第6話 面白い猫(side月神)



 我、月神は創造主にペットの世話を頼まれた。

 突然の事で驚いたが、何より驚いたのはペットを飼っていたという事である。

 凶悪なドラゴンでもペットにしたのかと思えば、なんとただの白猫であった。

 異世界で生きた前世の記憶を持っているようだが、創造主が異常な愛情を向けるような者には見えない。

 だが、任された以上断る事などできず、我の分身体である聖獣を使った。

 我には眷属などいない。

 他の神には、分身体を眷属だと思わせ、我だけは下界に直接干渉しているのだ。

 それを分かっているからこそ、創造主は我に飼い猫の世話を任せたのだろう。



 我はギンと名乗り、創造主によって神獣にされた白猫を観察する。

 白猫は賢く、思っていた以上に我を楽しませてくれた。

 この我が可愛いと思ってしまうほどに、その小さき者は気まぐれに、そして自由に生きていた。

 一つ一つの行動が可愛い。

 警戒心と無防備を兼ね備え、何にでも興味を示すユト。

 創造主が言うには、ユトは人間の頃から何も変わっていないようで、猫になった影響など全くないらしい。

 しかし、本人は猫だから仕方ないと思い込んでいるらしく、何かやらかすたびに言い訳をしているようだ。



 ある時は花瓶を割ってみたり。

 またある時は、庭を荒らしてみたり。

 自分の毛を汚す。

 部屋の中を汚す。

 創造主から隠れる。

 とにかく、創造主の気をひこうとしているようで、おそらく無意識であると創造主は言っていた。

 ユトは独占欲が強いのだが、それを表に出そうとはしないようだ。

 かと思えば急に甘えたり、自分の時間はちゃっかり確保するようで、昼寝の時間は死守するらしい。



 そんな事前情報を聞いていた我は、ユトを観察しているうちに底なし沼にでもハマったように、ユトから目が離せなくなった。

 ユトの行動を見て、自分の想像を膨らませる。

 今はどんな事を考えているのだろうと、想像するだけで面白く、ユトをできるだけ自由にしてみる事にしたのだ。



 結果、ユトは本当に自由で怖いもの知らず。

 どこでも無防備に寝るうえに、誰に対しても猫パンチを繰り出す。

 しまいには、ユトを下等生物だと罵った豚獣人に対しては、"臭い"という感想だけを残して興味なさげに羽根ペンを追うのだ。

 ここまで自由では、我もユトの気をひいてみたくなるというものだ。



「ユト……ユト」



 名前を呼んでもこちらに見向きもしないユト。

 だが、我が耳飾りをつければどうだろうか。

 ユトはピクリと耳を動かし、こちらを見ると目の色を変えた。



「にゃーん?(なあに?)」



 さきほどまでとは違い、甘えた声を出す。

 ユトはこちらに狙いを定め、我の肩に乗ると、揺れるピアスに戯れ始めたのだ。



 ふっ、勝ったな。

 羽根ペンに我は勝った。

 ユトがこちらに来たのがその証拠。



 満足した我は、ピアスを揺らす為に頷いていると、ギルドカードができたようで、職員には笑いを堪えながら渡された。

 我はどう思われようが、ユトが楽しければそれでいいのだ。



 そうして、我は何事もなかったようにユトを肩に乗せたまま、ギルドを出ようとした。

 ギルドカードさえ作ってしまえば、あとは何も心配する必要はない。

 ギルドカードは身分証であると同時に、金でもある。

 ここに入金される金は、創造主からのユトへの小遣いと我の金である。

 身分証というのも、作ってしまえば我がどうにでも書きかえられるため、何も問題はない。

 依頼など受けなくとも、ランクは上げられる――



「にゃー?(依頼は?)」



「……」



「にゃーん(依頼受ける)」



「そうだな。受けに行くか」



 これは仕方ない。

 ユトが言うのなら、断る理由などない。

 ユトが依頼を受けても、我が依頼をこなさなければならない。

 そうだとしても、我はユトの願いを叶える義務がある。

 こんなにも我の顔にスリスリして甘えているのだ。

 この座を誰かに奪われるわけにはいかない。



 ユトが掲示板を見やすいよう、腕を前に出せば、ユトは迷いなく我の腕を伝って移動し、器用に座る。

 ユトは真剣に依頼を見ているようだが、揺れる尻尾が我の顔に当たるのだ。

 だが、それも我の特権。

 周囲が羨ましそうに見ていようとも、この特権は譲れない。



「ニッ(これにする)」



 ユトが前足で引っ掻き、破いてしまった依頼は、花屋に花を届けるというものだ。

 花自体は既にギルドにあるらしいが、花屋の店主は高齢であるため、届けてほしいというものらしい。

 これくらいギルドがやってやれよ、などと思うところではあるが、こういった依頼があるおかげで、金に困った子どもでも生きていけるのだ。

 そしてそれはユトも同じであり、ユトでもできるものがあるというだけで、この依頼主には感謝しかない。



 我は、ユトの爪痕がある紙をカウンターへ持っていき、ユトが一輪だけ花を受け取る。

 他の花は勿論、我が持っているのだが、それは仕方がないだろう。

 その後、ユトがご機嫌で地面に下り、我は地図を受け取ったが、その時にユトの爪痕がある紙に、職員が保護魔法をかけたのは見なかった事にした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る