2話

2-1

 モルタル塗りのサークル棟の前で、私は夏希を待っていた。どうやら新しいバンドメンバー候補を紹介してくれるらしい。春の日差しが柱の影を揺らし、なんとなく落ち着かない気分になる。

 少ししてから軽快な足音とともに夏希がやってきた。彼女は白のタンクトップにオーバーサイズのデニムジャケットを羽織り、スニーカーを履いている。ラフな服装なのに、どこか健康的な明るさがある。

 

「あ、夏希……」 

 意識して呼び捨てする。彼女とはバンドを組むことになった後、夏希から「もう呼び捨てでいいし、タメ語で話してよ」と言われたのを思い出した。


 ――――私たち同級生なんだし、そんなに敬語とかいらないからね!

 1歳年上の同級生、夏希。そう言って笑う彼女の顔は、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。


「夏希……」 

 口に出してみたものの、まだぎこちない。恥ずかしさで顔が熱くなる。呼び捨てもタメ語も、引っ込み思案の私には性急すぎる。夏希とは仲良くなりたいんだけれど……


「結、紹介するね!平泉ひらいずみりんちゃん!」 

 シャープな黒髪と中性的な印象の顔立ちが印象に残る女性だった。白のシャツに黒いスリムパンツ――全身的なモノトーンで統一されたコーディネートは、都会的なクールさが漂っていた。


「ベースやってます。平泉です」 

 低めの声で自己紹介すると、凛は軽く会釈した。平泉凛――夏希から聞いていた、バンドのメンバー候補の少女。鋭い目つきは猛禽類のようで、クールな雰囲気と相まって、少し怖くも思えた。美人だけど。あっ、視線が合った。……やっぱり怖い。

 

「ギターの星ヶ丘結です。……よろしくお願いします」 

 つい小声になってしまった。視線が絡むのが怖くて、ぎこちない笑みを浮かべるだけで精一杯だった。心の中では「ビビってないよ」と弁解したいのに、口が動かない。

 

「……ベースはどれくらい弾けるか見てもらったほうがいいですよね?」 

 凛が静かな声でそう切り出すと、夏希はすぐに頷いた。


「うん、練習室で合わせてみようよ」

 そのとき、背後から明るい声が響いた。


「凛!ちょっと待ってよ!」

 振り向くと、一人の女性が駆け寄ってきた。ウェーブが掛かった金髪を揺らしながら、軽やかな足取りで近づいてくる。お腹の見えるインナーに薄手のカーディガンを合わせたスタイルは大胆で、少しドキリとさせられる。


あかね……どうしたんだよ」

 凛がその名前を呼ぶと、金髪の彼女――茜はニコリと笑って息を整えた。


「凛、それは私のセリフよ!あなたこそ、ここで何してるのよ!」

 夏希からは聞いていたメンバー候補の数は1人のはずだった。予定外の来訪者。予感とも焦燥ともつかないものが私の胸に広がっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る