第9話 水売り

羞恥心のあまり冒険者ギルドから逃げ出した僕は一刻もそこから離れたい一心で目的地も決めずに歩き続けた。


スゥー。


周りに誰もいないのを確認して体の匂いを嗅ぐ。

汗と馬小屋の匂いが混ざった悪臭がした。

うん、すごく臭い。

馬小屋での生活で鼻がバカになって麻痺していたらしい。

指摘されるまで自分からこの匂いが放たれていることに気付かないなんて・・・。


意識したら途端に身を縮めたくなった。

変な汗が体から出てくる。

このまま消えてしまいたい。

そしてひと吹きの風になって世界を旅するんだ。

・・・でもその風、臭そうだな。


「よし、体を洗おう」


かなり落ち込んだが、底まで落ちれば後は上がるだけ。


僕は気持ちを切り替えて受付のお姉さんが教えてくれた水売りという人を探すことにした。


一先ず大通りに戻る。


どんな格好をしているか聞いておけばよかった。


誰かに聞こうと思ったが、体の匂いが気になって中々足が前に出ない。

また臭いと思われるのは勘弁だ。

受付のお姉さんは一応気を遣ってくれたが、これが道行く人ならどうか?

お前は臭いから街を歩くな。などと言われたら三日三晩、枕を濡らすことになるだろう。

馬小屋に枕は無いけど・・・。


「くんくん」


そうやって二の足を踏んでいると、いつの間にか僕の背後に中性的な顔をした帽子を被った少女がいて、体の匂いを嗅いでいた


「だぁわぁぁぁぁぁぁぁ」


僕はバタバタと大袈裟に仰反る。


「どうしたんすか?」


快活な笑顔を僕に向けてくる少女に。


「そっちこそ、僕に何かようですか?」

「君、体臭いっすよ」


臭いっすよ、その直接的な言葉が頭の中で繰り返されて支配される

一気に冷や汗が出た。


「・・・すみません」

また僕は落ち込み、よく考えない内に少女に謝っていた。


「違うんすよ、別にだからどうこうとか責めてるつもりじゃなくて、つまりっすね。水、いかがっすか?」


少女は手をブンブン振り、別に傷つけるつもりはなかったと釈明した。

押し売りか、人の心を傷つけておいて物を売るとは鬼畜の所業だ。

でも今はありがたい。


「君は水売りの人?」

「そうっすよ」

「ちょうど探してたんだ」


僕は少女にぐいっと近づいた。

これで臭いと言われなくて済む。


「それはタイミングがいいっすね」


彼女はそれとなしに鼻をつまんだ。

そんなに臭いかな?

・・・臭いよね。わかっているよ。


「水売りってことは水を売ってるんだよね」

僕は一歩退いて尋ねた。

「それはそうっすけど」

少女は何を当たり前のことを言っているんだこの人は?みたいな顔をした。

でも水なんてどこにも少女は持っていなかった。

「どこに水があるの?」

「どこってあっちの方にある井戸っすよ」


少女はそう言いながら指差す方を見たが、そこには井戸なんてなかった。


「何処にも井戸なんてないけど・・・」

「ここから見えるわけないじゃないっすか」

「ああ、そうなんだ」

ならなんで指差したの?


「水を買うなら案内するっす」

「その水って飲めるの?」

「当たり前じゃないっすか?大丈夫っすか?」

はてな顔をする少女。

仕方ないじゃないか、君に会うまで水売りなんてものを見た事がないんだから。


「じゃあ買うから売ってくれない?」

「毎度ありっす」


購入を願うと、少女はお客に見せる用の顔を変えて営業スマイルで応えた。


「でも、入れ物はどうするんすか?」

「あ、ない」

「それはわかってたっすよ、明らかに持ってなかったっすし」


どうする?

このままでは臭いままだ。


「このまま掛けてもらうとか?」

「それは流石に嫌っす」

「だよね」


流石に服を着たままのシャワータイムは無理か。


「私はいつもここにいるっすから、準備が出来たらまた声をかけるっすよ」

「わかったよ」

「私はツヅネって言うっす、君は?」

「僕はシュウだよ」

「じゃあまたっす、シュウ」


僕と売買契約が成立したツヅネは次の客を探すために離れていった。  

入れ物を見つけるために僕は道を外れる。


「水、いかがっすか〜?」


大通りには元気なツヅネの声が響いていた。




僕は入れ物を探したがこの時間帯ではまだ店が空いてなかった。


朝に顔を洗いたい人とかもいるのでこの時間にツヅネはあそこで水を売っていたんだろう。


朝早くの通りの商売はそういう特殊な仕事を担っている者しかまだ活動を始めていなかった。


売ってないものは買えない。

水浴びをして、今すぐに体を綺麗にするのは諦めるしかない。


「う〜ん、でも採取依頼をしたらどうせまた汗をかくことになって、意味ないのか」


そうだ、依頼。

それを済ましてから水浴びといこう。


だが冒険者のススメを見ないとカツポンの根がどんな形をしてるのかも自生している場所もわからない。

面倒だし恥ずかしいけどまた冒険者ギルドに行かないとならないようだ。


慌てて出てきてしまったのでその辺りを失念しており、冒険者のススメの情報の確認を怠ってしまった。


冒険者ギルドに人が集まる前にもう一度寄って、カツポンの根の情報を仕入れてから直ぐに依頼に向かおう。

それで帰ってきたら水を入れるための容器を持ってツヅネから水を購入し、それで体を拭く。今日の予定はこうだ。

完璧じゃないか。


僕はさっさと依頼を終わらせるために冒険者ギルドに戻った。

羞恥心で扉を開けるのを少し躊躇ったのは言うまでもなかった。




「武蔵、見守っててくれ、魔獣が来たらお願い」


採取物の情報を冒険者ギルドで得た僕は記憶した地図を頼りに街から出て、街道を進み、カツポンの根が自生している場所へと辿り着いた。


武蔵に魔獣のことを頼んでカツポンの根を探す。


冒険者のススメによればカツポンの根は頭痛に効くようだ。鎮痛効果のある薬になるらしい。森にならどこにでも生えているが花には毒があるようなので触れないよう書いてあった。

花を折るのは躊躇いがあるが、これも依頼のため、生きていくためであると割り切ろう。


紫と赤の花弁が混ざったカツポンの花を探してひたすら地面に目を向ける。

日陰な咲いている事が多いと書いてあったのでそこを重点的に。

ここはルールグアの森の入り口付近だ。

入り口と言ってもわかりやすい門などがあるわけではなく、何本も木が生えていて壁のようになっていて、森の奥を見えなくしている様子からそう呼ばれているようだ。


森の奥に進むと魔獣の強さも一段階か二段階高くなるらしいので森に侵入するのはやめた。だから入り口付近のみでカツポンの花を探し続けた。


探し始めてから一時間ほど。

ようやく一つ花を見つけた。

冒険者のススメで見た通りの姿だ。

あれを描いた人は写実絵のセンスがあるようだ。


僕は花の毒に注意しながらカツポンの周りの土を掘り、根を採取した。


「これで銅貨二枚、先が思いやられるよ」


でも一本は見つけた。

あと四本だ。

頑張るぞ。

僕が気合いを入れていると、


ガサッ。


近くから不意に草を踏む音がした。


「うわっ」


僕は驚いてそちらを向く。

カツポンを見つけて喜んでいたところに空気を読まずに敵は現れた。

また魔獣だ。

いつでもどこにでもいるな。


「武蔵さん、出番ですよ」


俺は素早く武蔵の背後に隠れて、魔獣が奥の木の影から出てくるのを待った。


「ドロドロの蛇?」


現れた魔獣は僕の腕より一回り大きい蛇だった。クネクネと動きコチラに近づいてきていた。体表の鱗の色は青で体を覆うように黒いネバネバの液体を纏っている。

その身の左右にくねらせる度に地面を汚していた。


「衛生的な見た目じゃないね、ペットとしては飼えそうにもない」


冒険者のススメによると、この魔獣の名前は油蛇ユナック。推奨ランクは五級。

僕の冒険者等級よりもまた一つ上だ。

実際に黒い油は衛生的ではなく毒性があり触れた者の動きを鈍化させる。これは地面に導線のように落ちているものも含まれる。

そして毒で獲物を弱体化した後に長い体躯で締め付けてから鋭い歯でとどめを刺すらしい。

見た目通り、恐ろしい魔獣だった。

目だけはクリンとして可愛いんだけどね。


「武蔵さん、相手をしてあげなさい」

「モォー」


いつも通り僕がお願いすると武蔵は叫んで敵に突っ込んでいった。先手必勝だ。

武蔵が突っ込んむと同時に油蛇ユナックも速度を上げた。体を激しくくねらせて黒い油を飛び散らせてコチラに接近してくる。

武蔵との距離が縮まった所で油蛇ユナックは一旦停止し、くるくると一点を中心にして毒の油を地面に撒き散らし自分に有利な陣地を作り上げた。そしてその長い体躯を持ち上げて迎撃体勢をとった。


おそらくこの森屋にいる油蛇ユナックの敵ならばその毒が体に付かないよう考えながら戦うのだろうが武蔵は違った。 

何の遠慮も無しに毒を踏み抜くと、そのまま油蛇ユナックの体を撥ねて飛んでいった体を追いかけいつもように踏み潰した。


「武蔵さん、すっごい」


僕は若干引きながら武蔵が自分の仲間で良かったと心の底から思った。


油蛇ユナックはその体を貨幣へと変化させた。

地面に落ちる複数の銀貨と銅貨。


「・・・毒は残るんだ。どうやって拾おうかな」


僕は周辺に落ちている枝を使い貨幣を拾って、昨日着ていた服をタオル代わりにして一枚一枚毒を拭ってから回収していった。


そこからはまた割の良くない採取依頼に戻った。

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