第5話 竜騎士


 私はびっくりして思わず立ち上がり、後ろを振り向いた。

 そこにいたのは、長身の若い男性だった。

 私は女にしても背が低い方なので、自然かなり見上げるような形になる。

 上等な絹をふんだんに使っているこの国の民族衣装を着ている。

 着こなしもスマートで、まるで絵本の中の王子さまみたい。

 ピンときましたよ私。

 この人、かなりのお金持ちだ……。

 剣を佩いているんだけど、その剣がめちゃくちゃ豪華な宝石で装飾されてる……。

 お金持ちってだけじゃなくてかなり身分の高い貴族だよこれ。

 そんな人がどうしてこんな田舎の牧場に?


「おやおやおや、かわいらしい花嫁さんじゃないか。ルパート、お似合いだが、お前には少し結婚は早くないか?」


 女の子みたいに綺麗な顔のルパートとは違って、男らしい精悍な顔つきをしていて、その声も成人男性らしく低くて胸にズシンと響く感じ。


「これはこれはアリオン様! 今日はめでたき婚礼の日。わざわざルパートのためにおいでなすったので?」


 村長のブレアさんが聞くと、アリオンと呼ばれた男はニヤリと笑って、


「なあに、弟分の花嫁の顔を見に来ただけさ。今日はこれからほかに用事があるから失礼するよ」


 そしてちょっとかがんで私の顔をまじまじと見つめる。


 力強さを感じさせる瞳、彫りが深くてはっきりした目鼻立ち。

 ちょっと待って、こいつイケメンすぎるんだけど。ちょっといい匂いまでするし。

 香水だと思うんだけど、この香り……。王室御用達の有名ブランドのものじゃない?

 そんじょそこらの庶民じゃ買えないような高価なもんだけど……。


「ふふふ、ルパート、お前にはもったいないな……。君、名前は?」


 この人、あきらかに貴族っぽいのでちゃんと挨拶しておかないといけないよね……。

 私はその場でウェディングドレスのスカートをちょんと摘まんで、なるべく上品に聞こえるような声を出す。


「私はドラゴンナイト、ガイナ・アルゼリオン・サリタウス・ミーシルガンの娘にしてルパート・ウィンスロップの妻、ミント・ウィンスロップでございます」


 うひゃー!

 生まれて初めて妻とか名乗っちゃった。

 そっかー。

 今私はウィンスロップなんだなー。

 そっかー。

 実感がわかないなー。


「本当にルパートにはもったいないな……。かわいらしいじゃないか。想像していたよりもずっとかわいいぞ」


 いやこんなイケメンに面と向かってかわいいとか言われるとさすがに照れる。

 待て待て。

 私は今は人妻なのだ。

 結婚した直後にぐらついてどうする!


「褒めてくださってありがとうございます。これからルパート様の妻としてルパート様に生涯を捧げますわ」

「私は人妻でも気にしないが?」

「気にしなさいよ、ルパートに失礼でしょ! 目の前で!」


 思わず言ってしまった。

 やばいやばい、この人結構身分高そうだからな……。

 新婚初夜も迎えないうちに夫に迷惑をかけそう。

 さすがに怒らせちゃったかな?

 私、こういうセクハラ野郎には思わずやり返したくなっちゃう癖があるんだよなあ。


 でも、目の前のこの男は怒るどころか、ぷっ、と噴き出して笑った。


「おもしろいじゃないか。いい嫁さんだな、ルパート。あと十年もしたらいい女になるぞ。満開のファライルの花のようにな」


 え、その言い方ってまるで今はいい女じゃないみたいじゃない。

 今が花も盛り、ピチピチの16歳なんですけど?

 あとそういう品定めみたいな言い方は私嫌い。


「花はつぼみから散るまでのすべてが美しいのです。満開の花しか愛でないのはもったいないですわ」

「ぶわっはっはっは!」


 くそ、頑張って考えたセリフなのに笑いやがったな。


「あの……いまさらですが、あなたは?」

「私か? 私の名前はアリオン・デルゼナウ・クィン・ハーラシオンと言う」

「ハーラシオン……ええと……」

「ははは、聞いたこともないかな? 私はドラゴンナイトだ。君のお父上と同じだよ」


 ドラゴンナイト!

 竜の背に乗り、一人で千人にも匹敵するほどの強さを誇るドラゴンナイト。

 とはいっても貴族の爵位の中ではナイトって一番下に近い。

 見た感じ、伯爵とか公爵とかのもっともっと上の位の貴族かと思ったけど、私の勘は外れたらしい。


「そうか、君はガイナ団長の娘さんか……」

「父をご存じで?」

「もちろんだ。私はガイナ団長に憧れて竜騎士を目指したのだ……ふむ、感慨深いな。なあルパート、やっぱりお前にはこの子、もったいないんじゃないか? 私にくれよ」


 ルパートは即座に答える。


「アリオン様といえどこればかりは差し上げられません。さきほど女神さまの前で夫婦となることを宣誓したのです。どうしてもミントさんがほしいのなら僕を斬るしかないですよ。決闘なら受けて立ちます」


 きっぱりと言う十歳の夫。

 おお、農夫が竜騎士相手にきっちり言い切った!

 かっこいいじゃん!

 っていうか、このアリオンってやつ、お父様の知り合いとはいえ、なんか言動がむかつくなあ。

 

「はっはっは! 弟分のお前と決闘などするものか。ちょっとからかっただけだよ、そんなに怒るな」

「冗談でも言っていいことと悪いことがあります」

「悪い悪い。はっはっは! そうか、ルパートとガイナ団長の娘が結婚か……。ふふ……ジュリアンのやつめ……墓穴を掘ったな……」


 ん? なぜいまここでジュリアンの名前が出るの?


「あの……」


 私が問いかけようとするその前に、アリオンはひらひらと手を振って言った。


「先ほども言ったが、これから大事な用があるんだ。挨拶はすませたからもう行くよ。ふふふ、今夜は頑張れよ、弟分」


 そう言ってアリオンはルパートの頭をポンポンと叩いて去って行く。


 しばらくすると、離れた場所から何かが飛び立つのが見えた。

 何か、というか。


 それは、空を飛ぶ竜であった。

 アリオンを背に乗せ、羽の生えたドラゴンがあっという間に飛び去って行く。


 へ~~~~!

 あれがドラゴンかあ……。


 初めて、見た。


「ミントさん、ドラゴンが珍しいかい?」

「うん、見たことなかったから……」

「向こうの丘にドラゴンの牧場がある。これからいやというほど見られるよ」


 そうか、私はドラゴン牧場に嫁にきたんだった。


「あのアリオンって人は……?」

「実力で竜騎士の座を獲得した、すごい人だよ。僕は尊敬している。……あの軽口には困ってしまうけれど」

「ふーん……」


 軽口っていうか、セクハラにしか聞こえなかったけど……。

 顔がいいからああいう発言も許されてきたんだろうな。どうかと思うよ、私は。


「そう、貴族には血筋でしかなれないけれど、竜騎士は別なんだ。ドラゴンを自在に操る能力があれば、ドラゴンナイトとして貴族の末端には列せられる」


 地平線の向こう側にアリオンと竜の姿が消える。

 それを見届けた後、ルパートはその青く輝く目で私をしっかり見つめて言った。


「もともと貴族だったミントさんが僕みたいな農夫の妻になるなんて。きっと、ミントさんはがっかりしたと思うんだ」

「そんなことない……」

「でも! 竜騎士になら僕にもなれる可能性がある。僕はミントさんをいつまでも農夫の妻になんかしておかない。きっと、竜を乗りこなしてドラゴンナイトとして認められ、ミントさんを再び貴族階級に戻してみせるよ」


 固く決心した表情でそう言う我が夫。

 うんうん、私は牧場でのスローライフを満喫するつもりだったけど、夫がなにか目標をもって頑張るのを――それも私のために! それならそれで、全力で支えてあげよう、などとけなげにも私は思ってしまったのだった。


「ところで、アリオン様、今夜は頑張れよとか言っていたけど、なんのことだろう? 今夜はこれから何かあったっけ?」


 あ。


 う。


 どうしよう、そうか、そういうのもあるよね、だって新婚なんだし……。


 …………。


 いやないよね!?


 私まだ16歳だし!


 いやそれ以上に!


 我が夫は……。


 まだ10歳……10歳!?


 いやないよね!?⁉












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