から入ってきたのは麻里亜ちゃんではなかった。ネクタイの色は青色。一つ上の上級生だ。彼女はきょとんとした顔で私を見た。


「すみません。間違えました。」

「いいよ。気にしないで。一年生だよね、図書委員会?」

「はい。」

「私も去年は図書委員会だったんだ。懐かしいな。この時期は蔵書点検で忙しいよね。」

「はは…そうなんです。」


スラリとした長身で、とても綺麗な人。彼女は口元に手を添えて、ふむ、と考える様な仕草をした。長いまつ毛は、伏目になると、陶器のような綺麗な肌も相待って人形のようだ。


「一人で作業してるの?」

「はい。」


私は苦笑いをした。


「大変そうだね。」

「いえ、そんなことないです。全然大丈夫です。」

「ふーん。そんなふうには見えないけどね。」


彼女はさっき私が床に落としてしまった本を拾い上げてパラパラと中身を確認してから棚に戻してくれた。


「手伝うよ。」


ニコッと先輩は微笑んだ。その姿はまるでキラキラした王子様みたいだった。こんな綺麗な先輩に手伝ってもらうなんて申し訳ない。


「だ、大丈夫です。」

「あと30分で図書室閉まっちゃうよ。二人でやればすぐに終わると思うけどな。それに元図書委員会だから本の場所も大体把握してるしね。」


時計に目をやると、確かにあと30分で図書室を閉めてしまう時間だ。


「その…申し訳ないです。」

「後輩なんだから先輩に甘えていいんだよ。ほら、やろう。」


先輩は腕まくりをして、本を片付け始めた。さすが元図書委員会。テキパキとしていて、手際がいい。私も慌てて作業を再開した。先輩が本を抱えて、私の横を通る度にふわりと優しい花のような香りがする。


「いい香り…。」

「ん?どうしたの?」

「いえ、何でもないです。」

「そう?ほら、あと少しで終わるよ。二人でやれば早いね。」

「本当にありがとうございます。」


私は深々と頭を下げた。


「どういたしまして。」


先輩はニコッと笑った。


あっという間にあれだけ大量にあった本が片付いた。時計を見れば、図書室を閉める時間ぴったりだった。


「本当にありがとうございました!」

「いいよ、困ったらまた声をかけてね。あっ!」


先輩は何かを思い出したように、置いてあった鞄から本を一冊出した。


「今日本の返却をしようと思って来たんだった。これ、お願いしてもいいかな?」

「はい、もちろんです。」


本の返却カウンターに移動しようとした時、図書担当の先生が入ってきた。


「はい、今日はもう閉めるよ。」

「先生すみません。図書の返却手続きだけしてもいいですか?」

「残念ー。時間が過ぎていますので明日にしてください。」


先生は問答無用で、私たち二人を図書室から出してしまった。


「先輩すみません。本の返却に来たのに、手伝わせてしまった挙句に返却もできなかったなんて申し訳なさ過ぎて。本当にごめんなさい。」

「大丈夫。返却期限までまだ数日余裕があるから。また来るよ。」


ヒラヒラと手を振る先輩に私は何度も頭を下げた。


「そんなに謝らないで。ほら、こうやって返しそびれたってことはさ、また君に会える口実も出来たわけだし。」


先輩は少し屈んで私に視線を合わせて微笑んだ。こんな至近距離に端正な顔立ち。同性なのにときめいてしまいそうだ。というか、今自分どんな顔をしているのだろう。顔が火照っている。


「なんてね。じゃあ、また今度ね。」


先輩はひらりと手を振って、踵を返した。

私はその後ろ姿をただぼーっと見つめていたのだった。


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