第4話 幼馴染の味噌汁が1番おいしい
朝の食卓にまともなご飯が並ぶのはいつぶりだろうか。ご飯に魚に卵焼き、そして……味噌汁。漬物もあればザ・日本の朝食といった感じだが、俺が苦手なのでない方がポイントが高い。覚えているのか、気にしてないのか。
エプロンを脱いで正面に座るアオの顔からは窺い知れなかった。
「いただきます」
「……いただきます」
両手を合わせる。ちゃんと食前の挨拶をしてご飯を食べ始めたのも1年ぶりくらいかもしれない。
1人暮らしを初めてしばらくは、家での習慣もあってやっていたが、味気ないコンビニ弁当を食べ続けて、食事に楽しみを見いだせなくなってくると、そうした礼儀も風化されていった。
だからか、昔は当たり前にできていた食事への感謝の言葉に、今は僅かな羞恥心を覚える。正しいことをしているのに周囲の目が気になるような、そんな恥ずかしさだ。
「どうしたの?」
「なんでもない」
首を左右に振る。本当になんでもなかった。ただ、遠ざかった正しさが返ってきて戸惑っているだけだ。
なにから手を付けようかと悩み、味噌汁に手を伸ばす。器もまともな物がなかったので、昨日新しく買ったものだ。新品らしく塗装の剥げもない黒い器を持って啜る。しっかりと出汁を取った味付け。なめこなのがわかってる。
「うまい」
「そう」
思わず零すと、素っ気ないような短い呟きがあった。上目で見れば、なにやら唇がうずうずしていた。褒められて尻尾を振っている犬のようにわかりやすい反応だ。
実家にいた時にもアオの手料理は食べてたし、ちゃんとおいしいと口にしていたはずなんだが、それでも嬉しいものなのか。
それとも、久しぶりだからかな。
幼少の頃から一緒に過ごして、離れていた1年以上。俺が感じている新鮮さのある懐かしさをアオも感じているのかもしれない。
「おかわりもあるから」
「まだ1口しか食べてない」
料理のために束ねた髪の毛先を弄りながら、そんなことを言って手を伸ばしてくる。後でなとその手を下げさせて、味噌汁をもう1度啜る。1人暮らしの時もインスタントとか、お店のは飲んでたけど、1番おいしいのはアオの作ったのだよなぁ。
母親のもまぁうまいが……嫌いと言っているのにトマトを浮かべるのでうまい論争に入らない。そもそもトマトをなんで味噌汁に入れるんだろうか。そんな文化あるのか?
「ごちそうさまでした」
おいしく全て食べきり、残っているのは魚の骨だけだ。朝からここまでしっかり食べたのは久々だった。そもそも食べない時もあるのだから、比べるまでもない。
「お粗末様でした」
嬉しそうにアオがはにかむ。
作ってもらったのは俺なのに、なにがそんなに嬉しいんだか。見ていると、ささっと食べ終わった食器を回収されて、あっとなる。
「俺が片付けるから」
「いいよ。座ってて」
「けど」
と、止めようとしても、そのまま重ねた食器を持ってキッチンに向かってしまう。半端に上げた中腰が、どうにも情けなかった。
皿くらい俺が持ってくし、洗うのに。
というか、料理してもらってそこまでやらせるのはあまりにも罪深い気がする。
どうしよう。
悩みながらも、キッチンへの扉をちょっと開けて顔を覗かせる。
「皿洗いは」
「もう終わるから待ってて」
言葉通り、さっくり泡立てたスポンジで次々洗って、手を出す隙はなさそうだった。肩を落として戻ろうとすると、「お茶はいる?」と訊かれたので、はいと頷いてとぼとぼ扉を閉めた。
ローテーブルのクッションの上に正座する。
朝食を作ってもらって、皿洗いもしてくれて。
実はそれだけじゃなく、昨日は溜まっていた洗濯やら掃除までさせている。週末にやるという俺の言い訳には耳も貸してくれなかった。
腕を組んで唸る。
「……これはいかんのでは?」
いかん気がする。
実家にいた時には、アオにお世話されるのが当たり前すぎて疑問も持たず享受していたが、このままではなんでもかんでも幼馴染にやってもらうダメ人間にされてしまう。1人暮らしの大変さを知った今となっては尚更だ。
アオの有り難さを知ったら抜け出せなくなる。
どれくらい一緒に暮らす気なのかは知らないが、こんなことを1ヶ月も続けられたらずぶずぶだ。
「見直さなければ」
生活習慣を。怠惰な男子高校生の1人暮らしから。
うんそうだと決意を固めて頷くと、ひょっこりアオが扉の隙間から顔を出してくる。
「麦茶、紅茶、コーヒー、なにがいい?」
「……コーヒーで」
わかったと笑顔で戻っていく。
パタンッと閉じる扉を見て、もう1度宣言する。
「見直さなければ」
なお、直せるとは今のところ思っていない。
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