第5話 愛でるがいい



 ギンがいても何があるか分からないため、僕も戦闘力を上げようかなどと考えていると、僕の魔力が動いたようで、ギンに注意されてしまった。



《ユトは自由に楽しんでいればいい。俺がユトを守る。ユトの身の安全、笑顔、自由、全てを守ろう。俺はその為ならなんでもする。ユトがユトであれるように》



 うっ……なんか恥ずかしいよ。

 どうしてそんなに格好いいセリフをこんな場所で言うんだ。

 念話で良かった。

 でも、急にどうしたんだろう。

 僕とギンはまだ出会って数日……軽い気持ちでこんな事を言うとは思えない。

 何かあったのかな。



「にゃ?(急にどうしたの?)」



「……気にするな」



 非常に気になる言い方である。

 しかし、入国審査の順番がきてしまったため、僕はそれ以上何も訊かない事にした。



「身分証、もしくは犯罪歴の確認をお願いします」



「身分証はない」



「それでしたら、犯罪歴の確認をしますので、こちらのカードに血を垂らしてください」



 僕は興味津々で首を伸ばし、血を垂らすギンの指をチョイチョイと前足で触れ、少しだけ邪魔をする。

 興味のある事には、どうしても手が出てしまうのは仕方ないだろう。

 邪魔なのだと理解はしていても、猫の本能が疼くのだ。



「ふふ、可愛い猫ちゃんですね」



 門兵が僕を見て微笑むが、知らない人は警戒対象であるため、僕はすぐに地面に下りて距離をとる。



「犯罪歴は問題ありません。滞在中は、こちらのカードをお持ちください。もし、ギルドカードを作る場合は、ギルドの方にこのカードを渡すだけで、ギルドカードに変えてくれます」



「分かった。ユト、行くぞ」



「にゃーん(はーい)」

 


 親切な門兵が手を振ってくるため、軽く威嚇しながら僕はギンについて行った。

 入国早々、全種族を見る事ができ、中には魔物を連れている人もいる。

 魔物達は僕に近づいてきては、僕の後をついて来ようとするため、必殺の猫パンチをくらわせる。

 家出した僕が言うのもおかしな話だが、主から勝手に離れるのは良くないと思ってのことだ。



 その後、ギンは冒険者ギルドの前で足を止め、僕を抱えてから中に入る。

 ギルドの中は酒場のようになっていて、依頼掲示板もある。

 そして何より、さまざまな種族がさまざまな武器を持っているのだ。

 これこそ僕の望んだ異世界ファンタジーだ。

 僕はテンションが上がり、「にゃあーん!」と大きく鳴いてしまう。

 すると、騒がしかったギルドは静かになり、僕は注目の的となってしまった。



「ニー(やっちゃった)」



「こんな場所で可愛い鳴き声が響けば、注目の的にもなるだろうな。それも仕方ない。ユトは可愛いからな」



 どんどん親バカのようになっていくギンは、僕の頭を撫でながら受付カウンターへと向かう。

 聖獣であるギンも強者の雰囲気が出てしまっているため、自然と道ができるのだ。

 そして、僕への視線は全てギンが引き受けてくれる。

 要は、飼い主に擬態したギンに矛先を向ける作戦だ。



 僕はあくまで、ただの猫。

 何も知らない猫で、何も理解できていないふりで通すんだ。

 なんて便利な立場なんだ!飼い猫最高!家出猫万歳!主は今頃泣いてるかな。



「冒険者登録をしたい。このカードで作れると聞いたが、他に必要なものはあるか?」



 ギンの腕の中から出て肩に乗った僕は、冒険者登録に興味が移る。

 入国カードがギルドカードに吸い込まれ、ギルドカードに情報が記入されていくのだ。

 そんなもの、面白いに決まっている。

 何が一番面白いって、勝手に動く羽根ペンがふさふさと動いている事だ。

 それを見てしまえば、僕は吸い寄せられるようにカウンターに座り、羽根ペンを目で追ってから、姿勢を低くして飛びついた。



「ふふっ、可愛らしい子ですね」



「ユトが可愛いのは当然だ」



 そうだろう、そうだろう。

 主でなくとも僕を愛でるが良い!でも……ちょっと待って。

 今は羽根を捕まえるのが先なんだ。



 羽根ペンに戯れている僕と、そんな僕を温かい目で見守る周囲。

 そんな雰囲気をぶち壊すのは、いつだって馬鹿という生き物だ。



「おいおいおい、ギルドに猫なんか持ち込みやがって!ここは動物なんて弱っちい下等生物が来ていい場所じゃねーんだよ!」



 わざと声を張り上げ、自分の方が優れた種族であると主張する馬鹿。

 種族は獣人なのだろうが、決して馬と鹿の獣人ではない。

 体型や耳から見て、おそらく豚獣人なのだろう。

 一瞬魔物かと思うほど、不潔……いや、それでは魔物に失礼だ。

 僕の想像するゴブリンやオーク以上に不潔であり、汗がダラダラと流れて非常に気持ち悪い。



「ニッ(臭い)」



《確かにな。俺が始末してもいいが、ここはユトの味方が多いらしい。ユトが、俺に任せると言うのなら、今すぐ消してやるが》



「ニー(どっちでもいい)」



 ギンが戦うところは気になるけど、聖獣の力で目立ちすぎるのは避けたい。



《なら、奴らに任せよう》



 そうして、僕達は口も出さずに見ているだけで、あっという間に馬鹿な人物は戦闘不能にされ、外へと引き摺られて行った。




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