第4話 お茶会

「その髪飾りはいいわ」

鏡越し、緑石の髪飾りを手にした侍女にいう。

「ですが、本日は殿下とのお茶会ですし」

贈り物を身に付けるのがマナー、わかっているけど。

「私ももう17才ですもの、それは少し子供っぽいでしょう?」

「それは……」


侍女が返答に窮する。いくつかの大きなリボンをまとめる緑石。婚約したばかりの頃の私にはよく似合ったけれど。学院生がこのような髪飾りをつけていれば『年甲斐もない』といわれても仕方ないのに、誰からの贈り物かを知っているから誰も口に出さなかった。私も自分を守るために、“お気に入りなの”とあえて口に出していたし。


年相応の新しい髪飾りが贈られることはなかった。去年の誕生日にはもう殿下と疎遠になり始めていたから。届いた無難な万年筆は、侍従の誰かが選んだのだろう。


「では、緑色のリボンにいたしましょう」

殿下の瞳の色。婚約者だから。貴族の規範となるべき公爵令嬢だし。それが当たり前。でも、もう嫌だ。最後に会ったのはいつだったろう。定例のお妃教育の後に設定されたお茶会だったかな。心ここにあらずの殿下に、一生懸命話しかけたっけ。今ならわかる。あの時、ゲームではルナに勉強を教える約束をしていた日だった。


「白いレースはある? 今、王都で流行っているでしょう」

「もちろんご用意はありますが、その、よろしいのでしょうか」

「ええ、流行を取り入れているところを見せるのも大切なことだわ」

私の髪に何がついていたって、どうせ気づきやしないんだし。

「承知しました」

仕方なく、といった様子ながら、侍女は従ってくれた。

もう、好きのフリはしたくない。ささやかな私のプライド。


城について、いつものサロンに通される。幼い頃から何度も通った、慣れた部屋だ。殿下さまが来るまで、窓辺に立って庭園を眺める。頭の中で段取りを確認しながらテンションを上げていく。


今日の私には一つの計画があった。婚約解消の提案だ。婚約者令嬢たちが突撃してくる程度には、いい具合に展開している二人の関係。何もエンディングに婚約破棄されるのを待たなくてもいい。婚約解消が早期に上手くまとまれば後顧の憂いがなくなる。


それに、私が『王太子の婚約者』に執着していないこと、『真実の愛を応援していること』をアピールする目的もある。私が何もしなくても、あの婚約者令嬢たちが事を起こす可能性がある。今後、ルナに何かしらトラブルがあった時に『容疑者リスト』から外してもらうための布石だ。お茶会には殿下の護衛騎士と侍従、サロンに待機する女官とメイド、私に付き添ってきた侍女もいる。卒業パーティーで悪役令嬢にされないためのアリバイ工作は今から始まっているのだ!


扉が開く音がして振り返る。殿下さまご入場だ。頭を下げて、貴族の礼を取る。殿下が椅子に座る気配がする。侍従や女官の戸惑いが伝わってくる。いつもの私は椅子に座って待っているからね。

「ヴィクトリア、どうした? いつまでも立ったままで。お茶にしよう」

殿下さまはようやく気が付いたようだが、特に気にしている様子はない。


「ありがとう存じます。王太子殿下にはご機嫌麗しく」

声をかけられてから頭を上げて、令嬢スマイルでご機嫌伺いを投げる。目線は襟元固定。直接顔を見るのは失礼にあたるからね。

「御前、失礼いたします」

小さく膝をかがめてから、椅子に腰を下ろした。


うん、王族に対する模範的な貴族令嬢の振舞い。婚約者の距離ではないってアピールは、侍従さん達には通じているのに、殿下さまには届かないみたい。もう頭の中にお花が咲き乱れてしまっているようだ。


殿下さまも私も、侍従さんたちも声を発することなく。メイドが給仕をするささやかな音だけがやけに大きく響く。それぞれの前にティーカップが供され、メイドが下がる。殿下さまがお茶を口にしてから、私も茶器に手を付けた。


「ヴィクトリア、新学年はどうだい?」

「お陰様でつつがなく」

逃亡準備を進めていますよ。殿下さまの襟元に向かって微笑む。沈黙。以前の私なら、自分のクラスの授業やクラスメイト、教師についてとか、目についた出来事、季節の移ろいなど。お妃教育で仕込まれた社交術を駆使して自分からあれこれと話題をふっていたけれど。今の私は殿下さまに訊かれたことだけを応え、慎ましやかに微笑んでお茶を飲む、模範的貴族令嬢。


「ヴィクトリア、今日は体調が悪いのかな? 何か、元気がないようだね」

私は応とも否ともいわずに、ただ襟元に微笑む。そしてまた沈黙。私が話が盛り上がっているように振舞わなければ、私たちの間には何も話すこともないんだなと改めて確認できて悲しくなってしまう。でも、ここで終わっては私の不機嫌ハラスメント劇場といわれる可能性がある。それでは悪役令嬢のほうにポイントを振ってしまうことになる。勝負はここから。分をわきまえて身を引く覚悟を決めた健気令嬢を印象づけるのだ! 殿下さまの襟元から、テーブルに置かれた手元にさらに目線を下げる。


「王太子殿下、私たちの婚約が決まったのは10歳の頃でしたね」

「そうだね。もう7年になる」

ようやく口を開いた私への安堵と唐突な話題に、殿下さまの声に戸惑いが滲んでいる。


「この部屋に初めてお招きされた時、私はまだあの窓辺から外を見ることが叶いませんでした。今では背も伸びて、遠くまで見渡せるようになりましたわ」

「そうだね、お互いに大きくなった」

「一緒に摘みたいとお願いして、その窓の下に植えていただいた木苺も大きな茂みになりました」

「ああ、最初は少し酸っぱかったけど、段々甘くなっていったね」


殿下さまもふと口もとを緩めて、窓辺を見た。よし、のってきたな。ほのぼの昔話と見せかけて、ここが切り込み口!

「時が経つと、人も植物も変わって参りますわね」

「そうだね」

「人の気持ちも」


私は表情を改めて、襟元へ視線を上げる。

「貴族ですから、保守的な方は一定数おられます。でも、私は変化を悪いことだとは思いません。受け入れることで新しく始まることがありましょう。ですが、私が臣下に立場を変えましても、アーヴィングとして王家への忠誠は変わりません」

「ヴィクトリア、何を……」

「朗らかであたたかな新しい春の風は、国民にも歓迎を受けましょう」


静まり返る室内。ちょっと、誰かお世辞でも『そんなことない』くらい云えませんかね。どうせ私は冷淡で気位の高い北風ですからー。まあ、何かいわれても面倒なだけだし。サロンの温度を下げたところで、すかさず逃げることにする。

「御前失礼いたします。本日はお招きありがとうございました」


本来の、ゲームのヴィクトリアならここは毅然と頭を上げて歩いて行くのだろうけれど。私の作戦としては同情ポイントを稼ぐほうが今後に有利だと思うので、俯きがちに。少し肩を落として撤退。扉を開ける侍従の、不憫そうな目が突き刺さる。作戦としては成功だ! メンタルが削れるけど。


「お嬢様、あのようなことは」

自家の馬車に乗り、走り出したところで付き添いの侍女が口を開いた。

「殿下のお心が移ったことは周知の事実でしょう? 今は誰も口に出さないだけ。沈黙が悪意になり王家と公爵家の間に溝ができる前に、遺恨なく解決できると内々にお伝えしておくことは大切だわ」

「お嬢様、そこまで。ですが、旦那様にはご相談されておりませんでしょう」

「お父様がご存じないわけないわ。私は内々に、その時が来ても醜聞と騒ぎ立てるつもりはないと殿下にお伝えしただけ。恐れ多くも幼馴染なんですもの、政略や利害で殿下の恋が潰されないように協力したいのよ」

「お嬢様……」

侍女の悲痛な顔。どや! 健気でしょ。よしよし、本日の作成は無事成功を収めたようだ。これ以上話すとボロが出てしまうかもしれないので、私は背もたれに頭を預け、窓から流れる王都の街並みを眺めた。


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