第4話 バトルロワイヤル開幕

「これからVR特別訓練のルールを説明するわ」


エネルギーコーチのソフィアの声が響き渡る。

VR訓練に慣れてきた候補生たちも、この日ばかりは張り詰めた空気を漂わせていた。


「候補生20名でのバトルロワイヤル。最後の1人まで生き残るか、制限時間終了時点で最もフォトンを残していた者が勝者よ」


バトルロワイヤルーーそれは候補生同士の初めての直接対決を意味する。


今までの訓練とは違う。相手を直接打ち負かし、勝利を掴まなければならない。

七瀬は、その重圧を全身で感じていた。


「相手を撃破する方法は2つ。フォトン残量を0にするか、アーマーを40%以上損傷させること。実際の競技と同じルールよ」


アーマーとは、文字通りサイバースーツの装甲を指す。

サイバーフォトンを用いた武器を扱うサイバースーツでは、選手の安全を考慮し、装甲の4割までの損傷が勝敗の基準として設定されていた。


「今回、特別仕様で開始地点はランダムになるわ。試合前に15分間、マップ確認と武器選択の時間を設けるから、しっかり確認しておくように」


静まり返った空気の中、一人の候補生が手を挙げた。

ノア・グリーンフィールド。冷静で知的な雰囲気を持つ彼は、ジークに次ぐ実力者と周囲から一目置かれていた。


ノアが冷静な口調で問いかける。


「コーチ、質問です。武器選択ということは、訓練で使用していない武器も選べるのでしょうか?」


その言葉に、七瀬はこの2週間のVR訓練を思い浮かべた。


ーーフォトンブレード、フォトンライフル、サイバーシールド


候補生たちは、この3種類の武器を使い、基本的な戦術練習を積み重ねてきた。


「いいえ。使えるのは訓練で使った武器だけよ。ただし、組み合わせは自由。例えば、フォトンライフルを2丁持つとかね」

「了解しました。ありがとうございます」

「他に質問はあるかしら?」


ソフィアが候補生たちを見回すが、誰も手は挙げない。

既に候補生たちは、戦闘準備に意識に切り替えているようだった。


「それと最後にひとつ。今日の試合は、エルドリッジさんを含めた関係者に中継されるわ。絶好のアピールチャンスよ。頑張ってね」


七瀬の表情が一瞬で硬くなる。

プログラム開始から約1ヶ月。自分がここで戦える存在だと証明しなければならない瞬間が、ついに来てしまった。


(俺は……本当に通用するのだろうか)


喉の奥がカラカラに渇くような感覚が広がった。


******


七瀬は個人ブース内でマップの確認をしていた。

VRゴーグルに映るのは、軍事基地を模した戦闘領域バトルエリア


なかなか厄介な地形だった。

基地内は入り組んだ狭い通路が続き、屋外は障害物が点在し、見通しの良い開けた場所もある。


(屋内は挟み撃ちされやすいし、屋外は狙撃の危険がある。どこでスタートできるかが重要だな)


七瀬はわずかに眉をひそめた。

通常、サイバースーツは開始地点が固定されている。しかし、今回の転送位置は完全にランダム。


「はぁ…」


ため息がこぼれ落ちる。

今回の試合は、運が大きく結果を左右する。


ーークジ引き、ビンゴ、すごろく。


純粋な運が試される場面で、七瀬は当たった記憶がほとんどなかった。しかし、開始地点がランダムである以上、どうあがこうと運の要素は避けられない。


「考えても仕方ないか…」


七瀬は自分に言い聞かせた。

意識を切り替え、ウェポンメニューを開く。

使用可能なサイバーウェポンは3種類。


(基本はブレード、ライフル、シールドの組み合わせだ。でも…)


七瀬の頭には、「武器の組み合わせ」というソフィアの言葉が引っかかっていた。


20人もいれば、試合展開は乱戦になることが予想される。

さらには、自分より格上の相手と直接対峙する場面も避けられない。


脳裏をよぎったのは、ジークの姿だった。

圧倒的な身体能力を持つジークに、正面から挑むのは分が悪い。


(これは、普通にやっちゃダメだ……)


不確定要素が多すぎる戦い。

七瀬は、違う道を模索する必要があると感じていた。


今回の選択肢には《サイバーシールド》が含まれている。

プロの世界でも高く評価される優れた防御装備。


フォトンフィールドを表面に展開し、ライフル弾すら弾き返す堅牢な凧型の盾。ただ、その強固さゆえに試合が膠着状態に陥りやすい欠点もある。


……だが、《フォトンライフル》が2丁持てれば話は別だ。


多少命中精度が下がっても、圧倒的な火力で一気に押し切れる。

特に今回のように、出会い頭に戦闘が始まる場合、瞬間的な破壊力が勝敗を分けるだろう。


ライフルを2丁持っていても、シールドは上腕部に装着できるため、防御面でもそこまでおろそかにはならない。


( でも…これくらいことは誰だって考えるよな)


他の候補生たちも、勝つための戦略を必死で練っているに違いない。

天を仰いでいた七瀬は、急に顔をしかめる。


( もし相手が兄貴だったら、絶対通用しない…)


万能の兄を負かすため、七瀬はこれまで何度も作戦を練ってきた。

だが、生半可な策では兄を打ち負かすことは到底できなかった。


それでも七瀬は諦めずに挑み続けた。

数えるほどしかないが、確かに勝利を掴んだ記憶がある。


その瞬間の手応えと感覚が、七瀬の記憶の底から浮かび上がった。


ーー勝つための鍵は、意外性


「逆に、この流れを利用できないか…」


七瀬の頭に、とある考えが閃く。

どうせ運に頼ったところで、望んだ結果は得られない。

だったらーー思い切って賭けてしまえばいい。


七瀬の口元に小さな笑みを浮かべ、迷いなくメニューから武器を選択した。

その決断は、七瀬の運命を大きく変えることになる。


「10分間の確認時間は終了よ。5分後に試合開始を始めます。急いで準備して」


VRゴーグルからソフィアの声が聞こえる。


七瀬は深く息を吐き、心を落ち着けた。

その瞳にもはや迷いの色はない。


そして、試合開始の合図が告げられた。


*****


七瀬の意識は仮想空間へと引き込まれた。


視界が暗転し、目の前には人が二人並んで通れるほどの幅の通路が広がる。無機質な金属壁が左右に並び、天井からは冷たい蛍光灯の光が降り注いでいた。

ここは、今回の戦闘領域バトルエリアーー軍事基地の内部だろう。


「基地内だ…ツイてる!」


七瀬が考えた戦法は、狭い通路が入り組んだ基地内でこそ真価を発揮する。

自分にしては珍しく運が味方したことに、思わず声が漏れた。


素早く周囲を警戒し、索敵を開始する。

正面の通路は、突き当たりで左右に分かれていた。


( 挟み打ちだけは、何としてでも避けないと )


最悪なのは、左右どちらにも敵が構えている状況だ。

七瀬は息を潜め、シールドを構えながら慎重に正面の突き当たりへと向かう。

壁越に身を寄せ、そっと右側の通路を覗き込む。


そこに、白いサイバースーツが立っていた。


ヘッドアップディスプレイには「▼Ethan Crowley」と表示されている。


「っ…!いきなりか」


息を呑む間もなく、イーサンが2丁のフォトンライフルを構えた。

七瀬は反射的に身をかがめ、サイバーシールドを正面に突き出す。


イーサンの銃口から放たれた粒子弾は、光の軌跡を描きながらシールドに飛来する。


シールドに衝突した粒子弾が虹色の火花を散らし、フォトンフィールドが揺らめきながら攻撃を弾いた。

けたたましい轟音とシールド越しに伝わる衝撃に耐えながら、七瀬は足を踏ん張る。


( よし、何とか耐えられる…! )


七瀬は2のシールドを展開し、銃撃を確実に防いでいた。


ブレードとライフルに加え、あえてシールドを1枚多く選択していたのだ。

その選択が、イーサンの2丁銃による猛攻を耐え抜く要となっている。


状況は膠着状態に陥っていた。

このままでは、互いにフォトンを無駄に浪費するだけ。

あるいは、別の敵に背後を突かれ、二人とも倒される可能性も高い。


だが、これは七瀬の狙い通りだった。


「イーサン、話がある!一度撃つのをやめてくれ!このままじゃ、お互いジリ貧になるだけだ!」


七瀬はシールド越しに必死に声を張り上げた。

銃口は依然として七瀬に捉えていたが、数秒後、ライフルの射撃音が止まる。

シールドを2枚構えたまま、七瀬は続けた。


「イーサン、俺と組まないか?」


ーーこれは、賭けだ。


「見ての通り、俺はシールドを2枚選択してきた。お前が敵を撃つ間、俺が壁役を引き受ける!」


心臓が早鐘を打ち、冷や汗が背中を伝う。

イーサンの銃口がわずかに揺れる。その動きに、微かな希望を感じた。


「はあ?これはバトルロイヤルだぜ」

「候補生同士で組むなとは言われてない!そもそもサイバースーツは2対2の競技だろ?生き残るためには協力した方が勝率が高い」


七瀬に向けられたままのイーサンの銃口が、空中で揺れ動く。

信じるべきか、撃つべきかーーその迷いが、わずかな動きに表れていた。


その時、遠くから銃声と爆発音が響き渡る。

七瀬の視界の端で、煙が渦を巻きながら広がっていった。


「時間がない!他の候補生も近づいてきてる。選べないなら、この話はなしだ!」


七瀬の強気な声には、自分への言い聞かせも込められていた。

もしこの交渉が決裂すれば、七瀬にも未来はないだろう。


ドクンドクンと心臓の鼓動が脳裏に響く。

吐き気がこみ上げるが、それを態度に出さぬよう、必死で抑え込んだ。



数秒の沈黙。


七瀬は、賭けに勝った。


「分かったよ。人数が減るまでは協力してやる」

「!……助かるよ」

「でもな、俺が後ろから撃ったらどうするんだ?」


観念したように銃を下ろしたイーサンが、意地悪そうに笑う。


「この試合は関係者に中継されている。たぶん音声も含めて。サイバースーツの選手は観客にとってヒーローだろ?後ろから撃つやつをプロにしたいなんて思うかな?」


七瀬の冷静な返答に、イーサンが凍りついた。


「お前、いい性格してるな。見くびってたよ」

「自分でも驚いてる」


その直後、通路の奥から、新たな敵が現れる。

七瀬は瞬時にイーサンの前に飛び出し、2枚のシールドを構えて彼を守った。


敵から放たれた粒子弾が、シールドに次々と衝突する。

虹色の火花が閃光を散らし、シールド表面のエネルギーフィールドが悲鳴を上げるように揺れる。

だが、敵のサイバースーツは七瀬がイーサンを守ったことに動揺を見せていた。


「イーサン、今だ!」


その声に応じたイーサンは、2丁のフォトンライフルを、七瀬のシールド越しに発砲した。


銃口から放たれた粒子弾は、蒼白い軌跡を描きながら敵の肩部に直撃する。

衝撃波とともに敵のアーマーがえぐれ、その残骸が光の粒となって舞い上がった。


イーサンはその隙を逃さず、立て続けに追撃を加える。

爆音とともに、敵のサイバースーツが跳ね飛ぶ。


『▼ Target down』


敵サイバースーツの頭上に撃退アイコンが浮かびあがった。


「おおお!やったぜ!一方的に仕留めてやった!」

「ナイス、イーサン!この感じで油断せず行こう。すぐ近くに別の敵がいるはずだ」


イーサンを乗せるように、七瀬が声をかける。


(ひとまず上手くいった…)


七瀬は胸をなでおろす。だが、依然として予断を許さない状況は続いていた。


いつ、が現れてもおかしくはない。


撃墜の余韻に浸る暇など、七瀬にはなかった。

向かいの通路から、また別の銃撃音が響く。


「行こう」


七瀬は気を引き締めるように言った。

警戒を強めた二人のサイバースーツは、さらに奥へと進み始めた。

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