第12話 執行部との遭遇
「ではみなさま、ごきげんよう」
午後の授業を終え、自席周辺のクラスメイトに笑顔で挨拶を済ませる。脱・冷淡キャンペーン、絶賛開催中。最近は笑顔で返事をしてくれる人も増えてきた。小さなことからコツコツやってみるものだ。それから、私は真っすぐに馬車寄せに向かった。今日はさっさと帰宅して、お昼休みにゲットした聖魔法の検証をしないといけないのだ!
はやる気持ちをおさえて通常の1.2倍くらいの速さで歩いていたのに。
「ヴィクトリア!」
以前は聞きなれていた美声に足を止めた。止まりたくはないんだけど、公爵家の一員としてこの声を無視することは許されない。くるりと向き直り、壁際に寄って俯きがちに膝をかがめた。
「王太子殿下には、ご機嫌麗しく」
「学院では一学生だ、構わないよ」
「恐れ入ります」
顔を上げるが、目線は襟元に固定する。それでも、殿下さまの後ろに控える執行部員。ご学友さまと噂の彼女が目に入ってしまう。いやだなあ。ゲームでもこんな場面があった。私が殿下さまを呼び止めるほうだったけど。
『どうして自分を執行部に入れてくれないのか』と殿下さまを責め、やましいところがないなら問題ないはずだといって執行部の打ち合わせにまんまと同席する。その時に出てきたルナの手作りクッキーに、『次代の王たる殿下に、生まれも知れぬ平民が作ったものを毒見もせずに食べさせるというのか』と物言いをつける。
決して間違ったことはいっていない。しかし、当て馬令嬢なので。残念ながら『平民を見下す冷たい女』だと殿下さまの不興を買ってヴィクトリアのほうが部屋を追い出されてしまう。その後はクッキーを食べながら傷心のルナを攻略対象たちが慰める、という寸法だ。うん、王道だね。でも、私は責めないし、詰らないから。っていうか、執行部の部屋にはいかない、絶対だ! 真実の愛だというのなら、誰かをダシにしないで自力で好きなだけ絆を深めてもらいたいんですよ、殿下さま方。
「僕たちはこれから執行部の打ち合わせなのだけれど、どうだろう? ヴィクトリアも同席しないか」
「部外者の私がいたら皆様のお仕事に障ります」
「そう堅苦しく考えないで欲しい。内容は次期の予算についてだが、お茶を飲みながら意見を交換するんだ。ヴィクトリアにも女性目線でいろいろ提案してもらいたい」
「あの、私、お茶うけにクッキーを焼いてきたんです。みんなで一緒に食べたらおいしいと思います」
ルナたんが、殿下さまの斜め後ろからひょっこり参戦。これが鈴を転がしたような声か。ゲームではルナたんのセリフは字幕なんだよね。うるるんとしたピンクブラウンのつぶらな瞳が零れ落ちそう。字幕が見られたら『ぴえん』って書いてあるに違いない。これが、泉の精が認める純真さというものなのだろうか。
殿下さまがルナを微笑まし気に見つめ、それから私を見た。
「ルナはまだマナーに不慣れなところはあるけれど、市井の暮らしの話はとても興味深い。ヴィクトリアも楽しめると思う」
ルナたんのクッキー、ゲームの画面でもおいしそうだった。どんな味なのか食べてはみたい気持ちはあるけれど、ここはお断り一択だ。それにしても。執行部への誘いはお茶会で断ったのに、しつこい。殿下さまご一行と軋轢をおこさせるための、『物語の強制力』というやつだろうか。
殿下さまのお母上さまがいいっていったんだって、ここでもう一回大きな声でいってしまいたい誘惑にかられる。大好きなルナたんとご学友の皆様に、マザコンぶりを披露したらどんな顔をするだろう。いや、だめだ。殿下さまには私のためにも、ルナたんと無事に真実の愛を貫いてもらわないといけない。ルナたんが王家に嫁にいってから、自分の夫がマザコンだったと気づいたってもう遅いんだからね!
私はお妃教育で培われた『慈愛に満ちた微笑み』を浮かべる。
「申し訳ございません。あいにく本日は先約がございまして」
「失敬な。アーヴィング嬢、殿下のお誘いよりも重要なことがあるというのか」
出たな! 宰相子息。お父さんは王さまに、息子は王子さまに。親子そろって筋金入りの太鼓の達人め。
「これは異なことを。ネルソンさま、学院では一学生に過ぎないというのが殿下の思し召しでございましょう」
今さっき本人がそういってたよーだ。
「それは……」
「いいんだ、ヴィクトリアのいう通りだ。急な誘いですまなかったね。また機会を見て、是非参加してもらいたい。僕たちは開かれた執行部として、みんなの誤解を解いていきたいんだ」
私はただ微笑みを深める。好きに開かれておくれ。アリバイ係はいたしません。
「それでは殿下、御前失礼いたします。皆様、ごきげんよう」
私は優雅に、通常の1.5倍の速さで足を動かした。意外な場面で訓練と体力作りの成果を感じつつ、自家の馬車に駆け込んだ。
帰宅してアンナを退室させ、私はようやく自室で一息ついた。
「なんとか逃げ切ったよ」
うっかり執行部の部屋なんかいったら、室内で何事があったかと噂の種なることは避けられない。それに。あの時、周囲で見ていた人には「誘われても行かなかった」「笑顔で応対した」ことを印象付けられたはず。
「しかし、ルナたんはやっぱりかわいいね」
前世の記憶を取り戻してから、間近でルナを見たのはこれが初めてだ。肩口でウェーブしているピンクブロンドの髪。ちょこちょことした愛らしいしぐさとか。まるで小さな手でクルミを抱え、首を傾げたつぶらな瞳のリスのよう。毛先がしっぽみたいとか、出っ歯ということではないよ。
「敵わないな」
でも、私はもう勝負を降りたから。彼女がどれだけかわいくても関係ない。自分のやるべきことをすすめるだけだ。まずは魔法の検証をしなくっちゃね。
「祝福!」
胸の前に手を組んで呟くと、私の周囲がキラキラと光り、体がポカポカしてくる。
ゲームでは、竜と戦う攻略対象にかけると動き機敏になったり、攻撃力が増すというような的な表現だったけれど。
「自分への祝福ってどんな効果があるのだろう?」
この体のポカポカ以外、私のできる範囲で効果を感じるとしたら剣を高速で振れるとかそんな感じだろうか。ここには剣がないから試すことはできないけど。
「ま、聖魔法というからには、かけてまずいことはないでしょう」
また胸の前で手を組み、今度は治癒とつぶやいた。うーん、やっぱり体がポカポカしてくる。ちょっと疲れが取れたような?
「あ!」
ふと気づいて。組んだ手を開き、手のひらを見つめる。
「柔らかくなってる!」
これで豆などができる心配がなくなった。そうだ、今度こっそりシグルドにもかけてあげよう。練習熱心だから手に豆があって痛そうだったもんね。
私は水魔法は残念だけど、魔力は多い家系だから。これからは実験に毎日自分にかけてみようっと。病気は症状が出る前に治せるし、疲れがとれて体力も回復できる。繰り返しかけていれば、回復という意味では髪やお肌が綺麗になっちゃったりするんじゃないだろうか。新陳代謝が高まって脂肪も燃えるかも。ゲームでルナたんのウエストが折れそうに細かった秘訣はこれかもしれない。いざという時も安心だし、本当にとれてよかった。これで一つ、私の逃亡計画への準備が整ったのだ。
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