第3話 初めての家出
漸くファンタジーな世界へ行けるのだとワクワクしていると、主は「少し首を触るよ」と言って、黄色に黒の刺繍が入った首輪をつけてきたのだ。
黄色と黒は主の色である。
主は金色に近い色の瞳に黒髪だ。
「鈴は目立つからつけられないけど、似合ってるね。窮屈じゃない?」
「にゃー(大丈夫)」
「これは一応、人の姿になった時もサイズが変わるから問題はないよ。刺繍はユトの名前になってるからね」
僕が迷子になっても大丈夫なようにかな。
主の匂いがする。
首輪は抵抗ないけど、つけられた時はびっくりした。
まさか、僕にヤンデレを見せる気になったのかと思ったけど、僕は人間じゃないし首輪なんて普通だ。
「それじゃ、下界に送るから目を瞑って」
「にゃーん!(行ってきます!)」
「くッ……ユト――」
そこで、一瞬の浮遊感とともに森の匂いに包まれ、主の気配が消える。
恐る恐る目を開ければ、人間が暗闇から月明かりの下に現れた。
黒一色の服に銀色の瞳と髪。
間違いなく聖獣であるだろうと思えるほどの、落ち着いた雰囲気が少し安心できた。
「ユト……でいいか?我……いや、俺は月神の眷属、ギンだ」
「にゃー(よろしくお願いします)」
「ああ、よろしく」
……うぅ、なんか気まずい。
こんなところで人見知り発揮してる場合じゃないのに、今世では主としか一緒にいなかったから、どうしていいか分からない。
僕の世界には主しかいなかったんだ。
こ、こんな沈黙は息苦しい。
喋らなくても居心地いい主と違う。
僕は沈黙に耐えられず、少しずつ後退り、なんとなく逃げようとしてしまった。
しかし、そんな僕はあっさりギンに捕まってしまった。
「猫は難しいな。なぜ逃げる」
「ニャッ(気まずかった)」
「そうか。なら、ユトがここで何をしたいのか訊くとするか」
ギンの膝の上でカチコチに緊張しつつ、逃げる事を許さないといった圧を感じた僕は、自分がしたい事を話した。
ファンタジー体験をしたい。
冒険をしたい。
いろいろな種族に会いたい。
ただ、家出したかっただけ。
これらを話せば、ギンは「なるほど」と言って、何か考える素振りをした。
そして次の瞬間、目の前のギンが姿を変えていき、銀色の美しいドラゴンになったのだ。
……ドラゴン、楽しみにしてたのに、こんなにあっさり見ることになるなんて……少し悲しい。
《ぬ?喜ぶと思ったが、怖かったか?》
そう頭に響く声に、僕はテンションが上がった。
これは念話というものではないか!と。
結果、僕が喜んで近づけば、ギンは大きな顔を僕に近づけるように地面に伏せる。
「にゃーん!(凄い!)」
《そうか。満足そうで何よりだ。さて、これからどうするか……街へ行ってみるか?》
ギンの鼻に顔を近づけ、警戒しながらもチョンチョンと前足で触れていると、視界の端に揺れている草が見え、僕はそちらに飛びついた。
どうやら、ギンの鼻息で揺れているらしい。
《ふぅ……猫とは、こんなにも自由な生き物なのか。仕方ない》
戯れていた草が揺れなくり、ギンの方を見ると人間の姿に戻ってしまっていた。
その後、街に行くかというギンの提案により、この森から一番近い、ガルガンティシアという国に向かう事になった。
ガルガンティシアは各国の中央に位置する、山に囲まれた盆地である。
様々な種族が暮らしており、この世界で唯一、種族の壁を越えて暮らせる国なのだそう。
そのため冒険者や商人の出入りが多く、色々な物を見る事ができるようだ。
僕はギンの隣を歩き、疲れた時はギンに抱えてもらう。
そうして夜の間に移動していたが、不思議な事に魔物も動物の姿も見かけないのだ。
「にゃ?(生き物いない?)」
「いや、いるな。というか、ついて来てる。俺がいるから寄ってこないだけだ」
「にゃー?(ギンがいると寄ってこないの?)」
「聖獣相手に勝てないと分かってるからな。ただ、ユトのことは気になるらしい」
僕が神獣であることと、主の匂いがついている事から、僕と敵対する事はないそうだ。
僕が一番気をつけるべきは、自分の貞操と人だと言う。
人間、獣人、魔人、竜人、エルフ、これら種族は通常、種族ごとの国があるらしい。
しかし、ガルガンティシアには全種族が揃っており、魔物や動物ですら、知能が高ければ共存しているそうだ。
そのため、特殊な性癖が目覚める事もしばしば……という事で、僕は特殊な人に目をつけられないよう、気をつけるべきなんだとか。
いろんな人がいるよね。
前世にもいろんな人がいたし、種族が違ければ、もっといるに違いない。
その後、日が昇ってもギンは休憩せずに移動し、僕はたまに遊んだり、ギンの腕の中で休憩したりしながら進んだ。
ご飯も飲み物も必要がないためか、順調に進んでいくが、だんだん飽きてきた僕はとうとうギンを困らせる事をしてしまう。
「ユト、進まなければ街に着かないぞ」
「ニッ(嫌だ)」
「……自由すぎる。そんなにここで日光浴をしたいのか?」
「にゃー(うん)」
そう、基本的に日光浴をしながら寝てばかりいた僕は、黙々と歩く事に飽きたという事もあって、ベストポジションである湖のそばで動けなくなってしまったのだ。
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