遥かなる世界と雄牛のアーティファクト

ムディフ

第1話 白き世界と2つの精霊 ①

 目眩がする


 少しづつ鮮明になっていく視線の前には曇り空と降り荒れる雪だけが広がる。


どうしても動く気になれなかった。


””そうか、このまま死んでしまうのか””


 教会での日常が走馬灯のように思い出される。


 おじいさんが用意してくれた誕生日パーティの思い出や夕方まで教会の裏庭で鬼ごっこをした思い出が溢れてきてあの頃が恋しくなった。


 誕生日プレゼントで貰った恐竜図鑑とファンタジー小説をこっそり夜中まで一緒に読んでおじいさんに怒られたり、教会の裏庭でみんなでかくれんぼして最後はみんなで残りの一人を夕方まで探したり、そんな日常が何気に楽しかった。


 学校に馴染めなくて「学校に行きたくない!」ってわがまま言ったら一緒に学校まで行ってもらったこともあったな。

 

 「困ったときは俺に頼れ」、「泣かないでよ、今晩はこっそり出かけよ。金はある」

その言葉に何度救われたか分からない。


 ””もっと教会で暮らしたかったな””


どんなに思い出そうとしても思い出に出てくる人の顔にはモザイクが掛かっていてうまく思い出せない。


 なにか物足りない感じがする。


 大切な一欠片が抜けたような…。


 その一欠片を探すように考え込んでいたら徐々に意識がそのことにだけ集中する。

 

 鮮明だった世界はぼやけていって最後には雪と曇り空が混ざった。


 薄暗い夜道にただ一人置いていかれたような孤独はもう嫌だ。


 ひたすらに一人が怖い。


 世界から自分一人だけが隔離されたようにのけ者にされたようになにも無い現実とひたすらに向き合う。


 ゴォォオオ ゴォォオオ ゴォォオオオ


 鋭く禍々しい重低音とともに世界がまた鮮明になった。


 空に羽ばたく鳥の群れが危険を知らせるように鳴きながら咆哮の主から逃げるように飛んでいるのが見える。


 さっきまでそこで休んでいたであろう動物もその知らせを聞いて次々に鳥の群れと同じ方に逃げていっているのが地面の揺れでわかった。


””逃げないとだめだ””


心臓の鼓動が早くなっていくのがわかった。

それでも体は動こうとしない、少しづつ地面の揺れが大きくなっていくのがわかる。

得体の知れない強大な何かがこっちに来てる。

””どうすれば良い””

少しづつ

””頼む動いてくれ””

それも確実に

””いい加減動いてくれ’’”

地面が揺れる

””動けって””

揺れは大きくなる

””頼む””

目にそれの影が入る

””動いてってば””

どれだけ叫ぼうと体は動かなかい、あまりの恐怖に思わず目を閉じてしまった。

一瞬、腕が乱暴に引っ張られるのを感じる。


””僕を食うな””


 半ばあきらめていたその時、少しの浮遊感の後に地面に叩きつけられるような痛みが襲う。


>[危険を検知]

>[サポートを開始します]


 何が起きたのかさっぱりわからなかったけど咄嗟に腕で頭を覆って丸くなった。


 震えを抑えるように腕に力を入れる。


 不思議なことに飛ばされてから何かが起こることはなかった。


 薄々もう助かったのではないかと考えるようになっても、動いたら死ぬかも知れないという恐怖からなかなか動き出せないでいた。

 

 その恐怖とは裏腹になにも起きないまま時間だけが進んでいく。


””助かったんだ…””


 安心しきった瞬間から徐々に緊張がほぐれていった。


 さっきまで全く感じられなかった乗り物に乗ったときの向かい風を感じることが出来た。


 ゆっくり目を開くと木製の床が見える、そのまま丸めていた体をゆっくりと上げたら馬のような乗り物でソリを引く分厚い毛皮のコートを着た人が見えた。

 

 念の為に後ろを確認すると荒い鼻息をたてながらこちらを追いかける恐竜に似た生き物がいた。


 ””あいつだ、あいつが咆哮の主に違いない””


一目見た瞬間に確信する。


太くて長い首とコウモリのように生えている翼手そして空洞音のような鼻息…


 昔に本で読んだワイバーンの特徴と一致しているじゃないか。


 トラックほどの巨躯で追いかけてくるそいつを見て胸が高鳴っているのを感じる、命の危険を前にして僕は興奮している。


””こんな感覚は初めてだ””


 状況が少し良くなっただけでこんなにもワクワク出来るなんてさっきの僕には到底考えつかなかっただろう。


 日常ではきっと感じることの出来ない爽快感を感じながらヤツの方をみていたら


 「シュカイネアリャルリゼルガ」


コートを着た人が何かを伝えるようにそう叫んだのが聞こえた。


>[言語を確認]

>[解析を開始します]


多分何かを命令しているのだろう。


 「任せてください」


しかし、そうは言ったもののどうしたものか。

 

 坂が穏やかになるにつれてワイバーンとの距離は縮んでいっている。


 「シェイナアシュルリゼルタ」


””どうすれば良い?””


 毛皮のコートを着た人の言葉を聞いて打開策をひたすら考えた。


 自問自答を繰り返したけどなにも思いつかない。 


 もう一度やつの方をチラッと見た後にソリの右側に固定されている、成人男性ほどの大きさの所々に装飾の施されたクロスボウが目に入る。


 「わかったぞ」

思わずそう呟いてしまった。

 

 飛ばされないようにソリにしがみつきながらそのクロスボウを固定する3つの革製のベルトを外していった。



腕くらい大きい矢があらかじめセットしてある。


 矢をつがえるために両足で弓の部分を抑えながらストリングを引っ張ってみる。


””重たい””


止まっている車を動かす時のような感覚がする。

足でクロスボウの弓の部分を押さえて体を倒しながら引っ張ってみようとしたが動く気配がしなかった。


””全然引けないじゃん”


 焦りに晒されながらひたすらに引っ張ってみたが何度やっても上手くいかなかった。


 こんなことをしてる間にもやつは近づいてきている。ひたすら無我夢中で引っ張っていった。


>[行動を認識しました]

>[直ちに補助を開始します]


 集中していたからなのか、すこし意識が飛んでいたが手元を見ると矢はつがえてあった。


 ヤツの方を見ると肌の質感がわかるくらいには近づいてきていた。

 

””さっきより早くなってる””

 

 遅くなっているこちらとは対象的にやつは少しづつ早くなっている、もしくはさっきから全く変わらないスピードで追いかけてきているのかもしれない。


 少しソリの前方にずれてそのままソリに背を預けた、クロスボウを右足の膝に乗せた状態で足を曲げてそれを支点にする。


 外すことが許されない中で緊張と興奮が最高潮に達する…


>[番号を解析中]


 トリガーに指を添えた瞬間にどこからともなくエコーのかかった男性の声が聞こえた。


>[媒体聖獣 {シュイナク・エルダー}]

>[階  級 {天 聖 獣}]

>[制  作 {カヌ=シュサーナ}]

>[魔力内包 {50}]

>[参照番号 {12}]

>[アーティファクト 参照完了]

>[意識維持可能を確認]

>[最適化を開始しますか?]


 説明の内容はさっぱりだったけどとにかく出来る返事は一つだけだ。

「お願いします!」

威勢よくそう答えた。


>[承認を確認しました。]

>[参照番号12番への最適化を開始します]


少しづつ膝への負担が和らいでいくのを感じる、

最後には腕だけでクロスボウを持ち上げることが出来るほど軽くなった。 


 ワイバーンが力強く地面を蹴り上げてこちらに大きな口を開けながら飛びかかってくる。


>[対象を確認]


 急いで照準を合わせたが運良くヤツの口に合わさる、それと同時にクロスボウ先端に赤色の魔法陣が展開した。


 ワイバーンは息を感じれるほどの距離にいる。


””急げ””


 ヤツの動きがコマ割りされているようにゆっくりに感じる。


 肌のゴツゴツな鱗におぞましい裂肉歯と先端が2つに割れている舌やその上に乗る小さな雪…。


 それら全てがワイバーンの生きる証明だ。


 夢でも妄想でも想像でもなく確実にそこで生きている。だからこそ…


””全力で迎え撃つ!””


>[最適化 完了]

>[実力行使を開始します]



 

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