第6話 決着
「あと一人、あと一人だぞ!」
イーサンの声は興奮で震え、勝利が目前にあると信じて疑わない様子だった。
七瀬とイーサンはついに基地の出口へと辿り着く。
視界には無造作に並ぶ軍事車両や倉庫が広がり、地面には動かなくなったサイバースーツがいくつも転がっていた。
「イーサン、落ち着け。さっきの戦闘は運が良かった。最後まで気を引き締めて行こう」
先ほどの戦闘で、七瀬とイーサンは、2体のサイバースーツを撃破した。
そのうちの1人は、ジークに次ぐ実力と評される候補生ノア。
逃げ場のない通路に追い込み、一方的に火力を叩き込むことで辛うじて勝利を掴んだ。
だが、勝利の余韻に浸る余裕は七瀬たちにはなかった。
「フォトン消費が厳しい、残り15%だ。イーサン、お前は?」
「俺も12%。あと2人…いや1人なら何とかなる」
ノアとの戦闘での消耗は大きく、2人のフォトン残量は想定を大きく下回っていた。
七瀬は焦りをにじませながら呟く。
「最後の1人は、俺たちよりフォトンが残ってるはずだ。先に動かないと、勝ち目は薄いと思う」
七瀬の視界に制限時間がちらつく。
試合終了まで残り10分。
もし最後の1人を倒せなければ、勝敗はフォトン残量で決まる。
七瀬とイーサンは7機を撃墜した分、フォトンの消耗も激しい。フォトン残量勝負では明らかに不利だった。
そして、七瀬にはもう1つ気掛かりなことがある。
「ああ、分かってるよ」
イーサンは頷くが、その声はどこか上の空だった。
この試合はバトルロワイヤル。最後には、互いが敵になる。
先ほどのイーサンは「あと2人なら……」と言った。
今イーサンが考えているのは、恐らくどこで手を切るかだろう。
時間が経てば経つほど、痺れを切らしたイーサンがこちらに銃口を向ける可能性は高まる。
その前に勝負を決めなければならない。
ーーその瞬間。七瀬の耳が微かな異変を捉えた。
背後から、フォトンライフル特有の鋭い音が空気を裂いた。
「伏せろ!」
七瀬は反射的に2枚のシールドを背面上部に向けた。
直後、粒子弾がシールドに直撃し、虹色のスパークが一瞬空に散る。
衝撃がシールド越しに七瀬の身体を襲った。
「イーサン、上だ!基地の上!」
七瀬は身をかがみながら、視線を上へと向ける。
そこには、基地の最上部から冷たく見下ろす白銀のサイバースーツが立っていた。
隙のない構え、全身から放たれる威圧感、サイバースーツ越しでも伝わる冷たい視線。
七瀬は一目で、それが誰であるかを悟った。
ーー最後の相手は、ジーク・フェスター。
イーサンが七瀬のシールドに越しにライフルを放つ。
しかし、ジークはそのタイミングを完全に読んでいた。瞬時に跳躍し、イーサンの射撃は虚しく空を切る。
ジークはスラスターを巧みに操り、左回りに軌道を変えながら七瀬たちへと接近する。
その動きは、右側のシールドの越しに射撃していたイーサンの死角を的確についていた。七瀬の上部に構えたシールドが壁となり、イーサンの射撃を遮る形になってしまう。
「邪魔だ!」
イーサンは苛立ち、七瀬のシールドを乱暴に払いのけると、大きく身を乗り出してジークを狙った。
「おい!イーサン、出過ぎるな!」
その瞬間を、ジークが見逃すはずもなかった。
空気を裂く鋭い発砲音。
ジークの放ったフォトン粒子弾は、イーサンのフォトンライフルを一直線に貫いた。
ライフルが爆発し、衝撃波が七瀬とイーサンを襲う。
「……っ!」
二人はその衝撃に耐えきれず、バランスを崩して地面によろめく。
ジークは間髪入れずにスラスターを全開にし、シールドを全面に構えたまま突進してくる。
「!?…ぶつかる気か!」
七瀬も咄嗟にシールドを構える。
次の瞬間、二人のシールドが激しく衝突した。
エネルギーフィールドが唸り声を上げ、衝撃波が周囲の空気を激しく震わせる。
「ぐっ……!」
尋常じゃない衝撃が七瀬を襲った。
必死に体制を立て直そうとするも、足の踏ん張りが効かず、尻餅をつく。
その勢いは背後にいたイーサンにも伝わり、彼は後方へと弾き飛ばされた。
一方、ジークは、驚異的なバランス感覚とスラスターの精密な制御によって、わずかに後退しただけで体制を維持していた。
しかし、シールド同士を高速でぶつけ合うという無茶な運用の代償はあった。
ジークのシールドは耐久限界を超え、光のエフェクトとともに粉々に砕け散る。
「来る!」
七瀬は体制を崩しながらもシールドを構える。
ジークは地面を力強く蹴り、スラスターを全開にして宙を舞った。
鋭い軌道で七瀬を飛び越え、そのままイーサンの目の前に着地する。
「くっ、来るなあああ!」
尻餅をついたイーサンは、近くに転がったライフルに必死に手を伸ばす。
しかし、その手はわずかに届かない。
焦りと恐怖で硬直した体が、イーサンの動きを鈍らせていた。
ジークのフォトンブレードが無慈悲に閃く。
逃げることも、防ぐことも、何一つできないまま、刃はイーサンは右肩から腹部にかけて深々と切り裂いた。
「イーサン!」
目の前の光景に、七瀬の全身が凍りつく。
(次にジークの刃が向けられるのは…自分だ)
2対1の数の有利すら、一瞬で覆したジーク。
左腕のシールドは消えているが、それでも真正面から勝てるイメージは浮かばない。
腰部にはフォトンライフル。ジークとの距離は目と鼻の先だ。
ーー1発だけなら、先制できる。
チャンスは、今しかない。
(もし避けられたら?いや、絶対に当てなきゃダメだ)
もし相手が兄なら、この局面でも避けるかもしれない。ジークもそれに匹敵するだろう。
ただ撃つだけじゃ意味がない。
確実に当てる必要がある。
(必要なのは、ジークの想定を超えること……)
ジークは返す刃で、イーサンの腹部から左肩を切り上げる。
装甲はV字に裂け、サイバースーツの目に宿っていた光が静かに消えた。
イーサンは力なく後方に崩れ落ちる。
ジークは倒れるサイバースーツに一瞥すらくれず、即座に七瀬のいる方向へと顔を向けた。
ーーだが、その動きが一瞬止まる。
七瀬はジークに向かって、2枚のシールドを全力で投げつけた。
放たれたシールドが一瞬、七瀬の身体をジークの視界から遮る。
七瀬は腰からフォトンライフルを素早く引き抜き、引き金を引いた。
ライフル内部で圧縮されたフォトン粒子が、閃光のようにほとばしる。
鋭い音が空間を引き裂き、光の軌跡が残像のように尾を引いた。
粒子弾は、七瀬の放ったシールドを貫通し、そのまま一直線にジークを捉える。
耐久限界を超え、砕け散るシールドの隙間から、ジークがのけぞる姿が見えた。
「詰みだ」
七瀬が冷静に呟き、再び引き金を引き絞った。
追撃弾が立て続けに、ジークのサイバースーツを捉え、爆発の閃光が周囲を照らした。
ジークの機体は数メートル吹き飛ばされ、無機質な音を立てて地面に倒れ込む。
そのサイバースーツの目に灯っていた光は、ゆっくりと暗く消えていった。
『YOU WINNER 』
七瀬の視界に、勝利を告げる文字が浮かび上がる。
(……俺が、勝った?)
実感が湧かず、七瀬は呆然と立ち尽くした。
アドレナリンが急激に引いていく感覚とともに、全身を覆う疲労感が一気に押し寄せる。
しかし、その疲労の奥底から、何かが込み上げてきた。
全身が熱くなり、心臓が力強く鼓動を打つ。
湧き上がる衝動が、体が突き動かす。
「うおおおおおおお!!!」
天に向かって叫ぶその声は、静かな戦場に力強く響き渡った。
人生で初めての咆哮。
自分でも理由が分からないほど、無我夢中で叫ぶ。
身体中に、歓喜が満ち溢れていた。
地面に倒れこんだジークは、その光景を見つめていた。
七瀬の叫びが響くたび、ジークの拳は強く握られる。
血がにじむほどに、固く。
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