第6話 俺以外には無口でクールな女の子

 授業中にも感じる視線で、昼休みには疲労困憊だった。

「ユイト、大丈夫?」

「……平気」

 じゃないけど。

 心配そうに机にへばった俺を見下ろすアオを思えば、虚勢ぐらい張る。


 教室はいつにも増して静かだった。

 昼休みといえば、わいわいがやがや。女子は昨日のドラマやら推しのアイドルについてお菓子を食べながら語り合い、男子は誰が始めたかわからない鬼ごっこをしたり、誰がエロいだなんだと下ネタをあけすけに交わすものだ。男子の精神年齢低すぎぃ。


 ぼっちな俺が巻き込まれることはないからいいけど、今回ばかりは慣れない話題の中心に疲弊が凄い。なにが凄いって、凄い疲れた。

 火薬庫で火の番をしてる気分だった。いつ爆発するかわからない中、ただただ座り続けるというのはあまりにも心に悪い。授業? まともに受けられるわけがない。


「ご飯食べましょう?」

「あぁうん」

 ぐっと机から跳ねるように起き上がる。どれだけ精神がへたっていても腹は減るものだ。男子高校生のお腹はいつだって無限を内包している。

 ただ、教室で食べる気は起きない。お腹がいくら空いていようが、剣山の上で呑気に食べれるほど精神は鍛えられていなかった。

 どちらにしろお昼はいつも購買だった。


「食べるの、教室じゃなくてもいいか?」

「ユイトと一緒なら、それでいいわ」

 言われて、あぁと嘆きたくなった。アオとお昼を食べるのを当然と思っていた自分を。

 そうだよな。別に一緒に食べなくてもいいんだよな。

 最初から2人で食べるつもりでいた。まだアオが転校してきて2日目だったのに、もう感覚が昔に戻っている。

 たかだか1年半程度、離れていただけじゃ幼少から培った習慣は消えないらしい。


「なんだか難しい顔してる」

「……なんでもない」

 正直に言うのは癪というか、恥部を晒すようなものなので適当に濁しておく。アオがきょとんとして「そう?」と首を傾げた。

 言ったらアオはそうした俺の無意識を喜ぶのだろうけど、俺には認め難いものだった。意識的ならともかく、無意識というのがどうにもよくない。心がむずむずとして落ち着かなくなる。


「とりあえず、購買でいい?」

「必要ないわ」

「……?」

 俺にお昼を食べるな、と言っているわけではないだろう。でも買わないと俺どころかアオもお昼を食いっぱぐれる。

 この学校に食堂なんて便利な施設はないので、生徒のお昼はお弁当を持ってくるか買うかの2択に絞られている。

 前に出前を頼んでこっぴどく叱られたバカもいたけど、アオはそんな常識知らずじゃない。

 ……俺への接し方は、常識からだいぶ逸脱しているけども。


 考えても答えは出ない。

 だから、なんで? と尋ねようとしたら、「あのっ」と声をかけられた。


樋妖ひようさん、ちょっといいかな」

 俺じゃなかった。恥ずかしさを誤魔化すように頭をかいて俯く。この自分に声をかけられたと思って違った時の独特の羞恥心はなんなんだろうか。目の下がやけに熱くなる。

「…………なに?」

 ずいぶんと遅い返事だった。そして、さっきまで俺に向けていた柔らかさとは逆に、表情筋が凍りついた顔が怖い。こういう表情をすると、余計に妖精と形容詞される神秘的な部分が浮き上がる。俺に見せる顔はだいたいふにゃふにゃで、幻想的な美しさは鳴りを潜めるから余計に思う。

 時折とはいえ、見たことのある俺でも一種の怖さを感じる顔だ。初めて見る子にはより恐ろしく見えるはずだ。実際、ひっと怯えたような声を上げている。

 ところで、この女の子は誰?


「よかったらだけど、一緒にお昼とか、どうかなって……思うんだけど」

 お昼の誘いであったらしい。

 後ろを見ると友人であろう女の子たちががんばれーと小さく応援している。なるほど生贄か。もしくは神風特攻。

 となると、彼女はクラスメイトということか。ぼっちを拗らせると、同じクラスの生徒の顔すら覚えられなくなる。それで1年以上困ったことはないので、わざわざ脳の記憶領域に保存する気はないのだけど。俺のアルバムのクラスページは皆のっぺらぼうだった。


 まぁ、俺のぼっち特有の記憶領域はともかく。

 転校したてのアオにとっては悪い話じゃない。どうするのかなぁとちょっと下がると、その気配を察してかノールックで制服の裾を掴まれた。

 ……あぁはい、そうですか。

 返事を聞く前から答えがわかってしまった。


「お断りするわ」

 でしょうね。

 残念だとか、また今度とか、そういった相手を気遣う社交辞令もなし。あーあと思っていると、わかりやすく女の子の顔が蒼白になった。後ろにいる彼女の友人と思われる子たちも固まってしまっている。

 ……空気悪くない? 換気しよう換気。

 窓を見たら普通に空いていて、換気真っ最中だった。空気違い。わかってはいたけど、逃避することも許されないらしい。


「あー、悪いな」

「……い、いえ」

 なぜ俺と思うが、アオが気にかけないなら俺が謝るべきだろう。なにも言わずに去るのも後味が悪い。

 断られた女の子が健気に笑う。いい子だなー。名前も知らないクラスメイト。

「ユイト、行こう」

 それに引き換え我が幼馴染は冬の水道のように冷たい。俺との扱いの寒暖差に風邪を引きそうだった。


  ■■


「よかったの?」

 最初から教室じゃない別の場所で食べるつもりだったが、どうあれあの状態の教室でお昼が喉を通るほど鉄の心は持ち合わせていない。

 ぼっちとして図太く生きてきたつもりだったけど、まだまだ普通の感性を持ち合わせていたらしい。


 逃げ出した場所は屋上に向かう階段の踊り場。床の上が埃でコーティングされていて、お昼を食べるには不適切だが、そのせいか誰も寄り付かないので静かに過ごすには最適な場所だった。

 ぼっちというのは、1人になれる場所を知っているものだ。なにもトイレの個室だけがご飯を食べる場所じゃない。食べたことないけど。


 そんなくだらないことを考えつつ返事を待っていると、なぜか鞄をゴソゴソしてるアオが首を左右に緩く振る。

「いいの。仲よくする気はないから」

「……まぁ、アオがいいならいいけど」

「なら問題ないわ」

 鞄からこっちに顔を向けたアオが笑顔の花を咲かせる。

「ユイトが一緒なら、それでいいから」

「さいですか」

 こうなるとなにも言えなくなる。


 俺としては、クラスメイトともっと仲よくしてもいいと思う。孤高なぼっちを気取って、友達1人いない俺が言えた義理じゃないが。

 中学の頃はクラスメイトとももう少し友好関係を築いていたんだけどなぁ。

 俺にべったりなのは変わらないが、付き合いくらいはしていた。『ええ』『うん』『そう』と2文字以上の言葉は口にしない生返事ばかりだったし、無表情を貫き通していた。そこがクールでたまらないという子もいたが、ただ単に興味がなくて愛想が悪いだけだ。


 俺と距離が空いて。

 少しはマシになったかと思っていたけど、なんだか前より悪化しているように見える。お嬢様学園での生活を思いうれう。

「それより」

 人間関係に難がある無愛想な幼馴染を心配しているのだけど、当の本人にとってはそんなことらしい。興味ないもんね、そうだよね。

 ははは、とから笑いしていると、「これ」となにやら箱状の物を差し出してくる。

 巾着……いやバッグか?

 最初、なんだ? と首を傾げたが、時間と照らし合わせれば答えは明白だろう。

「お弁当か」

「うん」

 アオが照れたようにはにかむ。


 教室を出る前、どうりで購買に寄らなくていいと言っていたはずだ、

 そういえば、中学どころか小学生の頃からお弁当を作ってもらっていた。最初は焦げの目立つお弁当で、わかりやすく手に傷を作ってキャラクター物の絆創膏を貼っていたなと懐かしくなる。

 なので、アオがお弁当を作ってくれるのはおかしなことじゃない。でも、おかしくはある。哲学とかそういう話ではなく、どちらかといえば時間的な問題が。


「ありがたいけど、いつ作ったんだ?」

 俺の借りているアパートの部屋はワンルームだ。

 キッチンこそ別だが、部屋が1つなので隠れてなにかをするのには向いていない。そのせいで、制服に着替えようとしたアオが俺のいる前で脱ぎだそうとする一悶着が朝にあったのだが、それは記憶の彼方に飛ばしたので忘れたことになっている。


 近くのスーパーで色々買っているのは知っていたけど、お弁当を作っている様子はなかった。料理していたのは朝くらいだが、お弁当を用意するほどの時間はなかった。

 どうやって? と、手品を見た気分で差し出されたお弁当を見ていると、アオが種明かししてくれた。


「おかずは昨日の夜に下準備しておいて、朝に仕上げをしただけよ」

「はー」

 そんなに手間がかかってるのか。

 恐れ入るというか、恐縮してしまう。

「ありがたく頂戴します」

「もう。かしこまりすぎよ」

 ははぁと殿から褒美を受け取る武士のようにかしこまる。ふざけすぎと下唇を尖らせるけど、ちゃんと掲げた両手にお弁当を乗せてくれた。


 なるほど。ランチバックだったのか。

 お弁当を取り出す。昔はキャラ物のお弁当箱だったが、今日はよく見る2段の物だった。誰かに見せるわけじゃなくても、この年でキャラ物のお弁当箱で食べるのは恥ずかしいからな。


 よかったと思いつつ、パカッとお弁当箱の蓋を開けて、開けて……そっと閉めた。

「なんで閉めるの?」

「寝不足かなぁ。幻覚が見えた」

 目頭を親指と人差し指でぐにぐにする。

 昨日は久しぶりの布団だったからな。寝付きが悪かったのかもしれない。きっとそうだ幻覚だあははと冷や汗を流しながらもう1回蓋を開ける。


「…………なぜハート」

 桜でんぶの、アニメとか漫画でよく見るお弁当がそこにはあった。

 これ、ファンタジーじゃなかったのか。

 まさか現実でお目にかかると思わず。しばし衝撃を受けているとぴとっとアオが身を寄せてきた。


「どう、かな?」

「……現実のものとは思えない出来栄えだね」

 素直な感想が口を突く。アオはそれを褒め言葉と受け取ったらしく、「ありがと」と頬を綻ばせた。

 いやいいけどさ。

 作ってもらって文句はないけどさぁ。けどさぁ。

 奥歯に物が挟まったようなもどかしさを感じつつも、小刻みに震える手を合わせる。


「……いただきます」

「召し上がれ」

 にっこにこなアオが見ている中、俺はお弁当を食べた。

 味はおいしかった。

 ただ、普段ならもう少し食べたいなぁと感じる量だったのだけど、今日に限ってはどうしてか、食べ終わった頃にはもたれるほどに胃が重かった。

 そんな、やたらめったら重たいお弁当だった。



【あとがき】

サポーター限定SS

『幼馴染の女の子にどうしてえっちな本を持っていないのか尋ねられたその心境』

公開!

https://kakuyomu.jp/users/nanayoMeguru/news/16818093091540070757

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