第8話 依頼を受けに

朝か、僕は安定の酷い匂いで目を覚ました。

ここで一ヶ月も暮らしたらこの匂いが体にこびりつきそうだ。

馬小屋は人の住むところではないな。

一ヶ月間、頑張れ僕。


それにしても薄暗い。

ここには立派な窓もないからね。

光といえば建て付けが甘い壁の板と板の間にある隙間からほんのりと中を照らすものだけだ。


「・・・起きるか」


早朝の独特の静けさが周辺を支配していた。

馬小屋では熟睡できないのは仕方ない。

体の状態は準備満タンとは言い難い。

全回復はせず八割程回復して目が覚めた。

多少の体の痛みを伴いながら体を起こした。

頭に引っ付いた藁を適当に取る。

顔を洗いたいが水はない。

両手で顔を触ってほぐして意識を覚醒させていった。


周りを見回す。

「モォー」と武蔵が鳴いた。

おはようと挨拶を返しておいた。

やはり寝ても消えてしまったりはしないようだ。ずっと召喚し続けても問題ないのかも。

これって地味に凄いことだと思う。

だって休息がいらない生き物はいないからね。外で野営する時が来たら武蔵に見張りは任せられそうだな。

そんな事があるかはわからないけどね。


「じゃあ行こっか」


僕は荷物を確認し、鞄を持って馬小屋から外に出た。


目覚める前の町を歩く、人はまばらで屋台の準備なんかをしている姿も見てとれた。

まだ朝食には早いか・・・。

お腹は空いているけど仕方ない。

他に行くとこもないので、僕は冒険者ギルドに向かった。


冒険者ギルドは開いていた。

まさかは二十四時間営業か?

扉を開けて入ると人はあまりいなかった。

冒険者の人達は体も大きく眼光も鋭い人が多い、なので目をつけられないようにここに来る時はキョロキョロせずカウンターへ真っ直ぐ向かい依頼を受けてそのまま扉から出ていたが今は冒険者は少ない。

僕は改めて冒険者ギルドの中を観光地の建物を見て回る時のように歩き回った。


「あの」


僕は振り向いた、話しかけてきていたのは昨日とは違う緑髪の女性の受付嬢だった。

身長は僕と同じくらいで髪は短い。

大きな瞳を薄くしていて、こちらを見て怪しんでいるように見えた。

挙動不審だったかな?


「はい、なんですか?」

「何か御用でしょうか?」


やはり完全に怪しまれている。

どうやらウロウロし過ぎたみたいだ。

ここは観光地ではないもんな。

異世界人の僕はとしては冒険者ギルドは珍しいものだが、ここの住人にとってはそうではない。

例えば役所に行ってそこで観光するように、へぇとかほぉ、とかひとり言を言っている人間がいたら、従業員が話しかけるのも当然だ。


「今日はどんな依頼にしようかな、と思いまして」

僕は受付嬢に無難な答えを返しておいた。

すると受付嬢の表情が若干和らいだ。

僕が正体不明の人間から仕事を探しにきた冒険者に変わったからだろう。


「そうですか、お選びしましょうか?」

「お願いします」


僕はそのまま依頼を探してもらえるように頼んだ。


「どのようなご依頼をお望みでしょうか?」

「そうですね、安全なもので、でも町の外に出るものが良いです」


安全に勝るものはない、でもお金も貯めていきたい。武蔵が居ればそれが可能だ。

魔獣を倒して得られる貨幣は大手を振って表では使えないが、いざという時に使えるのと使えないのでは心の余裕に差がでるのは間違いない。


だから望む依頼は、それをこなすついでに町の外に出て魔獣を狩れるものがベストだ。


「冒険者登録証を提出していただけますか?」

「ああ、はい」

僕は鞄からカードを出し、受付嬢に渡した。

「番号は、と。なるほど、一つ前の依頼は荷運びですか、依頼は滞りなく完遂と」

受付嬢は一旦中に引っ込むと薄い紙束を持ってきた。それから冒険者登録証をその紙束を見比べ照らし合わせて僕の依頼内容を調べているようだった。

冒険者登録証に番号がふってあったのは冒険者の管理に使うためか。

アレにもちゃんと意味があったようだ。

冒険者ギルドでは冒険者を番号で纏めてファイリングしてその情報を共有しているみたいだ。


「レベルが上がっていますね、魔獣を討伐なさいました?」

「え?そうなんですか?確かに魔獣は倒しましたけど」

レベルが上がったと聞いて驚く。

というか、魔獣を倒すとレベルが上がるのか、それさえ今初めて知った。

どうやら熟練度とかでレベルが上がるシステムではないようだ。脳筋な世界だな。

しかし本人ではなく武蔵が倒しても僕がのレベルが上がるのはなぜだろうか?

武蔵は実際には玩具なので武器扱いなのかな?


「討伐証明部位をお持ちなら冒険者ギルドでそれに応じた報酬をお支払いしますよ」

「持っていないです、次からはそうします」

討伐証明部位?

やっぱり魔獣が貨幣に変わるのはこの世界でもおかしな事だったようだ。

だが持ってこいと言われても困る。

魔獣の一部なんてこれならも持って来られやしない。武蔵が倒してしまった魔獣は全部貨幣に変わってしまうのだから。


冒険者登録証には更新機能まで付いているらしい。わざわざ更新しなくていいのは便利なのだが、これは不味いかもしれない。

確認できるのはレベルだけで僕が魔獣をどのくらい倒したのかはわからないだろうが、これからもレベルの上昇具合からそれを推測するのは不可能ではない。

でもそれを冒険者ギルドに報告できない僕。

これは怪しい。

名前と番号以外は他人に見えないようにすることも可能だったのに、色々考える事があってつい消し忘れていた。

次は隠蔽しておこう。

レベルが上がったらしいし、後でステータスを確認しないといけないな。


「ではこれなんてどうでしょうか?荷運びと同じく、冒険者ギルドに登録したばかりの方が受ける安全な依頼ですよ」


受付嬢は相応な依頼を手早く探して、数十とあるものから依頼書をこちらに寄越してきた。僕はそれを受け取り目を通す。

そこにはこう書かれていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


採取対象。カツポンの根。


場所。ルールグアの森。


採取目的数。五本。


採取目的数以外の採取数一本につき銅貨二枚。


依頼報酬、銅貨十五枚。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「・・・採取依頼ですか」

「何か問題がありましたか?」

「この採取するカツポンの根というもの自体を僕は見たことがないのですが・・・」

ものを知らなければ採取は出来ない。

ここにきたばかりの僕はこの根が何色なのかさえ知らない。 

だから勧められた依頼を断ろうとしたが、

「この冒険者ギルドで依頼されるエリン近郊の採取物のほとんどは冒険者のススメに記載されていますよ」

受付嬢はニッコリと笑って僕の不安を解消してくれた。地図に魔獣に採取物まで、冒険者のススメは本当に便利だ。

「なら大丈夫です、まだ全てに目を通していなかったので、じゃあ依頼を受けます」

「承りました」  

「はい、じゃあ行ってきます」


今日の依頼も決まったので僕はカウンターから去ろうとする。

「その前にひとつよろしいですか?」

「はい?」

冒険者ギルドから出て行くために後ろに振り向こうとした僕は受付嬢に引き止められた。

「少しこちらへ」

「はい」

手招きをする受付嬢。

僕は誘われるままに身を寄せていく。

受付嬢は立ち上がり僕に顔を近づけてきて、耳元でこう言った。

「失礼かと存じますが、体くらいは拭かれた方がよろしいかと思います」

「え?・・・はい、すみません」

臭いって言われた?

小さな声だったので他の冒険者には聞こえなかっただろう。

たぶん配慮してくれたのだが、僕は恥ずかしくてかなり慌てた。

挙動不審な態度をとってしまっただろう。

「町には水売りがおりますので、そこで水を買われるのがよいかと」

「・・・どうもご親切に」

「ではいってらっしゃいませ」

さっさと出て行って、体ぐらいは拭いてこいと聞こえたのは幻聴だろうか?

幻聴だといいなぁ。

「・・・失礼します!」

僕は冒険者ギルドから逃げるように走り去った。

異世界でもエチケットって大事だよね。

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