第13話 冒険者の鉄則
昼休み、可能最短で食事をして、私はいつもの場所に向かう。
「シグルド!」
声をかけると、打ち込みの手を止めて彼が振り返り、軽く手を上げてくれる。この瞬間が私はとても好きだった。いくら気にしないといっても、やっぱり学院ではどこにいても腫物に触れるような雰囲気で。ここだけ、シグルドといる時だけが気を張らずにいられた。
「昨日、大変だったんだって?」
「そうなの! でも、大成功だったのよ」
シグルドの表情が、気遣わしげなものから怪訝そうに変わっていく。あれ、昨日の何の話? 私も笑顔がひっこんで、二人で顔を見合わせた。
「昨日、帰りに面倒なことになったって聞いたから」
先に口を開いたのはシグルドだ。
「ああ、あれね!」
ようやく理解できた。
「そうなの、家に帰ろうと歩いていたらね。『執行部に来てみないか』『開かれた執行部を作りたいんだ』とかいわれちゃったのよ。でも、なんとか逃げ切れたから」
笑って見せると、シグルドが心配そうな顔をする。
「断ってよかったのか? その、高位貴族の間では執行部に入ることが評価されるんだろう」
『王太子の婚約者』といわないシグルドは本当に優しい。私は首を振ってみせた。
「執行部なんかに使う時間はないわ。今はね、こうしてシグルドに剣を教えてもらったり、刺繍小物を作ったり。自分のやりたいことをやりたいの」
「そうか」
シグルドが琥珀色の瞳を細めた。そしてそれ以上は聞いてこないところも、優しい。
「じゃあ、大成功だったのはなにが?」
「それは……、調べものよ!」
「調べものの大成功ってなんだよ」
シグルドが噴き出す。
「もう、真面目な話なのに」
「ごめん、ごめん。ちゃんと聞くから教えてくれ」
シグルドがこれみよがしに居ずまいを正してみせた。
「この話はシグルドにしかしないから、絶対に内緒なのよ」
他には誰もいないとわかっていても。念のために辺りを見回してから、私はシグルドに一歩近づいて声を潜めた。シグルドはほんの少し後ろに後じさったけれど、至極真面目に頷いてくれた。
「私ね、実は魔法を手に入れてしまったの」
「図書館で?」
目を見開いてはいるけれど、声は小さいシグルドはさすがだ。私は頷いて、あらかじめ考えていた設定を話す。
「実は幼い頃に、大叔母から学院の図書館の秘密の書庫にある魔法の本の話を聞いたことがあったの。子供の頃はただのお話だと思っていたんだけど、今は学院生で図書館も自由に使えるでしょ? それで本当にあるのかどうか確かめてみようと思って」
「昨日いったのか、一人で」
私は頷いた。
「それで、本当にあったの! 手に入れてしまったのよ」
テンション高めの私とは裏腹に、シグルドが顔をこわばらせている? 初めて見る不機嫌そうな様子に私は戸惑った。絶対、一緒に喜んでくれると思ったのに。
「シグルド?」
黙り込む彼に、首を傾げた。
「そんな、あるのかないのか、安全かどうかもわからないこと。どうして一人でやったんだ」
「シグルド……」
眉を下げて言葉を失った私に、今度はシグルドが目に見えてうろたえた。
「ごめん、俺……」
シグルドが一瞬躊躇したあと、言葉を続ける。
「頼む。次にまた危ないことをするときには、俺も連れて行ってほしい」
「心配してくれたの?」
「……秘密の書庫だなんて、無事に帰ってこられたからよかったけれど。もしも誰にも気づかれずに閉じ込められたりしたらどうするつもりだったんだよ」
帰ってこられなかったら、と息を吐きだすようにいったシグルドがひどく辛そうで。
「ごめんなさい……」
私は素直にあやまった。本当は秘密の書庫なんてないし、行ってないとは言えない。だって、乙女ゲームだとか、前世の記憶だとか、絶対に話すことはできない。
「大丈夫、今回だけよ。書庫の扉はもう消えてしまったし、もう行かなわ。それに、学院内で私と一緒に行動していたら、シグルドまで悪い評判がたってしまう」
「そんなこと、気にしてくれていたのか」
逆に、ごめん。と、今度はシグルドが謝った。
「誰に何をいわれたっていいさ。俺は冒険者で、騎士みたいにかっこよくあなたを守ることはできないかもしれないけれど。でも、これからは一人で危ないことはしないでほしい。二人一緒なら危ないことがあっても、助け合えるし励ましあえるだろ。難易度が不明な仕事を受けるときには、パーティーを組むのが冒険者の鉄則なんだ」
話しながら、徐々にいつもの穏やかな顔つきに戻っていくシグルド。
「変な遠慮はするなよ。それに俺たち、仲良しの友達だろ?」
「ありがとう、じゃあもしも今度危ないことをする時は一緒にきてね」
「ああ、装備を整えていくから。ちゃんと事前に教えてくれ」
「うん」
私はにっこりと大きく頷いた。適当設定の作り話をこんなに真剣に心配してくれている。騙しているみたいで心苦しいけれど。シグルドが私のことを友達といって、こんなにも気にかけてくれていることが嬉しかった。
「それで、魔法がどうしたって?」
いつものように、穏やかに話を促してくれるシグルドに安心した。
「そうなの! 聖魔法を使えるようになったのよ」
本を開いたらキラキラした光が云々と、主語を泉の精と差し替えて大体の流れを話した。
「そういうわけでね、ほら」
私は両の手のひらをパッとシグルドに見せた。
「昨日、部屋でこっそり自分に治癒魔法をかけてみたら手のひらもすっかり治ったのよ。だからシグルドにもかけてあげようと思って」
シグルドが指先で私の手のひらをさらっと撫でた。
「本当だ、柔らかい」
「すごいでしょ!」
「ああ。よかった、せっかくの綺麗な手だからな」
そこまでいわれると、なんかちょっと面白くない。
「あれはあれで、練習の成果だったのよ」
「それでもさ、あなたの手は綺麗なほうがいいよ」
「ま、いいけど」
「それで、俺の手も治してくれるんだろ。どうするんだ?」
今度はシグルドが両の手のひらを見せてくる。
「祈るだけなの。ちょっとやってみるから、そのままでいてね」
私は胸の前で指を組む。
「治癒」
唱えると、シグルドにキラキラした光がふりそそいだ。なんか、ゲームの画面で見た時より派手だな。生で見るとこんな感じになるのかな? でも、昨日自分で自分にかけた時よりもキラキラが増量している気がする。
まあ、鏡に写していたわけじゃないし、自分で自分はあまり見えないから。客観的にはこんな感じになるってことか。うーん、竜の襲撃があった場合。矢面に立つ攻略対象に隠れてこっそりかける予定なんだけど、こんなにキラキラしちゃうと目立ってしまいそう。夢のない話だけど、ルナの成果をわかりやすく示す方法としてのゲームエフェクトだと思えば派手になるのも仕方ないのかな。私の場合は内緒にしておきたいので、遠隔でどれくらい届くかとか、対策を検討しておかないといけないかもしれない。
「これが……」
光を受け止めるように手を差し出すシグルドに、キラキラが吸い込まれていく。
「なんか、体が温まってきたような」
「そうでしょ! 私もそうだった。手のひらは?」
二人でシグルドの手のひらを覗き込む。
「治ってる……」
「よかった、シグルドももう痛くないわね!」
「ありがとう。それになんか、前に痛めた肩も軽くなった気がする」
「全体的に光が吸い込まれていっていたから、どこというわけじゃなくて、全体的に良くなったのかもしれないわね」
「古傷にも効き目があるなんて、治癒としてはかなりの高ランクだな」
私は頷いた。さすが泉の精さまからいただいただけのことはある。シグルドが神妙な面持ちになる。
「誰にも知られないように気を付けないといけないな」
「うん、わかってる」
治癒を使える人間はそれなりにいて、教会や治療院などで仕事をしている。怪我を治せる、病気を治せると、ある程度のランク分けがされているけれど、基本的にはどれも『今、患っているもの』に効果がある。そのため、古傷まで治せるのは、治癒が使える人間の中でもほんの一握り。騎士や高ランク冒険者などからの強引な治癒依頼でトラブルになることも多く、使える人間は面倒ごとを避けるためにその能力を秘匿するのが一般的なのだ。
「シグルドはいつでも治してあげるからね」
「心強いな」
「だからって、シグルドだって危ないことはしてはだめよ」
「それは約束できないよ、俺は冒険者だからなあ」
シグルドは困ったように笑った。
「あとね、私、もう一つ試してみたいことがあるの」
「他に?」
「シグルドの剣をちょっと貸して」
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