第7話 猫沼
僕は現在、初めて受けたギルドの依頼をこなすべく、綺麗な花を咥えて異世界の街を歩いている。
ふふん!初依頼だ!僕だって、この世界の住人なんだ。
主も見てるかな?僕、ちゃんと頑張ってるよ。
「ユト、あの店がそうだ。店主はおそらく、あの椅子に座っている者だろう」
ギンが指差す先には、穏やかな表情で眠っているお爺さんがいた。
店の外で眠り、その膝の上は日当たりが良く、とても魅力的な場所に思える。
僕はお爺さんの元へ走り、「にゃーん(来たよ)」と言ってから膝の上に乗った。
やはりその場所は温かく、穏やかで優しそうなお爺さんは、笑ってくれた。
「ほっほっ、これはまた可愛らしい。御猫様かのう」
「ッ……依頼の花だ。届けに来たぞ」
「これはこれは……なんと、今日が儂の最期かのう」
お爺さんは目を開く。
その瞳は白く、何も映さないようだが、僕達の正体を分かっている様子だ。
「残念ながら、その魔力量では迎えはまだ先だ」
「そうか……やはり、まだ儂は生きなければならんのか。のう、月神様」
お爺さんがそう言った途端、この街に夜が来て、月が見える。
周囲の人達は、この状況に何も感じていない……というより、この光景は僕達にしか見えていないようだ。
「怒らせてしまったかのう。周囲と隔絶された空間は、今の儂には少々きつい。御猫様がいなければ、死んでおったかもしれんのう」
「よく言う。あの一瞬で、ユトを守ろうと結界を張っているくせに……我を知る者は数少ない。お前は誰だ」
なんかよく分からない事が始まったけど、このファンタジーも凄いな。
でも、日光浴で寝ようとしたのに、酷いじゃないか。
「儂はほれ、竜人国ドルゴラシトの守護竜じゃよ。それも、唯一の龍種じゃ」
「……なるほどな。ルドナ、お前だったか。なぜここにいる。その姿はなんだ」
「儂は長く生きすぎた。守護竜は他にもおる。故に、死んだ者としてここに来て、こうして花を愛で、生きる為に頑張る子ども達を愛でておるだけじゃよ。儚きものは、美しくて守りたくなる。しかし、ドルゴラシトは儂の助けなど必要ないほど強く生きておる」
「庇護欲を満たす為に、ここに来たと……そういう事なら問題はない。秩序を乱す為にいるのなら別だがな」
飽きた。
この話、いつまで続くんだろう。
僕の知らない話だし、太陽は出てこないし……落ち着かない。
僕は地面に下りて、つまらない話をしている二人を見つめる。
すると、二人とも僕の方を見て、僕の話を始めた。
「御猫様は何者じゃ?儂は長く生きたが、このような庇護欲をそそる存在は初めてじゃ」
「ルドナ……お前が我の眷属になるというのなら、話してやってもいい。お前が聖獣になれば、我の眷属問題も面倒がない」
「月神様は、眷属を生み出せない。これは事実じゃったか」
「仕方ないだろう。代わりに、我は分身体をつくれる」
……この話、長くなる?僕の話はどこにいったの?僕、ひとりで行っちゃうよ。
いいの?置いて行っちゃうよ。
少し歩いてチラリと振り向けば、二人は再びを僕を見る。
そして、お爺さんがギンに目を向け、頷いたところで僕の話になった。
「名はユト。創造主の飼い猫で、創造主が異界から魂を貰った神獣だ。今は旅に出ている」
「シャー!(違う、家出!)」
「そう、家出だ。とても自由で、気まぐれで、無防備で、沼に踏み入れたら抜け出せない程の、可愛い存在だ」
沼?なるほど、猫沼か!前世でもそういう人はいたよ。
ギンは僕に沼ってるのか。
ふむふむ、それはいい事を聞いた!
「にゃーん?(沼ってみる?)」
「ふむ、沼ってみよう!」
「俺は沼ってるから安心してほしい」
ギンの他に、お爺さんも猫沼の仲間入りだ!そうとなったら、僕に早くその膝を貸してほしい。
太陽も早く出してもらって、気持ち良く眠りたい。
僕がお爺さんの膝の上に戻り、丸くなって目を閉じれば、太陽が出てきて温かくなった。
花のいい匂い、温かい太陽、人の体温。
心地良さに、ゴロゴロと喉を鳴らしながら、僕は眠りについた。
『――……ユト……私の可愛いユト』
ん?主の声だ。
でも、僕は眠いから邪魔しないでほしい。
『威嚇するユトも可愛い。私は創造神であり、君の飼い主だ。いずれ伴侶となり、ユトのツガイとなるからね。よろしく』
あ……僕が初めて主に会った時だ。
じゃあ、これは夢かな。
主はやっぱり、一番落ち着く。
初めて会った時から、主のことは好きだったんだ。
だって、僕を望んでくれた。
前世で虐められて、捨てられて、引きこもりになって、寝てばかりだった僕を好きだと言ってくれたんだ。
"あいつら"みたいに、僕を鎖で繋いだり、首を絞めたり、気絶した僕を起こそうとしたりなんかしない。
僕の瞳を見て、
『ユト、瞳の色は変えておいたよ。虹色の瞳も綺麗だったけど、それはユトには必要のないものだからね』
そうだ。
僕の瞳の色も変えてくれたんだ。
主は僕の瞳じゃなくて、僕を見てくれるから嬉しい。
主……あるじ……寂しい。
会いたいなあ……――
目が覚めると、僕は夢のことなど忘れて、夜の街を歩いて依頼終了の報告に向かった。
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