第9話 寂しい



 隣街へはあまり時間はかからず、静かな夜道に僕の鳴き声だけが響く。

 楽しくなって「にゃんにゃんにゃーん」と歌っていたのだ。

 そして隣街のフェルティシア領に着いた頃には朝日が昇り始めており、人が出てきて僕に挨拶をしてくれる。

 そのため僕も愛想を振り撒き、早起きの人に癒しを与えた。



 ふぅ、やりきった!早起きご褒美の癒しになったかな。

 ギンに抱っこしてもらって、少し休もう。



「ユト、疲れたのか?」



「にゃーん(愛想振り撒くのは疲れる)」



「お疲れ様。ユトは楽しかったのか?」



「にゃ!(楽しかったから満足!)」



 愛想は振り撒くが、決して僕の毛を触れさせはしなかった。

 そのせいか、ギンが僕を撫でているのを羨ましそうに見ている。



「そうだ。王都に行けば、ブラシ屋があるらしい。ユトのブラシを買いに行くのもいいかもしれないな」



「にゃー?(主が持ってるブラシある?)」



 主のブラシは、気持ち良かったんだよ。

 あの時、毛を引っ張られなければ、僕は今頃主の膝の上だったはずだ。



「残念ながら、それはないだろうな。創造主は基本的に自分で作るからな」



 確かに……主はなんでも作っちゃうから、自然と僕好みの物が出来上がるんだ。



「まあ、ユトが気になるなら行ってみてもいいかもな。それより、今は花畑だ。ほら、おそらくあそこだろう」



 そう言ってギンが指差す先には、さまざまな花が一面に広がり、風に揺られて花畑全体が魅力的に映る。



「にゃあー!」



 疲れていたはずの僕の体は、花畑に向かって走り出した。

 とても綺麗なのだ。

 とても魅力的だったのだ。

 とても良い匂いで、主の匂いが僅かに混じっているような、懐かしい気分になったのだ。



 主!主どこ?こんなに主の好きそうなものが沢山あるんだ。

 きっと主もいる。



「にゃーん!(あるじー!)」



 花畑に突っ込み、主を呼ぶ。

 しかし主の匂いはしても、主の姿はない。

 それが悲しくて、寂しくて、主の匂いを辿れば、僕の首輪から匂いが漂っていただけだった。



「みゃー(あるじ)」



 家出なんか、もう辞めた方がいいのかな。

 僕の我儘でギンにも迷惑かけて、来たばっかりなのに帰りたい。

 主に会いたい。

 寂しい。



「ユト……折角来たんだ。もう少し下界を冒険したらどうだ?まだまだ行ってない所は沢山あるだろ?創造主の元に帰れば、今後いつ来れるか分からないぞ」



「にゃーんにゃ(主は優しいから、いつでも――)」



「いいや、本当に分からない。なにしろ、俺が今言った言葉は創造主の言葉だからな」



 え……まさか、僕には念話なんてしてこないのに、ギンにはしてたの?酷い。

 僕はこんなにも寂しいのに、主は寂しがってる僕を見て楽しんでたんだ!



「シャー!(主のバカー!)」



 もう知らない!僕、暫く帰ったりしないんだから!寂しくなっても、ギンがいるから平気だもん。



「みゃー。みゃー(主なんて知らない。僕は主が好きなのに)」



《ッ!ユト!ごめんよ。可愛い可愛い私のユト》



 突然頭に響いてきたのは、主の優しい声だった。



「にゃー?(主?)」



《そうだよ。ごめんね。ユトと話せば、私がユトを連れ戻してしまいそうだったから、念話も避けていたんだよ。でも……ユトがあまりにも可愛いうえに、私のことばかり考えてるなんて……もう、どうにかなりそうだったよ。それに、私はユトに嫌われる方が耐えられない!だからこうして、ユトにも――》



 主の念が強すぎて、声が頭にガンガンと響く。

 そこで、頭を押さえてうずくまると、主は慌てた様子で謝ってくる。



 本当に見てるんだ。

 僕が主のことを考えてるのは当然だけど、主も僕のことばっかりなんだね。

 分かってはいたけど、ちょっと嬉しい。

 むっ……でもでも、僕が喜んでるなんて知ったら、主は僕を見てくれなくなるかも。



 僕は尻尾を立たせながらも、プイッと知らんぷりをした。

 すると、主は更に僕に声をかけてくれる。

 離れてからあまり経っていないが、懐かしい感覚だ。

 主が殆ど喋って、僕は主の声を子守唄がわりに眠るのだ。



《ユト……なんでも一つ、望みを叶えてあげるから許してほしい》



「にゃー?(なんでもいいの?)」



 これは嬉しい!離れてるから、主は不安なんだ。

 なんでも叶えてくれるなんて、今までにないパターンだ。

 主は、なんだかんだ言って、駄目な事は駄目だと言う。

 けど、今回はなんでもいいんだ!



《あ、ああ……いいよ》



「にゃーん(じゃあ、僕にも毎日念話して)」



《……そんな事でいいのかい?》



「シャー!(そんな事ってなに!)」



 酷い!僕にとってはそんな事なんかじゃないのに。



《ご、ごめんね。もう、私の飼い猫になるのは嫌だと言われるかと……》



 どうしてそうなる?僕だって主が好きなのに。

 でも……もしも主が飼い猫の僕に飽きてて、こうして誘導してるんだとしたら……むっ、もっと違う方向にもっていった方がいいかも。



「ニッ(やっぱり違う)」



《えっ……待って。待って待って――》



 そこで僕は人の姿になり、ギンに抱きついた。



「僕はこの姿でギンのそばにいる。主の前では飼い猫でいる。嫌だと言っても飼い猫を辞めてやらない。だから、他の人にはこの姿で神獣として見てもらう。この姿の方が、僕のツガイも探せる」



 ツガイを探す気なんてないけど、主が悪いんだ。

 遠回しに、僕に飽きてるなんて言うのが悪い。




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